剥がれ落ちるプライド、そして右目の地獄
「ちょっと! なんで最初からそれを言わないのよ、このポンコツシステム!!」
私は拳を固く握り締め、怒りに震えながら足元に毒づいた。
【申し訳ありません。事前に申し上げた通り、私には方角の決定を支援する権限がありません】
脳内に響く声には、微塵の申し訳なさも感じられなかった。
「残り距離を知らせることができるなら、せめて私の網膜にナビゲーションUIか何かを表示しなさいよ! そうすれば、自分が正しい方向に進んでいるかくらいは判別できるわ!」
(……ディレクション? クソ、また英語が直感的に混ざった。パニックで脳の言語野がおかしくなっているのか?)
自らのおかしな語彙に気づくと同時に、叫んだ自分の声のトーンに、私は激しい嫌悪感を覚えた。
(……高すぎる)
怒りで声を荒らげると、どうしても少女特有の高音の悲鳴のようになってしまう。かつての低く冷静だった自分の声の残響を脳裏で探すが、目の前にあるのは、激しい呼吸のせいでパーカーを大きく上下させている「見知らぬ美少女」の肉体だけだ。元男子大生としてのプライドが、この可愛いだけの声によって内側からズタズタに引き裂かれていく。
だが、感傷に浸っている余裕はなかった。このままでは、100メートル歩くたびに距離が増えていき、気づけば見知らぬ荒野の真ん中で完全に遭難してしまう。
【その機能の提供は可能です。ただし、事前に警告します。当処理はプレイヤーに多大な肉体的苦痛を伴います。それでも実行を希望しますか?】
またしても、あの抑揚のないトーンが繰り返される。
選択の余地はなかった。自分の眼球に何かしらの変異が起きるのは恐ろしく、全身の毛が逆立つようなミエド──いや、「恐怖」だ。脳の回路がスペイン語の単語まで引っ張り出して混線し始めている。限界だった。この未完成で不親切極まりない世界の果てで、永遠に迷子になるよりはマシだ。
「ええ、いいわよ。やりなさい!」
私がその言葉を口にした、次の瞬間だった。
「──あ、が、あぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!!」
右目の奥に、焼け溶けた鉄を直接注ぎ込まれたかのような、想像を絶する激痛が襲いかかった。
あまりの苦しさに私は膝から崩れ落ち、自らの胸を強く抱きしめるようにして草地へ転がった。細い指先が、パーカー越しに自分の肉体を強く圧迫する。生まれて初めて体感する、暴力的なまでの身体の柔らかさと骨の細さが、激痛によるパニックの中で脳を狂わせていく。
視界が真っ赤に染まる。右目の網膜の裏側で、肉と神経が強制的に書き換えられ、青いバイナリコードの文字列が微細血管を焼き切りながら侵入してくるのが分かった。
【警告。生体ナビゲーションシステムの強制結合を開始。プレイヤーの精神摩耗率が危険域に達しています ――】
機械的な警告音が、遠のいていく意識の境界線で鳴り響いていた。
歪む視界の中、私の右目の瞳孔はライトブルーの幾何学模様へと変形し始め、恐るべき速度で新たな「世界のシステム」を吸い込みつつあった。




