4-5 こいつ天然のスケコマシだ……
夕日も沈み、月が顔を出していた。
酒場は傭兵の貸し切り状態で、宴会ムードだった。
「にいちゃん、飲め飲め、俺のオゴリだ!」
傭兵の隊長がケインの肩を抱きながらブドウ酒のコップを押しつけている。
並んで座るとその違いがわかる。村一番の体格だったケインが子供に見えた。
鍛え上げられた大人の体は一種の芸術作品でもある。
「いや、俺はー」
「なんだー酒だめか? おかみー、肉持って来て肉! そのガタイだ食うのはいけるだろ?」
「はい」
「よしよし! じゃんじゃん食え! ガッハッハッハッハ」
バンバンとケインの背中を叩き歓迎ムードの隊長だった。
「ほんと、にいちゃん助かったよ。俺ら傭兵は体が資本だ、怪我なんかして休んだら給金もらえないからな」
青ズボンさんと長靴さんが今日のお礼をしている。
「そうそう、隊長は血も涙もないからな」
「誰が血も涙もないってー?」
「地獄耳はついてら、ガッハッハッハ」
「お嬢ちゃんも大活躍だったな、ありがとよ」
ケインとは話のトーンが違う、少し優しい話し方でハスエルに感謝を述べた。
外見とは違い、隊長は意外と紳士かも知れない。
「いえいえ……」
村にもこんな豪快は男はいない、初めて会うタイプの男性にハスエルはタジタジだった。
「お嬢ちゃんも肉がいいな、もっと肉付けなきゃなー、ガッハッハッハ」
紳士ではなくエロ親父だった。
「あらためて礼を言うぜ、俺はこの傭兵団の団長でルーベルガ・コンラウスだ。今日は団員が世話になった」
ルーベルガと名乗った男。恐らく三十歳ぐらいだろう体中から生命力が溢れているようだ。
ケインよりさらに拳二つほど高い。襟足が狼の尻尾のように束ねてある。
日に焼けた顔に無精ひげが生えていた。革製のジャケットとズボンを着ている。
「いえいえ、お役に立てて何よりです」
運ばれてきた肉をかじりながら返事をするケイン。
「俺たちはどこの国にも属さない流しの傭兵団だ、まあ戦が少ないんで今は何でも屋だ。困ったことがあったら声をかけてくれ。力になる! ただし金がいるがな。ハッハッハッハ」
「そう言ってもらうと頼もしいです」、こちらも肉をかじるハスエル。
「お嬢ちゃんの頼みなら一割オマケするぜ。ガッハッハッハ」
トラスダンから来た一行も同席しており、このルーベルガという男の豪快さに圧倒されていた。
酒場にいる間、ガットは常に誰かの視線を感じていた。
敵意は感じないが刺客の可能性もある、彼はそっと宴会場から抜け出し店を後にする。
人通りの少ないほうへ歩きながら背後に神経を配る。
人が一人通れる幅の路地へ入り、すぐに大の字のように両手足を開き壁と壁の間を垂直に三メートルほど登った。
ガットの追跡者が路地に入った。
――あれ? ここを曲がったはずなのに……。
追跡者は小走りに路地を進む、しかしその先は物置がわりに使われている袋小路だった。
――おかしいな、どこ行ったの?
上から見ていたガットは、追跡者が昼間助けた少女だと気がついた。
Uターンしてきた彼女の前に飛び降りる。
「キャ――」、咄嗟に彼女の口を手で塞ぐ。
「俺に何か用か?」
コクコクと頷く彼女の口から手を離す。
「あ、あの、昼は助けていただき有難うございました」
感謝のために追跡したいたのだと悟ったガットは警戒心を緩める。
「昼の件は俺にも落ち度があった、礼はいらない」
「それと……。包帯を巻いてくれたのもアナタだと……」
「ああ、包帯じゃなく俺の服だ」、ガットは破いた服をひらひらさせて、
「ま、汚いし早く新しいのと交換してくれ」
「それじゃ……、私の見ましたよね?」
「服は脱がせてないぞ」
「そうじゃなくて……、額の……」
「人がせっかく話しを逸らしてるのに。――ああ、わかっているつもりだ。気にするな」
「どうして? 石の力は知っているのでしょ?」
「それ迷信だろ? 富と名声だっけ? 自分の力で手に入るものに、石の力を借りる意味なんてあるか?」
「苦労せず手に入るのに?」
「今日からおまえは世界の王だと言われたら次に何する? 退屈なだけだろ? 人から与えられたものなんてその程度の価値だ」
彼女は幽霊にでも遭遇したかのような驚いた表情をしている。
――この人、本気なの? 今までに会った人間とは何かが違う……。
「私を捕まえて売ろうとは考えないの? いままで出会った人間は全員そうだったよ……」
「人間は酷いな。で、オマエを売るといくらなんだ?」
「さあ?」
「……誰に売ればいい?」
「さあ?」
「あのなあ……。仮におまえを捕まえたとして俺はどうすればいいんだ。競売でも開けばいいのか? 買ってくれる奴を探す旅に出ろと? そんな面倒事、頼まれてもゴメンだ」
――え? え? 面倒だからなの? そんな理由?
「それじゃ、私のことは誰にも言わないの?」
ガットが自分の仮面を二回指で叩くと、澄んだ金属音が小さく響いた。
「俺も訳ありでね、似た境遇だ」
彼女はガットの瞳を見つめる。
仮面にはまるカラーレンズで色はわからないが、その奥にあるのは濁りのない真っ直ぐな目だった。彼が嘘をついているとは思えなかった。
――そうよね。今嘘をついて後から私を捕まえても彼にメリットは無いし。捕まえるなら気絶した昼にできたはず……。
「傷を負わせた責任もある。この町にいる間は俺が守ってやるよ、ただし君が手に届く範囲にいればだが」
正体を見破られた宝石人が長居するはずがない。
彼女が今夜中に町を出るだろうとガットは思っていた。
「わ、私はトニエ・リゼルバラ」、彼女は顔を真っ赤にして走り去ってしまった。
「ふっ、別れに名前を言うなんて、そんな風習でもあるのかね、どう思う?」
屋根の上からソフィーが降りてきた。
「いつから気がついてたの?」
「酒場を出たところだ」
「ちぇっ……。ねえ私にも言って『俺が守ってやるよ、ただし君が手に届く範囲にいれば』って!」
ガットの声真似をしながら茶化すソフィー。
「早く森に帰れ」
「ケチ! ねぇあの娘……」
「言うなよ」
「言わないわよ。知ってるでしょエルフだって似たようなものよ。それに私は強いし守ってもらう必要ないわ、何なら君だって守れるんだから」
「いらない、間に合ってる」
「そお? 私が手助けしたら豚人なんてすぐ撤退よ?」
「いや、明日で奴らは引くさ。今日の戦いで懲りただろう」
「そっかなー? まあいいわ、私の力が欲しくなったら泣いて頼みなさい」
「泣いて頼んだら森に帰ってくれるのか?」
「なんでよっ!」
二人は冗談を言い合いながら酒場に戻った。




