漆黒の悪夢
小さな男の子。
雪のように白い、いや、まるで雪の概念を反転させたかのような漆黒の髪。
その瞳もまた同じ色で、炭のような黒い涙を湛えていた。
というか、そこにあるすべてが黒かった。
黒い雲。
その上で子供たちが無邪気に滑って遊んでいる、黒い雪山。
まるで神々が、かつて輝いていた世界から「白」と「純粋」を意図的に消し去ったかのようだった。
だが、一つだけ独自の、奇妙な色を持つものがあった。
闇より暗く、黒より黒く、白より白く、純粋より純粋で、そして泥より汚い。
その「何か」こそが、瞳から純粋さという概念を永遠に消し去られた者だった。
……少なくとも、「彼」はそう思っていた。
他の人が見れば、舞い降りた天使と見紛うような子供。
だがその本質は、恨み、怒り、そして悪意の体現だった。
しかし、もし彼が元からそうではなかったとしたら?
誰かが彼をそう変えてしまったのだとしたら?
彼は慈悲深いのか、それとも無慈悲なのか。
その答えは、彼自身すら知らなかった。
憎しみではなく、果てしない、無限の慈愛と溺愛によって歪められてしまった子供――。
「お、おい、おーーい! 起きろってば!」
私の睡眠、というよりは「睡眠の不足」は、外部から響く子供の声によって強引に遮断された。
うっすらと目を開けると、ミナトが私の右腕を、マサユキが左腕をがっちりと掴んでいた。
さらにエルザスが小さな手のひらで私の顔をパチパチと叩いており、モニカは少し離れた場所で口を手で隠しながら意地悪そうにニヤニヤ笑っている。
「モニカお姉ちゃん、このお姉ちゃん、なんでこんなにずっと寝てるの? もしかして、死んじゃった?」
また別の声が聞こえた。
誰の声かは分からなかったが、女の子の声だ。シズエか、それともステファニだろう。
(縁起でもないこと言わないでよ!)
と怒鳴り散らしてやりたかったが、私は声を殺した。
今ここで起きてるアピールをしたら、間違いなく朝からこき使われる。
体はまだ尋常じゃなく痛むし、足にいたっては感覚すら消失しているのだ。
今の私が最もやりたくないこと、それは「アクティブに活動すること」だった。
だから私は、自分が目覚めたことに誰も気づいていないことを祈りながら、そっと完全に目を閉じた。
だが、さっきまで視界に入っていなかったジャスパーが突然「あッ」と声を上げ、モニカの耳元で何かをゴソゴソと囁き始めた。
……目を閉じているのに、なぜそれが見えたのかって?
実は、私の新しい『目』には、まぶたを透過して周囲を見る機能が備わっていたのだ。
エルザスの往復ビンタから逃れようと頭を少し動かすだけで、周囲の状況が丸見えだった。
モニカは木製のテーブルのそばに立ち、ジャスパーの言葉に深く考え込んでいる様子だった。
ジャスパーは彼女から満足げな頷きを得ると、再び後ろへと下がっていった。そこから先は死角になってしまい、彼が何をしているのかまでは見えない。
それにしても、さっきから私の両腕を容赦なくガジガジと噛みついてくるこのチビども(ミナトとマサユキ)のせいで、強制覚醒させられるのも時間の問題だった。
赤ん坊でもないのに、なんでこんなに歯が痒そうなのよ!
まあ、私の味が口に合わなくても自己責任だからね。夏の太陽の下で散々動き回った後の人間の腕を、好き好んで噛んだ罰よ。
……って、こいつら、むしろ美味しそうに噛んでない!? もしかして、このガキどもは食人種か何かなの!?
「一!」
モニカの号令が響いた。
次の瞬間、ジャスパーが彼女の後ろから、水が並々と入っているらしき小さな鉄製のバケツを抱えて飛び出してきた。
……ちょっと待って、嘘でしょ!?
「二! 三!」
ジャスパーはありったけの力でバケツを振りかぶり、カウントダウンの終了と同時に、その中身を私に向けて豪快にぶちまけた。
「冷たっっっっっ!!!??」
私は跳ね起きるように飛び起きた。
腕に噛みついていたミナトとマサユキは、私が飛び上がった拍子に必死にしがみついたため、しばらくぶら下がった状態になり、私の両腕から容赦なく血がにじみ出た。痛い痛い痛い!
急展開に戸惑ったエルザスは、私の肩にしがみつきながら悲しそうにシクシクと泣き始めてしまった。
いや、驚いたのはこっちのセリフなんだけど!
「ちょっと、朝から何すんのよ!?」
私は腕の激痛を必死に隠しながら、エルザスをなだめつつ声を荒らげた。
ミナトとマサユキがようやく腕から離れてくれたが、傷口に空気が触れてさらに痛みが跳ね上がる。
「何って、いつまでサボるつもり?」
モニカは髪を弄りながらフンと鼻を鳴らし、怯えた子供たちを自分の後ろへと下がらせた。
「あんた、ここは高級ホテルか何かのつもり? ルカお兄ちゃんが、これからはあんたも家族の一員だって言ってたわ。だったら、私たちと同じように働くのが当然でしょ!」
彼女は私の態度が気に入らないようだったが、それでも小さな子供たちをあやす方を優先していた。その姿は、どこかルカに似ていた。
「いたたたた……」
私は情けない声を漏らしながら、大人しくエルザスをモニカに引き渡した。
そのまま床に膝をつき、噛まれた両腕を観察する。
うわぁ、ガッツリ歯形がついてるわ……。こいつら、本当に食人種なんじゃないの? そう思わなければ説明がつかないほどの凄まじい咬合力だった。
控えめに言っても、前世で闘犬に襲われた時でもこれほど深くはいかなかったはずよ。
何が「無力で可愛い子供たち」よ、ただの猛獣じゃないの!
「ほら、その腕を貸しなさい」
モニカが命令口調で言った。
どうやら保育園状態だったチビたちの相手をひと通り終え、今度は怪我人の介護に乗り出す気になったらしい。




