4-7 これは恋のフラグ? いいえ命のフラグです
ケインとハスエルの活躍で二日続けて快勝した傭兵たちは、すっかり気分が良くなり、酒場では連日の宴会が開かれている。
ガットは豚人の計画をエダフに伝え、町長に報告してもらい今後の対策を検討してもらうことにした。
トラスダンから来た六名が酒場で宴会に参加している頃、ガットは一人夜道を歩いていた。
「お・に・い・さん」
彼に色気のある大人の女性が声をかけた。
「あら、随分と若い子に声かけちゃったわ。でもカワイイわ、ちょっと遊んでいかない?」
色気はあるが露出の多い服を着ているわけでもなく娼婦とは思えない、普通の町娘だ。
彼は手首を掴まれ、半ば強引に路地へ連れ込まれた。
「フフッ、おねえさんに任せなさい」
彼よりも少し背の高い彼女は、自分の体を彼に密着させ豊満な胸の谷間に彼を誘う。
紫がかった黒いセミロングの髪が頭の後ろで束ねてあり、うなじが露出している。
そこから漂う香りは男性を極度に興奮させる麻薬のようだ。
少しの間、抱擁した彼女は抵抗しない彼の顔を上に向かせキスをする。
突然彼女が驚き、慌てて離れようとする。
「あなた……何者?」
しかし、彼は彼女の後頭部を掴んで離れることを許さない。
束ねていた髪がほどけ乱れる。
「オマエ、淫魔だな、残念だが俺に魅了は効かないぞ」
とても冷静な声で淡々と告げるガット。その瞳からは冷酷な殺意が溢れている。
「まさかこんな所にご同輩がいるとはね、縄張りを荒そうって気はないわ離して」
彼女は手の平で彼の胸を押し再び離れようとするが、彼はさらに力を込めて髪を引く。
「ちょ、痛い、ヤメテよ! ――え? 何してるの?」
彼女の胸の谷間に添えられたガットの手が赤黒く光りだす。
ゆっくりと体から離れる手の平には赤い玉が張り付いている。
「これは命珠を取り出す秘術でね。相手から生殺与奪の権利を得ることができるのさ」
命珠と呼ばれる赤い玉が完全に体から出ると、彼は髪を離し彼女を解放した。
「何を冗談言って――」、彼女はうずくまり心臓を押さえている。
「どうだ、ちょっと力を込めて握っただけだぞ」
彼女は少し怯えた目をして彼を見上げ、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「今日からオマエは俺の下僕だ。反抗的な思考や行動をすれば苦しむことになるぞ」
「バカなこと言わな――」、再び苦しみ体を萎縮させる。
「悪口だけでその苦しみだ過激なことは考えないほうが身のためだ。それと俺との距離は関係ない遠く離れたからといって気を抜くな。別に取って食うわけじゃない情報が欲しいだけだ」
「情報?」
「おまえは単独行動か?」
「そうよ、私は――」、胸を押さえ小刻みに震える。
「いい加減に学習しろよな。嘘は敵対行為だ」
「ハア、ハア、もう一人仲間がいるわ」
「この町で何をしている、さっき縄張りは関係ないと言っていたな、全て話せ」
「私は魔王軍のスパイよ。各地の町に潜伏し戦力や動向を探るのが目的よ。二人一組で行動し諜報と連絡係に分担しているわ」
「丁度いいな。お前はこれから二重スパイだ。魔王軍の同行を俺に知らせろ」
「わかったわ。どうやって連絡を取ればいいの」
「この珠で俺とオマエは繋がっている。俺から話しかけるから答えればいい」
命珠が彼の手の平に吸い込まれた。
「りょーかい……、はぁーなんて夜なの。どんでもないのに当たるなんて」
彼女は立ち上がり体に付いた砂を払い落とす。
「自分の不運を恨め。そうだ、豚人の襲来は魔王軍に関係があるのか?」
「いいえ、関係ないわ」
「そうか……それならいい。――他に何か情報はあるか。魔王軍に関係なくてもいい」
「そうねー。宝石人を捕まえたってさっき話をしていた奴らがいたな」
「そいつは何処へ行った!」
