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新入社員の私、実は課長の妻です 〜会社では冷たい上司、家では私に甘える旦那様〜  作者: ちょこまろ


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最終話 会社では秘密、家では最愛の妻

失敗から作った、小さなチェックリスト。


それがついに、他部署の人たちも集まる社内共有会で紹介されることになりました。


「課長の妻」だからでも、

「社長の姪」だからでもない。


新入社員・高瀬小春として、自分の仕事で認めてもらうために。


そして、その姿を誰より近くで見守っているのは――会社では直属の課長、家では最愛の夫。


最終話「会社では秘密、家では最愛の妻」。


小春と誠司、秘密の新婚生活の結末を最後まで見届けていただけましたら嬉しいです。

 社内共有会の日、私は朝から落ち着かなかった。


 いつもより早く目が覚めた。

 朝食の味もよく分からない。

 ネクタイを締める誠司さんの隣で、私は何度も資料を確認していた。


「小春」


「はい」


「大丈夫だ」


「まだ何も言ってません」


「顔に書いてある」


「どんな顔ですか」


「緊張しています、でも頑張ります、という顔」


「だいたい合っています」


 誠司さんは小さく笑って、私の前に立った。


 家の中の誠司さんは、課長ではない。

 私の旦那さんだ。


「昨日も練習しただろう」


「しました」


「内容も分かりやすい」


「本当ですか」


「本当だ」


「課長として?」


「課長として」


「夫としては?」


「可愛くて心配だ」


「そこは仕事の評価をしてください」


「夫だから無理だ」


 私は思わず笑ってしまった。


 緊張が少しだけほどける。


「誠司さん」


「ん?」


「今日、会社では高瀬さんとして頑張ります」


「ああ」


「だから、心配そうな顔をしないでください」


「……努力する」


「また努力」


「気をつける」


「よろしい」


 私はネクタイの曲がりを直してあげた。


「課長も頑張ってください」


「ああ」


「会社では他人のふりです」


「分かっている」


「でも、終わったら褒めてください」


「必ず」


 その言葉を胸に、私は会社へ向かった。


 共有会は午後だった。


 午前中、私は通常業務をしながらも、ずっとそわそわしていた。

 真帆さんが励ましてくれる。


「高瀬さんなら大丈夫。昨日の練習もよかったよ」


「ありがとうございます」


「新人で共有会に出るなんてすごいよ」


「ミスがきっかけなので、すごいのかどうか」


「失敗を改善に変えたんだから、すごいんだよ」


 真帆さんの言葉が嬉しかった。


 瀬川さんも声をかけてくれた。


「高瀬さん、頑張って。資料、分かりやすかったよ」


「ありがとうございます」


「俺もあのチェックリスト助かってる」


「本当ですか?」


「本当。確認漏れ減った」


 その言葉に、少しだけ自信が湧いた。


 ミスは恥ずかしかった。

 でも、ちゃんと次につなげれば、誰かの役に立つこともある。


 午後一時。


 会議室には、他部署の社員も集まっていた。

 部長、課長、先輩たち。

 そして、社長もいた。


 社長は一番後ろの席で、にこにことこちらを見ている。


 叔父さん。

 圧が強い。

 見守りたい気持ちは分かるけど、社長の存在感がすごいです。


 黒沢課長は少し離れた席に座っていた。

 会社の顔。

 冷静な上司の顔。


 でも、私は知っている。


 その人が今朝、私の緊張をほぐすために味噌汁をよそってくれたこと。

 私の発表資料を何度も聞いてくれたこと。

 終わったら必ず褒めると言ってくれたこと。


「では、営業企画部の高瀬さん。お願いします」


「はい」


 私は立ち上がった。


 手が震えそうになる。

 でも、資料を持つ指に力を入れた。


「営業企画部の高瀬です。本日は、資料作成時の更新確認チェックリストについて共有いたします」


 声が会議室に響いた。


 大丈夫。

 聞こえている。

 ちゃんと話せている。


「このチェックリストは、私自身の確認不足によるミスをきっかけに作成しました」


 最初に失敗を隠さず言った。

 恥ずかしい。

 でも、隠さない方がいいと思った。


「資料作成では、数字が合っているかだけでなく、その数字がいつ更新されたものかを確認する必要があります。そこで、元データの更新日、確認者、反映箇所を残す形にしました」


