緋色の門と異世界の産声
ついに、この世界での最初の街へと続く、血のように赤い大門が開かれた。
馬の匂い、煙、焼き立てのパンの香り、人々の熱気――。
ありとあらゆる強烈な臭気と生々しい気配が、一気に私の鼻腔を突き抜けた。
あちこちから住民たちの賑やかな喧嘩腰の会話や笑い声が聞こえてくる。ある者は新しい食器の品定めをし、ある者は境界線をめぐって隣人と怒鳴り合い、あっちの路地裏では女の子のハートを射止めようと必死にアプローチしている男がいる。
正直、圧倒された。
ここにあるすべてが、どうしてこんなに……生命力に満ち溢れているんだろう?
前世の東京でも、大阪でも、京都でも、こんな剥き出しの光景は見られなかった。向こうの現代社会では誰もが自分のことで精一杯で、他人はただの風景であり、記号だった。でも、ここでは誰もが泥臭く、まるですべての住民が幼馴染であるかのようにぶつかり合っている。
「……あれ?」
なぜか急に、胸の奥から強烈なノスタルジーがこみ上げてきた。
そして、私の意志とは無関係に、左頬を伝って一筋の涙が静かにこぼれ落ちた。そんな温かい田舎町に住んだことなんて、前世の記憶をひっくり返しても一度もないのに。妙な話だ。
(くっ、いちいち感覚が過敏なだけじゃなくて、情緒まで不安定すぎるのよ、この身体……!)
……まあいい。今の私にそんな安っぽい感傷が必要だろうか? いや、いらない。
そう心の中で冷酷に割り切った、まさにその直後だった。
視界の隅に、またしてもシステム通知が現れた。
目の端にずっと表示されているのと同じ、あの読めない異世界の言語だ。ただ、今回の通知は今までと違って異常なほど巨大だった。視界の中央を完全にジャックし、四方八方にノイズのように広がっていく。
脳内のシステムアナウンスはそれを翻訳しようともせず、私が「訳して」と心の中で口を開きかけた瞬間には、もう画面は消え去っていた。
唐突にパッと消えたのではない。滑らかに、ゆっくりとフェードアウトするように暗くなって消えていったのだ。
(……ふん。そんなに早く消えるってことは、どうせ大して重要な内容じゃなかったんでしょう。バグか何かね。きっとそうだわ)
そう自分に言い聞かせ、思考の隅に追いやる。
何はともあれ、今の私には他にすべきことが山ほどあるのだ。
私は情報の海を泳ぐように、ただ街を歩き回った。
地元の安酒を煽り、大声で下品な民謡を歌っている泥酔者たちの声を拾う。東大生の優れた聴覚と『談話』スキルの合わせ技で、ここが『人間の国』という、そのまんますぎる名前の国家であることを突き止めた。正確には、彼らがそこに住んでいるだけで、私はまだ一日も滞在していないのだけれど。
とはいえ、この世界を王道のLitRPG(ゲーム系異世界)として捉えるなら、高確率で人間以外の種族も存在しているはずだ。
エルフ、ドワーフ、ドラゴン、ゴブリン、コボルト、吸血鬼、魔女に魔法使い……ファンタジーの定番なら何でもござの世界のはず。もしこの世界に、古い童話に出てくるような、白肌の美しいエルフのお姉様たちが暮らす国が存在しないのだとしたら――私は神(あのクソ女神)の直通回線が開いた瞬間に、星1つのクソレビューを書き込んでやるわ!
さらに路地を進むと、明らかに居酒屋やパブの密度が高くなってきた。
ということは、この先にはきっと……「そういう店」があるんだろう。へへっ。
勘違いしないでほしい。べつにやらしい意味で喜んでいるわけじゃない。今の私は一文無しの極貧少女なのだから。ただ、合理的な生存戦略を思いついたのだ。
お金がないなら、タダで泊めてもらえる場所を探せばいい。労働の対価として、夜の宿を提供してもらうのだ。皿洗い、洗濯、店内の掃除、その他もろもろの下働きを私が買って出る。
これぞ異世界転生モノの主人公が歩む、王道にしてド定番のスタートじゃないか!
最初は酒場の薄汚れた床磨きから始まり、地下室の狭い寝床を借りる。そして数ヶ月後には、圧倒的な頭脳で魔王軍と戦う最高司令官の座に就き、最高級のウイスキーを傾けながら、大勢の美少女の逆ハーレムを築いている……。うん、その生存ルートなら大歓迎だ。
今日一日で現地の言葉(会話)は覚えた。明日のうちには『識字』もマスターしてやる。もしここが中世風の世界なら、全体の識字率はかなり低いはずだ。ということは、私はこの街に足を踏み入れた瞬間に、最高峰の「インテリ層」になれるわけだ。
元の世界でも私は優秀だったが、この文明レベルが低い世界なら、私は全知全能の存在にさえなれるかもしれない! ハハハハ!
脳内で肥大化していく誇大妄想的な自尊心。
しかし、私のそんな完璧な脳内ソロプレイは――突如として背後から響いた、甘く魅惑的な女性の声によって無残に打ち砕かれた。
「お嬢さん……いや、よく見ると結構いい身体つきをしていらっしゃる。すごく引き締まっているのね?」
マリカがついに街に到着! 果てしない異世界をさまよい続けた長い旅を経て、ついに彼女は文明社会の内部へと足を踏み入れました。門番との会話は、主人公だけでなく、この物語全体にとっても新しいステージの幕開けにすぎません! 今後の展開は、アクション、ドラマ、そして読者の皆さんが想像しうるすべての要素が満載となることでしょう!
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