第11話「ふたりで決める」
朝。
ぱんでむの自動ドアが、
半分だけ開いていた。
右側は開く。
左側は閉じる。
人ひとり通れる幅で、ぴたりと止まっている。
無常ちゃんは入口の前に立った。
開閉センサーの赤い点が、靴の先をなぞる。
一歩、右へ。
扉が開く。
一歩、左へ。
閉じる。
「……どちらでしょう」
返事はない。
店内へ入ると、レジの横に紙が二枚置かれていた。
昨日までのものと同じ白い紙。
ただし番号がない。
一枚には、
開ける
もう一枚には、
閉じる
無常ちゃんは触らなかった。
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開店して十分。
入口に、
二人の客が立っていた。
一人は杖をついた老人。
もう一人は、ベビーカーを押した女性。
老人が先に言った。
「寒いから閉めてくれないか」
女性がすぐ横を見る。
「でも、これ閉まったらベビーカー通れないですよね」
自動ドアは、
半分開いたまま。
冷たい風が店内を切っていた。
入口近くの紙ナプキンが一枚、床へ滑る。
老人は襟元を押さえる。
女性はベビーカーの前輪を持ち上げて、隙間を測る。
無常ちゃんは二人を見る。
「少々お待ちください」
レジへ戻る。
画面。
競合を検出しました。
その下。
決定してください。
無常ちゃんは電源を切った。
画面だけが消え、
入口の風は止まらない。
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老人が咳をした。
乾いた咳。
一度。
二度。
女性がベビーカーの毛布を押さえながら、
「先に入ってもいいですか」
と言う。
老人は少し眉を寄せた。
「入ったら閉めてくれ」
「もちろん」
女性が無常ちゃんを見る。
無常ちゃんは頷きかけた。
止まる。
昨日。
自分の言葉が、
世界へ余計に広がった。
今日も同じとは限らない。
けれど、
違うとも限らない。
無常ちゃんはドアへ歩いた。
床のナプキンを拾う。
ゴミ箱へ入れる。
それから、
開閉センサーの下に手を差し込んだ。
扉が、
少しだけ広がった。
女性がベビーカーを押す。
前輪。
後輪。
通る。
その瞬間、
老人が店内側から言った。
「もういい」
扉が閉じた。
ベビーカーの持ち手だけが、
外に残った。
女性の身体は中。
ベビーカーは途中。
「え」
扉がゴム製の縁を押す。
赤ん坊が泣いた。
老人が杖を床へ打ちつける。
「開けろ!」
女性も叫ぶ。
「開けて!」
扉が、
開かない。
二人とも同じことを言っているのに。
無常ちゃんは走った。
肩を扉へ差し込む。
冷たいガラスが制服の布越しに押し返す。
「開いてください」
動かない。
レジが鳴る。
要求主体が複数存在します。
もう一度。
共有対象の所有者を指定してください。
無常ちゃんは、
画面を見た。
「……所有者?」
入口。
老人。
女性。
泣く子ども。
そして扉。
誰のものでもない。
少なくとも、
誰か一人のものではない。
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無常ちゃんは非常開放レバーへ手を伸ばした。
固い。
引く。
動かない。
女性がベビーカーを引く。
老人が内側から扉を押す。
三人の力が、
同じガラスへ集まる。
それでも動かない。
赤ん坊の泣き声だけが高くなる。
老人が言った。
「俺はもう寒くてもいい!」
女性も、
「私も!」
レジ。
競合継続。
無常ちゃんの指が、
レバーから離れた。
「違います」
誰に言ったのか、自分でも分からない。
老人を見る。
女性を見る。
「お二人とも、扉を開けたいのですね」
「そうだよ!」
「はい!」
「では」
無常ちゃんは扉の中央へ手を置いた。
「一緒に決めてください」
一拍。
何も起きない。
老人と女性が顔を見合わせる。
老人が先に、
「開ける」
と言った。
女性も、
「開ける」
と言う。
扉が震えた。
一センチ。
止まる。
無常ちゃんはレジを見る。
一致を検出しました。
その下に、
新しい文字。
一致だけでは不足しています。
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老人が舌打ちした。
「じゃあ何が足りないんだ」
女性はベビーカーの持ち手を握ったまま、
「分かんないです」
と言った。
赤ん坊が泣き止んだ。
代わりに、
扉のモーターだけが低く唸っている。
無常ちゃんは、
ガラスの向こうにある女性の片手を見る。
こちら側には老人。
二人の間に、
挟まったベビーカー。
同じ「開ける」でも、
理由は違う。
老人は、
子どもを挟みたくない。
女性は、
子どもを中へ入れたい。
無常ちゃんは、
もう一度言った。
「では」
老人へ。
「何のために開けますか?」
老人は一瞬だけ黙った。
杖の先が床を擦る。
「その子を通すためだ」
女性にも聞く。
「あなたは?」
「この子を、中に入れるためです」
レジが鳴った。
目的の共有を確認しました。
扉が開いた。
一気に。
女性がベビーカーを引き込む。
老人が反射的に横へ退く。
前輪が床の継ぎ目を越える。
後輪。
最後に持ち手。
全部、中。
扉は閉じた。
今度は普通に。
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老人は入口近くの席へ座った。
女性は少し離れた席で、
赤ん坊の毛布を直している。
しばらくして、
老人が無常ちゃんを呼んだ。
「姉ちゃん」
「はい」
「さっきの人に」
女性を顎で指す。
「温かい飲み物、俺の分から出してやってくれ」
無常ちゃんは少し迷った。
「ご本人に聞かなくてもよろしいですか?」
老人が、
「あ」
と止まった。
女性を見る。
「……飲むか?」
女性は笑った。
「じゃあ、ココアなら」
「だそうだ」
「かしこまりました」
無常ちゃんがレジを打つ。
ココア、一つ。
何も書き換わらない。
何も増えない。
ただ、
厨房の奥で湯が落ちる音がした。
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閉店後。
「空白」の部屋。
床に、
二枚の紙。
一枚には、
私の選択
もう一枚には、
あなたの選択
その間。
昨日までなかった三枚目が置かれていた。
無常ちゃんが拾う。
表には、
何も書いていない。
裏返す。
私たちの選択
少し遅れて、
その下に文字が滲んだ。
ただし、同じ答えである必要はありません。