 画面に資料を映す。


「新人の私でも使えるよう、項目はできるだけ少なくしています。確認作業を増やしすぎると続かないため、最低限必要な項目に絞りました」


 話しているうちに、少しずつ落ち着いてきた。


 真帆さんが頷いてくれている。

 瀬川さんも真剣に見ている。

 黒沢課長は、まっすぐ私を見ている。


 社長は少しだけ目を細めた。


 たぶん、叔父の顔だった。


「以上です。ありがとうございました」


 発表を終えると、会議室に拍手が起きた。


 私は頭を下げた。


 胸がいっぱいだった。


 質疑応答では、他部署の課長から質問が出た。


「新人の方が作ったとのことですが、現場で使いやすいようにする工夫はありますか」


「はい。チェック項目が多いと形だけになると思ったので、最初は三項目だけにしました。実際に使ってから、部署ごとに必要な項目を足していただく形がいいと思います」


 答えられた。

 ちゃんと答えられた。


 さらに、別の部署の部長が資料を見ながら頷いた。


「新人の視点だからこそ、現場に落とし込めている。営業企画部だけでなく、全部署で試験導入してみてもいいかもしれないね」


 私は一瞬、言葉を失った。


 全部署。

 試験導入。


 え、待って。

 私のチェックリストが?

 昨日まで新入社員サイズだった私の心臓、今、全社サイズの話をされています。


「ありがとうございます」


 震えそうな声で、私は頭を下げた。


 社長がそこで静かに口を開いた。


「高瀬さんは、肩書きや立場ではなく、自分の仕事でここに立ちました。そこを評価します」


 会議室の人たちには、普通の評価の言葉に聞こえたと思う。


 でも、私には分かった。


 社長として。

 叔父として。

 私の二つの秘密を知る人として。


 その言葉をくれたのだ。


「ありがとうございます」


 私は深く頭を下げた。


 泣きそうだった。

 でも、会社では泣かない。


 共有会が終わると、部長が言った。


「高瀬さん、よかったよ。これは本当に使える」


「ありがとうございます」


 真帆さんも笑顔だった。


「お疲れさま。すごく分かりやすかった」


「ありがとうございます。緊張しました」


「全然そんなふうに見えなかったよ」


 瀬川さんも親指を立てた。


「高瀬さん、やるね」


「いえ、皆さんに助けていただいたので」


 その時、黒沢課長が近づいてきた。


 周囲に人がいる。

 ここは会社。

 私は高瀬さん。

 彼は課長。


 黒沢課長は、いつもの冷静な顔で言った。


「高瀬さん」


「はい」


「よくできていました。自分の失敗を改善策に変え、他部署にも共有できる形にした点がよかったです」


 きちんとした評価。

 上司としての言葉。


 でも、私はその奥にあるものも感じた。


 夫としての誇らしさ。

 隠しきれない優しさ。


「ありがとうございます」


 私は深く頭を下げた。


 社長が横から口を挟んだ。


「黒沢くんも、いい部下を持ったね」


「はい」


 黒沢課長は静かに答えた。


「大切に育てます」


 会議室の空気が少し和らいだ。


 私は内心で叫んだ。


 言い方。

 言い方がギリギリです。

 部下としてですよね?

 部下として大切に育てるんですよね?

 夫の意味、混ざってませんよね?


