4-4 ケインにネーミングセンスは無いね
町のはずれに簡易的な小屋が四棟建ててあり、その中には椅子とテーブルが備えてある。
トラスダンから来た六名がその一棟に朝から待機していた。
ソフィーは遠くにいるらしい、誰も彼女の動向を把握していない。
小屋に入る前に簡単な自己紹介をおこない、主要なメンバーで作戦を話し合った。
昨晩エダフが話したように、ここの六名は後方支援の担当となる。
「いつ来るかわからない敵をここで待つのか……。気が滅入るね」
「そうですね、まあ来られても困るのですが」
トラスダンから同行してきた男性が小屋の感想を言うと、苦笑いするエダフが返事をした。
昼になると酒場のウエイトレスが小屋に弁当を運んでくれた。
狭い小屋に何時間も閉じ込められていると、美味しいはずの昼食も味気ない。
口数も減り、重い空気が部屋に充満している。
昼食を終え小一時間ほどすると町の西側にある鐘が鳴り響いた。彼らの待機する場所である。
「やっと来たか!」、痺れを切らしたガットが我先に出た。
町の西側は見渡す限りの麦畑だ。まだ実のつく前の青々とした草原。
身を隠せるような遮蔽物が無い、ひらけた場所なので、豚人の来襲を早い段階で発見することができる。
四棟の小屋からのろのろと傭兵が姿を現し、町の入り口を固め始めた。
まだ豆粒大に見える豚人の集団、数はざっと三十体。傭兵の数とほぼ同数である。
この世界では、全身を覆う防具はまだ発明されていない。
主な装備は兜、腹巻、籠手、膝当、盾で、上腕、太もも、股間は無防備だ。
傭兵と豚人の装備もほぼ同じであり、技術水準に差がない証となっていた。
豚人の体格は人間と同じである、やせ形もいれば肥えた者もいる。
肌の色は豚のようなピンクではなく、カバやサイと同じグレー。
顔は豚と言うより毛のないゴリラに似ている。
弓の射程距離まで敵が近づくと戦闘が開始された。
開戦して間もなくは矢の雨による威嚇が続く。
この間は戦場も静かなもので、矢の飛来する風切り音だけが聞こえていた。
だが無尽蔵に矢があるわけではない。
遠距離攻撃の手が弱まると双方近接武器に持ち替え接近戦となる。
静寂を破り、怒号がこだまする。
「ぅおらぁー、逝けやぁー」、大声を張り上げ自らの闘争心に火を灯す傭兵たち。
突進し敵との距離を縮める。組み合えば上空からの矢は振ってこない。
土煙を巻き上げなら突進する両陣営の戦士たち。
剣が衝突する甲高い金属音が戦場に響く。
切られて悲鳴をあげる者、大声を出し威嚇する者。
様々な音が戦場に溢れていた。
「これが、戦争……」、目の前で繰り広げられる争いにケインが呟く。
トラスダンから来た六名に戦争の経験者はいない。
その場にいた誰もが動揺し身動きできなかった。
まだ地面に倒れ絶命した者は双方から出ていないが、重傷と思われる人が数名出始める。
「こんな泥仕合じゃ、俺も飲み込まれて怪我をする……」
誰にも聞こえない小声でガットが独り言を呟いた。
そして彼は戦場の中央に走り出し大声で叫んだ。
「みんな聞いてくれ」、ハスエルを指差す、
「彼女は治癒魔法が使える。怪我をした人は一旦下がって治療を受けてくれ」
今度はケインを指差しながら叫ぶ、
「彼は【先読み】の祝福持ちだ。致命傷になりそうな攻撃は彼が教えてくれる。どうか耳を傾けてくれ」
「ガット、名前がわからない……」、情けない声だがガットに聞こえるよう大声で叫ぶ。
「ハッハッハッハ! そりゃそうだ、俺の傭兵団は三十人近くいる、ちょっと自己紹介したぐらいじゃ覚えられるわけないわな」
筋骨隆々な傭兵、戦斧を振り回し豚人と戦闘しながら冗談を言える余裕がある。
「おい! オマエら! 今からこのにいちゃんがあだ名を付けてくれる。覚えろ」
「ういーっす」、他の傭兵たちも気楽なものだった。
「直感でいい、にいちゃんの覚えやすい名前を付けてやれ。で、俺は何だ?」
「隊長で」
「ハッハッハ! そのまんまかよ! おい他の奴も続け」
「にいちゃん、俺はー」
「えっと、羽かぶとで」
次々と雄叫びを上げながら名前を貰う傭兵たち。
しばらくして全員にあだ名を付け終えた。
「青ズボンさん右へ!」、呼ばれた傭兵の足元に矢が刺さる。
「ほほーう、にいちゃんサンキュー」、ウインクしてくる青ズボンさん。
「長靴さん、後ろへ回避」、横からの挟み撃ちを回避する傭兵。
「ひゅー、こりゃいい。どんどん来いやー」、ご機嫌の長靴さん。
ケインがフォローし始めてから怪我人の数が極端に減り、ハスエルの前に来る傭兵もいなくなった。
「傭兵強いな、これがプロか」、彼らの戦闘スキルの高さに感心するガット。
そこへ、ハスエルを狙う投げ槍が飛んできた。
ガットは爺で槍を横から叩き軌道を曲げる。
「ガット、後ろ」、ケインの警告だ。
ハスエルの後ろにいた小さい子に、軌道をそらした槍が飛んで行く。
【加速】を使っても間に合わない。
ガットは油断していた自分に嫌気が差した、
「くそっ」、苦々しく舌打ちをしながら駆け寄る。
その子の頭部に槍が直撃した。帽子が外れその勢いで後ろへ倒れる。
「おい、大丈夫か?」
倒れた子は、まだあどけなさの残る人懐っこい丸顔をした少女だった。
男性のように皮鎧と厚手のズボンをはいているのでぱっと見女性には見えない。
そして、その子の額には真紅の宝石が埋まっていた。
「宝石人族?」
ガットは自分の服を切り裂き簡易的な包帯を作り、彼女の頭に巻き宝石を隠した。
宝石人はエルフより希少な獣人で、この世界に現存する種族で最も高い魔力を持つ。
その額の宝石を手に入れた者は富と名声を得るという言い伝えがあり、好事家の間では今でも高価で取引されている。
普段は人里離れた秘境で生活しているはずだ。
「ハスエル!」、ガットはハスエルを呼び寄せ傀儡状態に切り替え命令を出す、
「この子の手当てをしろ、誰にも触らせるな。額の事は他言無用だ、いいな」
「わかりましたガット様」
ガットは飛ばされた帽子を取りに行くが、持ち上げて気が付いた、それは帽子ではなかった。
キャスケット帽のような兜に短毛の毛皮が貼り付けてあるのだ。
「宝石が割れないよう常に兜をかぶっているのか、それと正体がばれないように……か」
土をはらい彼女にかぶせてやる。
どこからか笛の音が聞こえた。
どうやら豚人の撤退の合図だったらしい、戦闘を中断し奴らは去っていった。
近接戦闘が始まって一時間も経過していない。
双方に死者はないが、豚人たちは何体もの重傷者がいて、肩を貸しあいながら撤退していた。




