路地裏の紫衣の麗人
路地裏の薄暗がりから姿を現したのは、引き締まった妖艶な体躯を持つ、紫髪の女性だった。
彼女の指先には一本のキセルが握られており、その佇まいは身に纏う衣装と同じくらい、強烈な自己主張と圧倒的な気品を放っている。
彼女は自身の髪色に合わせた、実に見事な紫色の大胆なボリュームドレスを着ていた。
そこには、私がこれまでに見たこともないようなこの世界独自の幾何学模様が施されている。もちろん、今の私に読めるはずもない。たとえ『知力』系のバフスキルがあったとしても、ここまで緻миにデザイン化された紋様を初見で解読するのは不可能だろう。
光の当たり方や角度によって万華鏡のように色を変える図柄の隙間には、オーキッド、薔薇、チューリップを混ぜ合わせたような、鮮やかな黄金の花々が精巧に刺繍されていた。
そして――ドレスのスリットから大胆に伸びる彼女の足元に目を向けると、そこには肌が透けるような薄手の黒いストッキングがハッキリと視認できた。
ところどころがわざとらしく破れていたが、それが彼女の「神秘的な色香」を引き立てるための、極めて計算された演出であることは丸わかりだ。彼女自身はさらに深い闇を思わせるピンヒールを履き、その洗練された美しさを際立たせている。
ついでに視線を上へ戻すと、豊かな胸元にはほどよい大きさのブローチが留められていた。
オウムを模したそのブローチは、右半分が雪のように白く、左半分が夜のように黒い。
私がその若い(あるいは魔法か何かで若く見せている)女性の姿を、文字通り爪の先まで「凝視」して品定めしていると、再び彼女の艶やかな声が私の思考を遮った。
「お嬢さん? 聞いてるかしら、お・じょ・う・さん?」
彼女は扇子を唇の前にかざし、パタパタと仰ぎながら何度も呼びかけてきた。
完璧に困ったような美しい表情を作ってはいたが、元東大生の観察眼は見逃さない。顔の微細な筋肉の動き――微表情から、彼女が私の無礼な視線にわずかばかり苛立っているのが見て取れた。
「あ、あの、すみません! あまりの美しさに、つい見とれてしまって……言葉を失っていました。何か御用でしょうか? このような遅い時間に、あなたのような美しい婦人が路地裏を歩くのは危険だと思いますが……もしや、迷子ですか?」
うだるような夏の夜の暑さのせいで、私の薄いシャツは汗で肌にぴったりと張り付いていた。
彼女のすぐ目の前で慌てて頭を下げると、汗ばんだ服が胸元に張り付く奇妙な生々しい感触が伝わり、急に自分の身体のラインが強調されているような気がして猛烈な気恥ずかしさが押し寄せる。
しかも緊張のあまり、頭で組み立てたセリフと口の動きが上手く噛み合わなかった。なんだか親切なアドバイスというよりは、裏社会の人間が使うような「遠回しな脅迫(しかも全然隠せていない)」みたいな不穏な響きになってしまった。
「あら、そんなお世辞で私をからかわないで、お若い方!」
しかし、彼女は私の不器用な言葉を気にする風もなく、心底楽しそうに声を上げて笑った。
顔から刺々しい空気は完全に消え去り、扇子を動かす手つきにだけ、かすかな動揺の名残が残る。
「実はね、私はちょっとした『お店』を経営している、とても裕福な身の上の者なの。近くには私の優秀な護衛たちも徘徊しているから、拐われる心配なんてないわ。それよりも……あなた、この街の人じゃないわね? ずっとキョロキョロと辺りを見回して、まるで初めて玩具箱を開けた幼い子供のように目を輝かせて……」




