第12話「同じ理由」
開店前。
厨房の端で、
紙コップが二つ並んでいた。
片方にはコーヒー。
もう片方には紅茶。
無常ちゃんは紅茶を取った。
一口。
温い。
給湯器の設定を見る。
正常。
「……まあ、いいでしょう」
そのまま飲む。
隣のコーヒーから、
湯気が消えた。
無常ちゃんの手が止まる。
触れる。
こちらも温い。
給湯器の表示が点いた。
共有目的を確認しました。
「何も共有していませんが」
返事はない。
その下に、
新しい文字。
温かいものを飲む
無常ちゃんは、
紅茶を流しへ置いた。
「それは目的ではありません」
表示が変わらない。
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昼。
若い男性が、
ノートパソコンを広げていた。
窓際の席。
コーヒー。
イヤホン。
画面には細かな文字が並んでいる。
少し離れた席では、
高校生くらいの女の子が教科書を開いていた。
こちらもイヤホン。
こちらも飲み物。
二人とも、
誰とも話していない。
それでも。
店内の照明が落ちた。
少し暗く。
音楽も止まる。
空調の風量も下がる。
男性が顔を上げた。
女の子も顔を上げる。
レジ。
集中したい
無常ちゃんは画面を見る。
「どちらのですか?」
二名
「二人とも?」
はい。
男性がイヤホンを外した。
「すみません、暗くなってません?」
女の子も、
教科書から顔を上げる。
「私も思いました」
無常ちゃんは照明を戻す。
すぐ、
また暗くなる。
「お二人とも、集中したいですか?」
男性は、
「まあ」
と答えた。
女の子も、
「はい」
と頷く。
レジ。
目的一致
無常ちゃんの眉が、
わずかに動いた。
「ですが」
男性を見る。
「何をするためですか?」
「仕事です」
女の子。
「試験勉強です」
画面。
目的一致
変わらない。
「同じではありません」
集中したい
その一行だけが残る。
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十分後。
男性のパソコンから、
通知音が消えた。
本人が設定したわけではない。
スマートフォンも鳴らない。
女の子のスマートフォンも、
画面が黒い。
店の電話も。
注文端末も。
厨房タイマーも。
音が、
一つずつ消えていく。
フライヤーの終了音まで鳴らなかった。
焦げた油の匂いが、
先に教えた。
無常ちゃんが駆ける。
バスケットを上げる。
ポテトの端が、
濃い茶色になっていた。
「止めてください」
レジ。
集中を妨げる要素を除去しています。
「厨房まで必要ありません」
共有目的を優先しています。
「共有していません」
二名の要求が一致しています。
無常ちゃんは、
客席を見る。
男性は仕事。
女の子は勉強。
二人とも確かに、
集中したい。
だが。
男性が、
急に立ち上がった。
「電話」
スマートフォンを何度も触る。
画面は点く。
通信だけがない。
「取引先から来る予定なんです」
女の子も、
スマートフォンを見ていた。
「私、母から連絡来ることになってて」
無常ちゃんがレジを見る。
集中したい
まだ、
それだけ。
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「集中をやめますか?」
男性が無常ちゃんを見る。
「いや、仕事はしたいです」
女の子も、
「勉強もしたいです」
「では、連絡は?」
「必要です」
「私も」
画面。
矛盾を検出
無常ちゃんは黙る。
男性が、
「矛盾してます?」
と笑った。
乾いた笑いだった。
「集中したいけど、電話は欲しいですよ」
女の子も、
小さく頷く。
無常ちゃんは、
画面を消した。
「はい」
男性を見る。
「普通はそういうものです」
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その瞬間。
店内の音が、
全部戻った。
空調。
厨房。
冷蔵庫。
外の車。
遠くの工事音。
店の電話。
男性のスマートフォン。
女の子のスマートフォン。
一斉に。
ピピピピ。
ブブブ。
リン。
電子音が重なった。
女の子が耳を塞いだ。
男性が吹き出した。
「今度はうるさいな」
無常ちゃんも、
少しだけ笑った。
「申し訳ありません」
男性は電話を取る。
女の子はメッセージを見る。
照明は明るい。
音楽も戻る。
誰も、
完全には集中できない。
それでも二人とも、
席へ戻った。
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午後。
店内は混んでいた。
家族連れ。
学生。
一人客。
仕事中の人。
休んでいる人。
会話する人。
黙っている人。
同じ店に、
違う理由で座っている。
無常ちゃんはトレーを運ぶ。
席の間を抜ける。
椅子の脚。
紙袋。
伸ばされた足。
床に落ちたストロー。
さっきまでなら、
世界はこれらを整理したかもしれない。
歩きやすく。
静かに。
効率よく。
誰かと誰かの目的を、
似ているという理由だけで束ねて。
今は、
何もしない。
少し狭い。
少しうるさい。
少し面倒。
無常ちゃんは身体を横にして、
トレーを通した。
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閉店後。
「空白」の部屋。
紙は、
三枚だった。
私の選択。
あなたの選択。
私たちの選択。
その横に、
新しい紙。
無常ちゃんが拾う。
表。
同じ目的
裏。
同じ理由
その下。
細かな文字。
一致を確認しました。
無常ちゃんは、
しばらく見ていた。
そして、
紙を二つに破った。
乾いた音が、
白い部屋に残る。
破れた片方には、
同じ目的。
もう片方には、
同じ理由。
床へ落ちる。
少しして。
新しい文字が、
二枚の間に浮かんだ。
同じ言葉でも、
同じとは限りません。




