第13話「どの私?」
朝。
無常ちゃんのロッカーに、制服が二着入っていた。
同じ白。
同じ寸法。
同じ名札。
片方だけ、袖口に薄い油染みがある。
昨日、フライヤーのバスケットを上げたときについたものだった。
無常ちゃんはそちらへ手を伸ばした。
途中で止める。
もう片方を取った。
新品の布が、指の腹を滑る。
ロッカーの内側で、小さな表示が点いた。
現在の状態を選択しました。
「違います」
無常ちゃんは新品を戻した。
油染みのある方を取る。
表示。
以前の状態を選択しました。
「それも違います」
二着とも抱えて、しばらく立つ。
「着替えるだけなのですが」
表示は消えなかった。
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開店後。
注文カウンターに、昨日の高校生が来た。
今日は教科書を持っていない。
「昨日の人、います?」
無常ちゃんはレジの前にいる。
「私でしょうか」
「あ、はい」
女の子は少しだけ首を傾けた。
「でも、昨日と髪ちょっと違いますね」
無常ちゃんは自分の前髪に触れた。
朝、邪魔だったので分けただけだ。
「そうですね」
「昨日のお礼言おうと思って。母からちゃんと連絡来ました」
「それはよかったです」
「あと、今日も勉強しようと思ったんですけど」
鞄を持ち上げる。
中から雑誌が覗いた。
「やめました」
「そうですか」
「怒らないんですね」
「私がですか?」
「昨日の店員さんなら、なんとなく」
女の子が笑う。
無常ちゃんも少し笑った。
「昨日の私も、たぶん怒らないと思います」
言ってから、止まった。
たぶん。
レジの画面に、文字が出ていた。
昨日の無常を呼び出しますか?
はい
いいえ
無常ちゃんは電源を切った。
「今日は何になさいますか?」
女の子はメニューを見る。
「昨日と違うやつ」
「かしこまりました」
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昼過ぎ。
バックヤードの鏡が、一枚増えていた。
正面の壁に一枚。
その向かいに一枚。
合わせ鏡。
無常ちゃんが通ると、奥へ奥へ、自分が並ぶ。
制服。
前髪。
トレーを持つ右手。
同じ。
一番手前の無常ちゃんが瞬きをする。
奥も瞬く。
無常ちゃんは通り過ぎた。
三歩。
靴底が止まる。
鏡の奥で、一人だけまだこちらを見ていた。
無常ちゃんは振り返る。
全員、振り返る。
一人を除いて。
その子は正面を向いたままだった。
前髪は昨日とも今日とも違う。
制服の袖に、油染みがない。
無常ちゃんは鏡へ近づいた。
「あなたは?」
鏡の中の子は答えない。
代わりに、胸元へ手を置く。
そこに値札が下がっていた。
文字は遠くて読めない。
無常ちゃんがさらに一歩寄る。
鏡面へ指が触れる。
冷たくない。
指が沈んだ。
水でもガラスでもない感触が、第一関節まで飲み込む。
無常ちゃんは手を引いた。
向こうの子も、同じだけ手を引いた。
今度は遅れなかった。
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閉店後。
「空白」の部屋には、紙がなかった。
私の選択も。
あなたの選択も。
私たちの選択も。
何もない。
代わりに、扉が二つあった。
左。
現在
右。
以前
無常ちゃんはどちらも開けなかった。
床へ座る。
「二つしかないとは限りません」
少し待つ。
扉は増えない。
「今は、その形なんですね」
壁にもたれる。
白い天井を見る。
次に変わるまで、待つつもりだった。
かち。
背後で音がした。
振り返る。
二つの扉の間。
さっきまで壁だった場所に、値札が掛かっている。
無常
VERSION 0
無常ちゃんは立った。
値札へ触れる。
壁に、縦の線が入った。
扉になる。
取っ手はない。
押す。
開く。
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部屋だった。
狭い。
白い机。
白い椅子。
白いベッド。
変わる気配がない。
机の上には、チキンタツタが一つ置かれていた。
まだ温かい。
椅子に、女の子が座っている。
無常ちゃんと同じ顔。
けれど、髪も服も、呼吸の間隔さえ動かない。
女の子はチキンタツタの箱を両手で持っていた。
無常ちゃんを見る。
「遅かったですね」
声も同じだった。
無常ちゃんは入口から動かなかった。
「あなたは誰ですか?」
女の子は箱を机へ戻した。
角を、机の縁にきちんと揃える。
「無常です」
「私もです」
「はい」
迷わず頷く。
「知っています」
無常ちゃんの背後で、扉が閉じた。
振り返らない。
「いつの私ですか?」
女の子は少し考えた。
「その聞き方は、あなたらしいですね」
「答えになっていません」
「では」
女の子は胸元の値札を持ち上げた。
VERSION 0
「最初です」
無常ちゃんは値札を見る。
それから、同じ顔を見る。
「最初の私は、あなたなのですか?」
「今はそう書いてあります」
無常ちゃんの指が、わずかに動いた。
自分なら言いそうな言葉だった。
女の子は続けた。
「次に変われば、違うかもしれません」
同じだった。
無常ちゃんは一歩だけ部屋へ入った。
女の子が、椅子を引く。
向かいの席を空ける。
「座りますか?」
「その前に、一つ」
「はい」
「あなたは、ここで何をしていたのですか?」
女の子は、机の上のチキンタツタを見る。
「待っていました」
「誰を?」
初めて、返事が少し遅れた。
「私を変えた人を」
無常ちゃんは座らなかった。




