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揺れる境界線と、異教の神殿

【警告。毎時クエスト『先駆者』がアクティブ化されました。現在の進捗:セクション1。総歩数:1歩。注意:正確な地図作成のため、システムは一定の歩行ペースを維持することを推奨します】

「システム」

私はどこまでも続く滑らかな緑の絨毯を歩きながら、脳内で呼びかけた。

「あんたが歩数をカウントできるなら、プロセスを効率化しましょう。あんたが私の歩いた距離とルートの湾曲率を記録して。私は並行して、脳内で地図のビジュアルを構築する。これで『地図の製図』として成立させなさい」

【リクエストを受理しました。プレイヤーの内部ジャイロスコープを起動。歩行データの同期を開始します】

それにしても、このバッファーゾーンとやらは恐ろしく退屈な場所だった。見渡す限り、草、草、草。丘一つなければ、木一本生えていない。

(まさにパーフェクトなスペース……いや、何がスペースだ。普通に「空間」と言えばいいだろう。クソ、脳内の言語中枢がさっきからおかしい)

東大で英語の論文ばかり読み漁っていた弊害か、あるいはこの奇妙なニューラルネットワークのせいで、思考のコードが一瞬バグを起こしたようだ。私は自分の頭を軽く叩き、歪みかけた思考のピッチを強引に引き戻した。

だが、私を苦しめていたのは脳内のエラーだけではない。この新しくあてがわれた「女の身体」そのものも、大きな問題だった。

一歩一歩進むたびに、大きめのデニム生地が擦れる音が耳につく。男の時よりも明らかに狭くなった肩幅のせいでパーカーがずり落ちそうになり、それを直すたびに、今度は丸みを帯びた骨盤のせいで太も目の付け根が妙に突っ張るのだ。

(歩きづらい……なんなんだよ、この重心は)

無意識のうちに腰が左右に揺れるような、独特な歩幅になってしまう。以前の自分なら、こんな歩き方をする奴を見たら「女っぽいな」と一瞥して終わりだったはずだ。だが今、その「女っぽい動き」の当事者は自分自身だった。意識すればするほど足元がおぼつかなくなり、内腿が擦れる妙な気恥ずかしさに顔が熱くなる。

だが、私の思考は次第に、目的地の名前である「カピシェ・グラード」についての疑念へと向かっていった。

「グラード」という響きは、普通なら「都市」、それもかなり大規模な街を意味する。しかし、システムはそこを「村」と呼んだ。そして、この世界「カピシェ・ノ・セカイ」と同じ名前を共有しているという事実が、私の胸に非常に不吉な予感を抱かせた。

もしこの世界の構造が神々の概念に依存しているのだとすれば、「カピシェ」とはおそらく──ロシア語の「カピシチェ(異教の神殿・祭壇)」から来ているのではないか。

その推測に至った瞬間、私は思わず足をとめてしまった。

「待って。もしカピシェ・グラードが、巨大な宗教的中心地か神殿の村なのだとしたら……そこら中に教会や祭壇が乱立していて、狂信的な神官たちがウジャウジャいるんじゃないの?」

私は地平線を睨みつけながら、声に出して思考を整理した。

「しかも、私のステータスには『神の蔑み:40%』なんていう最悪なデバフがかかってるのよ!? そんな場所、門をくぐった瞬間に、存在しているだけで神罰のレーザーとかに撃ち抜かれてデリートされちゃうんじゃないの!?」

「……あっ」

口から出た奇妙な横文字に、私はハッと自分の口を手で押さえた。「消滅」と言おうとしたはずなのに、頭の回路が勝手にシステム的な英単語を選別し、そのまま声帯を震わせていた。

(……本当にまずいな。神のデバフのせいか、それともマリカとしての肉体に脳のシステムが追いついていないのか)

言語の混線が確実に始まっている。だが、今はそれを深く考察している余裕はなかった。

背筋に冷たいものが走り、胸の奥が締め付けられるように苦しくなる。冷や汗がパーカーの下を伝い、胸の膨らみの間に溜まっていく不快感が、生々しい現実として恐怖を煽る。現地の言葉(談話)も話せず、完全な野蛮人としてそこへ赴き、おまけに「神を冒涜する者」のオーラを放っているのだ。彼らに捕まれば、弁明すらできずに即座に処刑されるのがオチだ。

「つまり、四の五の言わずに足を動かして、道中で知力ポイントを稼げるイベントが発生するのを祈るしかないってことね」

私は小さく悪態をつき、歩行速度を上げた。何が何でも、村に着くまでにあと8ポイントを稼いで『談話』を解放しなければならない。時間を無駄にするわけにはいかない。

「1、2、3、4、5、6、7……」

私は1秒ずつ、正確に秒数を数え始めた。私の歩幅と歩行ペースはほぼ一定だから、脳内の秒数カウントと歩数をリンクさせれば、自分がどれだけの時間歩いているかを正確に把握できる。

脳内で大まかな地図を描きつつ、秒数を数え上げる。何度か途中でカウントが狂いそうになったが、どうにか集中力を維持して数え続けた。

【通知。目的地までの残り距離が 5.1キロメートル であることをお知らせします】

突如、脳味噌の真ん中で鳴り響いた朗々とした声が、私の血の滲むようなカウントを根底から台無しにした。

「はあっ!?」

私は反射的に叫び、勢いよく後ろを振り返った。

5.1キロ!? 距離が増えてるじゃないの! ということは、私は完全に真逆の方向に向かって歩いていたということ!?

驚愕のあまり振り返った私の視界の端で、それまで完全に固定されていたはずの「地平線の位置」が、不自然にグラリと歪んだ。

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