新しい家族と鉄の規律
ルカは再び声を上げて笑ったが、私の全身にはゾクゾクと鳥肌が立っていた。うだるような夏の夜だというのに、凍てつく冬の風が吹き抜けたかのような錯覚。背筋に走る悪寒は、単なる気のせいでは片付けられなかった。
そうして私たちは彼の家に到着した。
その家は、周囲にひしめく有象無象のボロ小屋群の中で、著しく異彩を放っていた。少なくとも外観も内装も、比較的清潔に保たれている。
建物自体は三階建て。東京の郊外にある高級住宅とは比べるべくもないが、あの耐え難いドブ臭が漂っていない。スラムにおいて、それだけでも大成功と言ってよかった。
中に入ると、光景はさらにマシだった。極めてまともな板張りの床。トゲが刺さらないようにするためか、床一面には絨毯まで敷き詰められている。
私が靴を脱ぐ暇もないうちに、家中のあらゆる隙間から小さな子供たちがドタドタと駆け寄ってきた。
「ルカお兄ちゃん!」
子供たちの元気な合唱。
すると、さっきまで私の腹にえげつないフロントキックをブチ込んできた男と同一人物とは思えないほどの、満面の笑みがルカの顔に浮かんだ。シスコンか?
「モニカ、ステファニ、ジャスパー、ミハエル、シズエ、エルザス、ミナト、マサユキ。みんな揃ってるか?」
呪文のような速度で名前を列挙され、私の東大脳(Todai Brain)をもってしても瞬時のカウントに遅れが生じる。少し離れた場所から改めて目視で数えてみる。……全部で八人。玄関にいる私とルカを含めれば、この家には総勢十人の人間がひしめいていることになる。
「ルカお兄ちゃん、このお姉ちゃんはだれ? 新しいいじめっ子? 私たちをいじめにきたの?」
一番年下らしき、シズエと呼ばれる幼女が、不安そうに私を見つめてからルカを見上げた。ルカが口を開くより早く、子供たちの中で一番年長らしき少女が、私の前に仁王立ちで立ちはだかる。
「ルカお兄ちゃんが、そんな奴を家に連れてくるわけないでしょ、シズエ! もしこのネエちゃんが、ルカお兄ちゃんを騙してここに忍び込んできたんだとしたら、私が直々に叩きのめしてやるわ!」
誇らしげに胸を張り、私に向かって挑発的なファイティングポーズをとる少女。
――待て、こいつが「モニカ」? さっきルカが言っていた、クソ生意気な奴に鉄槌を下したっていうのは、このガキのことか?
妙な光景だったが、ちびっ子たちにはそのパフォーマンスが大ウケだったらしい。
「モニカ! モニカ! モニカ! モニカ!」
巻き起こるモニカ・コール。……って、ちょっと待ちなさいよ。私が一方的に顔面を殴られる予告をされていることについて、誰も疑問を抱かないわけ? スラムの倫理観どうなってんのよ。
ようやくルカが割って入った。子供たちはボスの声一つで、すぐさま身長順――すなわち年齢順に一列に整列した。軍隊か。
「ええと、それで……お前、名前は何ていうんだっけ?」
おいルカ、それを今聞くか!? 私の第一印象が不審者で固定されちゃったじゃない! ……いや、このクソガキの性格からして、絶対にわざとタイミングを遅らせたな。
「私はマリカ・キキ。よろしくね」
私が名乗った瞬間、ルカは口元を押さえて笑いを堪え始めた。しかし、彼の後ろに控える幼児師団にそんな高尚な自制心などあるはずもなく、一斉に大爆笑の渦が巻き起こる。
「キキだって! ぷぷっ!」「変な名前ー!」
体感で数分間、私は自分よりも遥かに年下のガキどもから、盛大な嘲笑と名前いじりの洗礼を浴びせられ続けた。このドブネズミたちのどこにそんな毒が溜まっているんだ。前世の私なら即座に論破しているところよ。
ルカはひとしきり満足すると、からかいたい衝動を抑え込んでチッと舌打ちを鳴らした。その瞬間、子供たちは最初のようにピシッと直立不動の姿勢に戻る。恐るべき鉄の規律だ。
「よし、マリカ。これからはそう呼ぶ。紹介するぞ。左から順に、モニカ、ミハエル、ジャスパー、エルザス、シズエ、ステファニ、ミナト、マサユキ。俺の弟と妹たちだ。今日からお前はここで暮らす。お前たち、これからはマリカを新しい『お姉ちゃん』として扱え。まあ、俺とモニカよりは下の立場だけどな」
このクソガキ……! こんな過酷な環境でも私に対するマウントを忘れない執念、ある意味で見事だわ。
一時間半後。
夜はすっかり更けていた。割れた窓の隙間から、月が夜空を完全に支配しているのが見える。子供たちの就寝時間までのカウントダウンが始まっていた。
私にはどうしても解消しておきたい疑問があり、ルカの肩を叩いて二人きり(サシ)での対話を要求した。
他の子供たちに声が届かない場所まで移動すると、ルカがぶっきらぼうに口を開いた。
「用ってなんだよ?」
弟妹たちの前を離れた途端、その表情は私が見慣れた、あの冷酷で大人びたものへと戻っていた。このギャップがまた恐ろしい。
「ルカ……少し不躾な質問かもしれないんだけど、大人たちはどこにいるの?」
私は家の中を見回した。労働時間などとっくに終わっている時間帯だというのに、彼らの親らしき大人の気配が一切ないのだ。
「どこにいるかって? ……お前にとって、俺は何に見えるんだ?」
ルカは腕を組み、小首を傾げた。




