制限時間は10分!
「紳士淑女の皆様! 本日は、ローカル大会40連覇の絶対王者――ミハエルお兄ちゃんと、ゲームの名前すら初めて聞いた超初心者――キキお姉ちゃんによる、超重要デュエルを開催します!」
「ちょっとモニカ! 苗字じゃなくて名前で呼びなさいよ!」
「……というわけで、ここにタイマーを設置します! プレイヤーに与えられた時間はたったの10分! 10分が経過した時点で、HPが一番少ない『王』を持っている方の負けよ!」
ミハエルの顔に、狂気じみた笑みが浮かんだ。
私は最初、どこにその「タイマー」があるのか分からなかった。この世界の文明レベルはどう見ても高くないし、モニカがテーブルの下からデジタルタイマーを取り出せるとも思えない。
けれど、天井を突き破らんばかりのミハエルの不穏な視線を追っていくと――目に入った。
大きい。巨大。絶大。惑星級。言い方は何でもいいけれど、それは半透明の鮮やかなマリンブルーをした巨大な文字盤だった。
そこにはごく普通のフォントで「10:00」と表示されていたけれど、どこか無駄にスタイリッシュな威圧感を放っている。……なんて気取った描写をしてる場合じゃないわ!
カウントダウン開始まで、あと20秒、19秒、18秒……。
いやいや、私何ボケっと眺めてんのよ!?
作戦を立てなきゃ! 盤上ゲームなんて完全に初見だし、このテーブルにつくのも、このゲームをするのも、この対戦相手と戦うのも全部初めてなのよ。ミハエルがどんなプレイスタイルなのかすら分からない。
彼には圧倒的な経験値があって、独自の定石、戦略、プラン、あらゆる手札が揃っているはず。私が初心者だからって手加減してくれるなんて期待するのは、東大卒の論理と常識に対する冒涜よ。
相手のプライドがどう働くかも未知数だわ。見た感じ、この手のゲームを骨の髄までしゃぶり尽くしてきたタイプだし、私みたいな雑魚の尻尾で喉を詰まらせるわけがない。丸呑みにして終わりよ……。
「それじゃあ……スタート!」
モニカの膝の上に座っていたステファニが、小さな手を上から下へ振り下ろした。そして、私を煽るように元気に叫んだ。
「ミハエルお兄ちゃん、キキお姉ちゃんを跡形もなくボコボコにしてー!」
みんなが大爆笑した。私とミハエル以外の全員が。……そう、ミハエルも笑っていなかった。
先手は彼だった。どうやら、チェスや将棋とは少しルールが違うらしい。このゲームでは黒が先手なのだ。……何かしら、この世界は反転奴隷制(?)でも導入してんの?
(マリカ! やめなさい! くだらない一人ボケツッコミをしてる場合じゃないでしょ!)
私は心の中で自分を叱り飛ばした。内なるドラゴン(妄想)を懐柔し、せめてこの10分間だけでもおとなしくさせておくために。
ミハエルは初手から長考に入った。長すぎるくらいに。
このゲームのタイマーは、チェスのようにプレイヤーごとに独立しているわけではなく、持ち時間が完全に「共有」されているのだ。
一瞬、ミハエルは意図的に時間を稼いでいるんじゃないかと思った。残り2分になるまで引き延ばし、そこから一気に攻撃を仕掛けて防衛に徹し、タイムアップで逃げ切るつもりなんじゃないかと。
……けれど、彼がそんな姑息な真似をするはずがないわ。あまりに汚いし、あまりに味気ない勝利じゃない。
もし彼が本当に噂通りの天才なら、そんな勝ち方をしたって退屈なだけでしょう? ジャスパー相手には普通にプレイしていたんだから、私が相手だからってスタイルを変える理由もないわ。
それに、周囲のガキどもも息をのんで見守っている。誰一人として目を逸らそうとしない。これから目撃するであろう歴史的瞬間――ミハエルが「大人の部外者」をいかに蹂躙し、叩き潰すのかを、期待に胸を膨らませて待っているのだから。
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