突然声を尖らせた彼にびくりと怯える女性。
「さ、さあ……そこまでは知らないわ」
「くそっ。今日はもう良いまた連絡する。そうだオマエ名は?」
「ヘルミルダよ」
ガットはその場を後にし酒場へと急ぐ。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
酒場に到着したガットは、
「ハスエル、トニエを見なかったか」
「いいえ、見てないわ」
彼は酒場を出ると近くの路地へ入り、壁を三角とびの要領で駆け上がり屋根へと上る。
ほぼ同じ高さの家が並ぶこの町では屋根に上ると町全体を見渡せる。
彼は手を開きながら腕を前に伸ばした。
その先にはブラックホールのような丸い漆黒の渦が空中に姿を現す。
「探せ」
人間くらいの大きさになった漆黒の渦から、大狼が十匹ほど飛び出し四方へ走り去った。
魔人の王族が使える彼の身体能力だ。召喚扉と呼ばれている。
止めを刺した生き物を取り込み召喚し使役することができる。
先ほど走り出した大狼はケインたちと最初に冒険したときに倒した獣だ。
目を閉じ精神集中し耳を澄ますガット。
暫くすると、遠くで狼の遠吠えが聞こえた。
「【加速】っ!」
遠吠えのする方角へ全力疾走する。
板張りの屋根が粉々に砕け吹き飛んでいるが気にも留めていない。
町外れの小屋の前に番犬のように座る大狼をガットは見つけた。
躊躇なく小屋の扉を蹴り破る。
「なんだオマエは!」
小屋の中には盗賊崩れに見える男が三人いた。
トニエは兜を脱がされガットが巻いてあげた服の包帯は彼女の首に下がっていた。
まだ輝きを失っていない真紅の宝石が彼女の無事を知らせている。
小屋の入り口から差し込む星々の光でガットの姿は逆光になっている。
男たちからは彼の表情が見えていない。
子供が冗談で飛び込んできたと油断している。
「おい、ガキ外へ出てろや」
見えていれは恐怖で近寄ることを躊躇していただろう。
それは彼らの不運だった。
「聞こえないのか、おい!」、一人の男が追い払おうと彼に近づく。
次の瞬間、近寄ってきた男が大声で悲鳴を上げた。
両の手首、太ももの筋を切断され転がる男。
鬱陶しいと感じたガットは転がるゴミの喉を力任せに蹴り潰した。
びくっびくっと痙攣するゴミ。
再び小屋に夜の静寂が訪れる。
侵入してきた子供が、いつの間にか二本の剣を握っていることにゴミたちは気がついた。
「おめぇ、なにふざけた事してくれてるー!」
剣を抜いた二つ目のゴミが慎重にガットに迫る。
だが結果は同じだった。
そこには筋を斬られたゴミが転がり、喉を蹴り潰されていた。
ようやく異常事態に気がついた最後のゴミが剣を抜きトニエの首にその刃を当てた。
「それ以上ちかよると、この娘の首を――」
ゴミが言い終る前に投擲杭が両目と喉に刺さっていた。
まるで芋虫のように蠢く三匹のゴミが部屋をのた打ち回っている。
ガットは服の切れ端で作った包帯を再びトニエに巻いてやり兜をかぶらせた。
町に放たれた狼が小屋の前に集まっていた。
彼が出るのと交代するようにゴミ処理係りが入ってくる。
「おい、オマエら、なるべくゆっくりだ、ゆっくり食え、楽に殺すな、一秒でも長く苦痛を与えろ」
三匹のゴミはまるで飴が溶けるように、ゆっくり――とてもゆっくりと小さくなっていく。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
酒場へ向かう途中の道、トニエはガットに背負われていた。
夜の町、家々の窓は閉まり、すれ違う人はいない。
彼女の寝息だけが彼の耳に聞こえていた。
「う……ん……」
「起きたか」、優しい声でトニエに話しかけるガット。
「あれ……あの?」
「月が綺麗だな」、空を見上げつぶやく。
「……はい」
「もう歩けるか?」
「あと少し、このままでいいですか?」
「ああ」