 社長が楽しそうに笑っていた。


 絶対に分かって言わせている。


 夕方、営業企画部に戻ると、部内の人たちからも声をかけられた。


「高瀬さん、よかったよ」

「チェックリスト、うちでも使うね」

「新人なのに堂々としてた」


 私は何度も頭を下げた。


 嬉しかった。

 とても嬉しかった。


 課長の妻としてではない。

 社長の姪としてでもない。

 高瀬小春として、少しだけ認めてもらえた気がした。


 退勤時間になり、私はいつも通り少し時間をずらして会社を出た。


 外はもう薄暗かった。

 駅へ向かう道を歩いていると、少し先に誠司さんが立っていた。


 今日は、待っていてくれた。


 人通りの少ない道の端で、私たちは少し距離を保って並んで歩く。


「お疲れさまです、黒沢課長」


 私が小声で言うと、誠司さんは横目で見た。


「会社を出た」


「でもまだ外です」


「では、黒沢で」


「距離感が変です」


 誠司さんが小さく笑った。


「今日の高瀬さんは、立派だった」


 私は胸が熱くなった。


「課長としての評価ですか」


「ああ」


「ありがとうございます」


「そして」


 誠司さんは足を止めた。


 私も立ち止まる。


「小春、よく頑張った」


 その声は、完全に夫の声だった。


 もうだめだった。


 涙がじわっと浮かんだ。


「……家まで我慢しようと思っていたのに」


「泣いていい」


「外です」


「少しなら」


「甘いです」


「今日は甘くていい」


 私は涙を拭きながら笑った。


 この人は、会社では厳しい。

 でも家では、私に甘い。

 それがずるくて、愛おしい。


 家に帰ると、誠司さんはすぐに私を抱きしめた。


「改めて、お疲れさま」


「ありがとうございます」


「本当に立派だった」


「何回も言われると泣きます」


「泣いていい」


「だから甘いです」


「今日は甘やかす日だ」


 私は誠司さんの胸に顔を埋めた。


「私、少しは新入社員らしく頑張れましたか」


「ああ」


「課長の妻じゃなくて?」


「高瀬小春として、頑張っていた」


「社長の姪じゃなくて?」


「君自身の力だ」


 その言葉が、何より嬉しかった。


「誠司さん」


「ん?」


「会社では、まだ秘密にしていたいです」


「ああ」


「ちゃんと仕事を覚えて、もっと成長したいです」


「ああ」


「でも家では、いっぱい褒めてください」


「もちろん」


「あと、甘えてもいいです」


 誠司さんが少し驚いた顔をした。


「俺が?」


「はい」


「今日は小春を甘やかす日では?」


「私を褒めたら、そのあと少しだけなら甘えていいです」


 誠司さんは真面目な顔で考えた。


「では、少しだけ」


 そう言って、私の肩に額を乗せる。


 大きな体なのに、仕草が少し子どもみたいだ。


 会社では完璧な課長。

 家では私にだけ甘える旦那様。


 私はその頭をそっと撫でた。


「今日もお疲れさまでした、誠司さん」


「ああ」


「社長にまたからかわれましたね」


「社長は楽しみすぎている」


「叔父さんなので」


「困った叔父さんだ」


「でも、見守ってくれています」


「ああ。感謝している」


 私は左手を見る。


 会社では外していた指輪が、今はちゃんと薬指にある。


 会社では隠す。

 でも、家では隠さない。


 私は黒沢誠司の妻だ。

 そして、会社では高瀬小春として頑張る新入社員だ。


 どちらも、私だ。


「誠司さん」


「ん?」


「明日も会社では指輪、外します」


「ああ」


「でも、家に帰ったらつけてください」


 誠司さんは少しだけ目を細めた。


「毎日?」


「毎日」


「分かった」


 そう言って、誠司さんは私の指輪にそっと触れた。


「おかえり、小春」


 その一言で、胸の奥が甘くなる。


 ずるい。

 本当にずるい。


 カカア天下、というほど強くはない。

 でも、家ではたぶん私の方が少しだけ強い。


「ところで、靴下は?」


「……入れてくる」


 即答して立ち上がる誠司さんを見て、私は笑った。


 会社では新入社員と課長。

 社長だけが知っている秘密の夫婦。


 私が課長の妻であることも。

 社長の姪であることも。

 まだ、誰にも言わない。


 でも、それでいい。


 この秘密は、私たちが私たちらしくいるためのものだから。


 会社では、高瀬小春として成長する。

 家では、黒沢小春として愛される。


 そして今日も、完璧な課長は家に帰ると、私の隣で少しだけ甘えん坊になる。


「小春」


「はい」


「明日も頑張ろう」


「はい」


「会社では課長として」


「家では?」


「君の旦那として」


 私は笑って、誠司さんの手を握った。


「じゃあ、明日もよろしくお願いします。黒沢課長」


「家では誠司さんだろう」


「はいはい。誠司さん」


「はいは一回」


「それ、会社の課長っぽいです」


「すまない」


「家では旦那さんでいてください」


 誠司さんは少しだけ照れたように笑った。


「ああ。小春の旦那でいる」


 会社では秘密。

 家では最愛の妻。


 この少しややこしくて、少し甘い毎日を、私はけっこう気に入っている。


 だって、課長の顔をした夫に心の中でツッコミを入れられるのは、たぶん世界で私だけだから。


 明日もきっと、私は会社で思うのだ。


 いやいやいや。

 昨日、私に甘えていた人が、今日も課長の顔をしている。


 でも。


 そのギャップごと、私はこの人が大好きなのだ。


― 完 ―

最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。


新入社員として会社へ入った小春。


直属の課長は夫。

社長は叔父。


最初から秘密だらけの社会人生活でした。


それでも小春が望んだのは、誰かの妻だからでも、社長の姪だからでもなく、


「高瀬小春」


として仕事を覚え、自分の力で認めてもらうこと。


失敗もしました。

落ち込みもしました。


でも、その失敗から作ったチェックリストが仕事として評価され、小春は確かに自分の足で一歩ずつ前へ進みました。


そして誠司も、小春をただ守るだけではなく、信じて見守ることを覚えていきました。


会社では、新入社員と課長。


家では、夫と妻。


会社では結婚指輪を外しても、

家に帰れば、また誠司が小春の指に戻してくれる。


二人の秘密は、これからも続きます。


「会社では高瀬小春として成長する」

「家では黒沢小春として愛される」


どちらも、小春自身です。


そして会社では完璧な黒沢課長も、家に帰れば相変わらず小春に甘える旦那様。


たぶん靴下については、これからも小春に注意されることでしょう。


そんな二人の日常が、この先も甘く、賑やかに続いていくことを願っています。


最後まで小春と誠司の秘密の新婚生活を見届けてくださり、本当にありがとうございました。

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