「ドロチャネイ」
「ねえ、モニカ。この謎の物体、どうすればいいの? 噛むの? 舐めるの? それとも口の中に放置?」
私はもう数分間、このわけのわからないブツを口に含んだままフリーズしていた。
あのヌルヌルした成分の正体を聞かされた後では、怖くて動かすことすらできなかったのだ。
「第一に、私は『ねえ』じゃないわ。大いなる敬意を込めて『モニカお姉様』と呼びなさい」
モニカの声にクスリと嘲笑が混じる。
「第二に、噛み砕いてから飲み込むのよ。あんた、まだやってなかったの?」
彼女はようやく私の両腕の手当てを終え、顔を上げてこちらを睨んできた。
「冗談でしょ、あんた一体いくつよ? ルカが13歳で、私は25歳。あんたはルカより年下なんだから、私の方が少なくとも倍以上は生きてるんだけど」
私は鼻で笑った。
25歳にもなった大人の女が、こんなちびっ子を「お姉ちゃん」呼ばわりするなんて、どこの世界の話よ。
――その瞬間、モニカは不敵に笑うと、私の頬に強烈な平手打ち(ビンタ)をブチ込んできた。
パァン! と室内にいい音が響く。
後ろにいたちびっ子たちが思わず「おおっ」と息を呑んだ。
大人たちが自分たちの分からない話をし始めたのがつまらなかったのだろう。新入りへの鮮やかな一撃は、ガキどもの密かなエンタメ欲を満たしたらしい。
ったく、どこに行っても異常者ばかりだわ……。
「この場所じゃ、母親の腹から出てきて何年経ったかなんてクソの価値もないのよ」
モニカは勝ち誇ったように言った。
「ここでの『年長者』としての特権は、この家にどれだけ貢献しているかっていう有能さに直結してるの。ルカお兄ちゃんが一番上なのは、一番役に立つから。私が二番目なのは、二番目に役に立つからよ」
彼女は深く息を吸い、それを鋭く吐き出すと、背後のちびっ子たちに聞かせるように声を張り上げた。
「そしてあんたのことなんて、ここじゃ誰も知らないのよ! ルカお兄ちゃんがあんたをこいつらより上の立場に置いたのは、単にあんたの『潜在能力』を目利きしたからに過ぎないわ! それ以上でもそれ以下でもない!」
「調子に乗るんじゃないわよ。もしお兄ちゃんの期待を裏切ったら、私がこの手であんたの両腕を切り落としてやるから!」
彼女は、自分が巻いたばかりの包帯の上から私の腕を親指でギューギューと突き刺した。いたたた!
ちびっ子たちが一斉に拍手喝采を送る。悪魔の申し子たちめ……。
その時、私の新しい『目(透過スキル)』が、包帯の奥に鮮やかな「紫色の何か」が透けて見えているのを捉えた。
何かしら、これ?
とにかく、この危険な話題を早く別の方向へ逸らしたかった。今言わなければ、いつ言うのよ。
「あー……ごめんなさい、モニカ。ちょっと調子に乗りすぎてたわ」
私は乾いた笑いを漏らしながら降参した。
彼女の言葉は、私の内面に妙な痛みを残した。まるで、ずっと昔にどこかで同じような言葉を聞いたことがあるような感覚。
こういうのを何て言ったかしら? そう、既視感だわ。
「……ところで、一つ聞いてもいい?」
モニカは、いかにも勿体ぶった様子でコクンと頷いた。
言葉も出さず、細かな表情の変化もない。ただ頭を上下に揺らしただけだ。私は質問を続けた。
「私の腕に塗ったこれ、一体なんなの?」
私は怪訝そうに尋ねた。これもこの世界の特有の動植物なのだろう。
「ドロチャネイよ」
彼女は冷たく言い切った。
そんな名前を言われても、私に分かるわけがないじゃない。
まあ、これがこの世界の未知の物質だという仮説は証明されたけれど。今の優先事項はそこじゃない。
私がこの惑星の生態系について何も理解していないことを示すように首を傾げると、モニカはイラついたように溜息をついた。ただ、その仕草すらどこか大裟迦で、芝居がかった演技のように見えた。
「ドロチャネイ。パルサイの血液に、さっき言ったムパンガの葉を細かく砕いて混ぜ合わせた軟膏よ」
彼女は呆れたように説明を続けた。
「単体だと両方とも猛毒なんだけど、しっかり調合すればマイナスとマイナスでプラスになるの。うちにある最高の痛み止めよ。それに、あんたの口の中にあるカプセルと違って、ドロチャネイには嫌な副作用が一切ないわ。腕が痺れることもないんだから、凄いでしょ?」
彼女は笑った。今度の笑いには一切の作り物がなかった。
しかし、彼女の最後の言葉が、私の脳内で妙な引っかかりを残した。
「ちょっと待って……『痺れる』ってどういうこと!?」
私は思わず声を上げた。
「どういうことも何も、さっさと口の中のブツを噛み砕いて黙りなさいって意味よ!」
モニカは完全にイラついていた。
ふいっと顔を背けて腕を組んだが、彼女を見上げる子供たちの尊敬の眼差しに気づくと、少しだけ誇らしげに機嫌を直したようだった。




