僕が言いたいのはね
「ミハエル……」
自分の口から音漏れのように名がこぼれ落ちた。
唇を結び直すたびに音量を上げ、彼に確実に届くよう何度もその名を繰り返してから、私は口をつぐんだ。
「何? どうしたの?」
彼の問いかけには、心配や困惑よりも、あらゆるものを飲み込むような好奇心が色濃く反映されていた。今や彼は、私の口から飛び出す言葉のすべてをひとつ残らず拾い上げようとしている。
「君の質問に答えるのは、君が私の質問に答えてからよ」
背後でドスンと鈍い音が響くと同時に、その言葉が私の口から滑り出た。
今の私には、振り返ることも、驚いてみせる気すら起きなかったわ。
今この瞬間、まったく同じ性質を持った二人の人間が、肉食獣めいた欲望を瞳に宿して対峙しているのだから。
「……で、どんな質問?」
ミハエルが囁くように呟いた。
まるで世界の真理に関する謎でも語り合うかのようなトーン。少なくとも、彼にとってはこの会話がそう感じられているはずよ。
「ゲーム中、何が起きたの?」
無味乾燥に言い放った私の声が、深くこだました。周囲の空間にではない。もっと広大なスケール——私の中にある内なる宇宙全体を満たし、それを揺さぶるように。
「正直に言うと、対局の始まりと終わり以外の場面がまったく思い出せないの。それ以外のすべてが、思考の濁流に飲み込まれて消えてしまったみたいに」
ミハエルを直視した瞬間から、この疑問が頭を離れなかった。
ゲーム中に明かされた何かに彼がこれほど執着しているのなら、私だってそれを知る権利があるはずでしょう?
そもそも、なぜ私はすべてを忘れてしまっているの?
……ううん、待ちなさい。ただ彼の答えを待てばいいだけよ。同じ場所をぐるぐると堂々巡りするのはもうやめなきゃ。巡っていたのよ、ずっと。
「ああ、もう! すごいことがたくさんあったんだよ! 例えば、お姉ちゃんが僕の指す手を読もうとして、僕の『盾』と正面衝突させるために前もって『ナイト』を別のマスに動かしたこととか!」
ミハエルは盤上の決闘がどう繰り広げられたかを、狂おしいほどの熱量で捲し立て始めた。
指し手、ダメージ、あらゆる出来事のタイムラインまで。
「でね……最後は……最後は僕が負けたんだ!」
彼は失望と困惑が混ざり合ったようにその言葉を吐き捨てたけれど、同時にそこには純粋な歓喜と楽しさが溢れ返っていたわ。
その言葉にはあまりにも多くの感情が封印されていて、その大半を表現するには新しい言葉を造語しなければ追いつかないほどだった。
けれど、「ミハエルの敗北」という結末自体は、私自身も覚えていたの。
彼と握手を交わした光景、観戦していた周囲の人間たちが一斉に私へ押し寄せてきた断片的な記憶が脳裏に浮かぶ。
そこまでは分かったわ。「結果」は存在する。
……なら、「原因」はどこへ行ったの?
「……どうして君は負けたの?」
自分で考えることを放棄し、そのまま言葉を口にした。
思考に沈み込めば、現実の知覚がどこか明後日の方向へと滑り落ちてしまうから。
右、左、上、下、前、後、斜め……あるいは未来や過去、私の理性では知覚すらできない新たな空間軸の中へ。
私はただ、それを感触として受けているに過ぎないの。それが私に与える影響、あるいは私がそれに与える影響をね。
健常な理性では、その軸を見たり、聴いたり、知覚したりすることはできない。座標には匂いも音もなく、物理的な実体すらないのだから……。
(……くそっ)
これこそが私の恐れていたことだったわ。
定められた運命から逃れることなんてできない。逃れられないものを先延ばしにすることすら不可能なのよ。
これこそが、無秩序で不完全な人間の理性の本質。
見つけられないものを探そうとする抽象的思考——それこそが、人間の最大の弱みなのだから。
「ねえ、聞いてる!?」
ミハエルの叫び声が、私を何者かの抱擁から引き戻した。誰の抱擁? そんなのどうでもいいわ。
答える間もなく、彼は繰り返した。
「聞こえてる、お姉ちゃん!?」
「あ……ごめんなさい、少し考え事をしていたわ。何か言ったかしら?」
謝意を示そうと頭を下げかけたけれど、間一髪で踏み止まり、困惑を少し混ぜ込んだ澄まし顔を維持することに成功したわ。
「僕が言いたいのはね……僕も、自分がどうやって負けたのか覚えてないんだよ。理解できる!?」
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