命がけのハッタリと、異世界の門
「きゃああっ!?」
重力に無慈悲に引っ張られ、私の身体はそのまま下の暗い茂みへと真っ逆さまに落ちていった。
バキバキと激しく枝が折れる音が夜の森に響き渡り、全身に鋭い衝撃が走る。
「痛っ……痛たたた……!」
生い茂るトゲだらけの低木が最悪なクッションの代わりになり、なんとか最悪の事態(即死)は免れたものの、状況は最悪だった。
男だった前世のガッチリした体格に比べて、この新しく手に入れた女の子の身体は、驚くほど華奢で皮膚も薄かった。元の世界から穿いてきたジーンズの破れた隙間からは擦り傷が見え、無数の赤い引っかき傷からじわりと血がにじんでいる。シャツの襟元も無惨に破れ、露出した鎖骨や肩のあたりに鋭い擦り傷が刻まれていた。
ほんの少し擦れただけでも、過敏になった脳に直接突き刺さるような痛みが走り、思わず涙が目に浮かぶ。
(うぅ……何よこれ! 男の時なら大したことないかすり傷なのに、どうしてこんなに痛いのよ……!)
痛む身体を這わせながら、なんとかトゲだらけの藪から這い出る。『神の軽蔑』のデバフのせいで、私の自然治癒力はすでに落ちているのだ。もし傷口が化膿でもしたら、本当にこの名もなき辺境の地で呆気なく命を落としかねない。
服についた葉っぱを払い、乱れたシャツを気休め程度に整えながら、私は足を引きずって灰色の道路へと戻った。
夜の帳が完全に降りた鳥居の前。
あの重騎士――門番は、昼間と一ミリも変わらない、まるで精巧な彫像のような姿勢でそこに佇んでいた。
「……よし、行くわよ」
私は深呼吸をして、胸の動揺と痛みを隠すように堂々と歩みを進めた。
距離は残り十メートル。
門番がこちらの気配に気づき、ギチリと重々しい金属音を立てて兜を動かした。
「――プト、ペラペラ、オマエ、ナニモノダ?」
地を這うような低いバスの声。
昼間はただの不快なホワイトノイズにしか聞こえなかったその声が、今ははっきりと「意味」を伴って脳内に響いた。スキル『談話(レベル:D)』の翻訳効果だ。
私はわざとらしく頭を掻き、怯える哀れな難民の少女のフリをしながら、手に入れたばかりの現地の言葉を流暢に操って答えた。
「あ、あの、ごめんなさい! 私は遠い国から来た旅人なんです。実は……私の故郷に『魔王』フランシスコ・アカムの軍勢が迫っていると聞いて、怖くなって逃げてきたんです。死ぬ前に、せめて世界を見て回ろうと思って……ハハ」
引きつった笑みを浮かべる。もちろん大嘘だ。地球という別の宇宙から召喚されたなんて、口が裂けても言えない。
「難民か……」
門番の声から、わずかに警戒のトーンが下がったように感じられた。
いける。このまま同情を誘えば、街の中に入れてもらえる――そう確信した、次の瞬間だった。
門番がカチャリと鎧の音を響かせ、私の目線に合わせるように深く深く屈み込んできた。
鉄の兜の隙間を覗き込む。
――何もない。そこにあるのは、底知れない暗黒の空洞だけだった。
それと同時に、私の視界の隅で機能していたシステムUIが激しく明滅した。
【警告:言語インジケーターの異常検知】
[ステータス:青 ――> 不穏な[赤]へ急速に変色]
警告のサインだ。
門番が、低く、疑惑に満ちた声で呟いた。
「……名もなき難民の娘よ。なぜお前が、魔王の『真名』を知っている?」
(しまっ――!?)
全身の毛穴が瞬時に収縮するような、冷たい恐怖が背筋を駆け抜けた。
やらかした。あの糞女神が言っていた魔王の名前を、うっかりそのまま一般常識として口にしてしまったのだ。この世界の辺境の難民ごときが知るはずのない、厳重に秘匿された本名を。
兜の奥の「虚無」が、じっと私を品定めするように見つめている。
次の言い訳を一つでも間違えれば、あの巨大な大剣で私の華奢な身体は一瞬で真っ二つにされるだろう。
元・東大生の脳細胞が、アドレナリンと共に限界を超えてフル回転を始める。思考のギアを極限まで上げろ!
「あ、あははは! 魔王の名前? いやだなぁ、私がそんな恐れ多いお方の名前を知るわけないじゃないですか!」
私は引きつる顔を必死に笑顔の仮面で固定し、脳内に浮かんだ突拍子もない大嘘を、さも真実かのようにまくし立てた。
「『フランシスコ』っていうのは、私の村の村長の名前ですよ! 本当に嫌なクソジジイでね、いつも威張ってばかりで。で、『アカム』っていうのはそのバカ息子です! 体だけは人一倍大きいのに、頭は空っぽで、暇さえあれば誰彼構わず喧嘩を売るような奴なんです。嫁さんにも暴力を振るって、本当にろくでもない親子で……。だから、もし世界に恐ろしい魔王が現れたとしたら、きっとあのクソ親子の子孫に違いないって、村の皆で笑い話にしてたんですよ! 悪魔の血筋だって! 紛らわしくてすみません、ただの田舎者の愚痴ですよ!」
心臓が口から飛び出そうだった。頼む、騙されて。私の生存本能を賭けたハッタリよ……!
門番は無言のまま、しばらく私を見つめていた。
やがて、その鉄の兜がゆっくりと上下に揺れた。
ギギギ……と不気味な音を立てて、あれほど頑丈だった外門が、門番の手によって内側へと開かれていく。男は私に入るようジェスチャーで促し、再び元の彫像の位置へと戻っていった。
(……勝った。ハッタリ大成功よ、ざまあみろ!)
私は背中の冷や汗を拭いながら、一歩、異世界の街へと足を踏い入れた。
しかし、その先に待ち受けていた光景は、私の予想を遥かに超えるものだった――。
なんとか絶体絶命のピンチをハッタリで切り抜けたマリカですが、異世界の洗礼(物理的なトゲの痛みと、精神的な冷や汗)は想像以上に過酷なようです。
前回の描写に続き、男性だった主人公が新しい身体の「華奢さ」や「痛みへの耐性の違い」に戸惑うリアルな葛藤を描かせていただきました。
もし描写に関して気になる点や、「もっとこうしてほしい!」というご意見があれば、ぜひお気軽にコメントで教えてくださいね。皆様の率直な声は、私にとってまさに【千金に値する宝物】です。
それにしても、危機の瞬間に「村長とそのバカ息子」という超適当な大嘘を瞬時にでっち上げるマリカの回転の速さは、さすが元東大生といったところでしょうか(笑)。
ついに開かれた異世界の門。その先に広がる光景とは――?
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