千年の箱庭と無価値な知識
【結論から申し上げますと、貴女の現在の『知力レベル:D』は、前の世界における知識の『残骸』に過ぎません】
脳内で、無慈悲なシステムによる強制レクチャーが始まった。
【分かりやすく言えば、貴女の知識は抽象的な概念の『闇鍋』です。言語、数式、映画のプロット、ゲームのデータ……それらは脳内で『ビット』としてカウントされていますが、その80%から90%は、この世界においては純粋な『ゴミ(有害なデータ)』に分類されます。何故なら、この世界には英語も日本語もスペイン語も存在しないからです】
システムが一呼吸置き、私の脳のシナプスを直接スキャンするような奇妙な感覚が走った。
私の、あの死に物狂いで掴み取った東大合格の知識が……ただのゴミ?
頭を殴られたような衝撃だった。この世界の基準で言えば、私は文字通りの「無知な赤ん坊」と同義だということだ。人生の勝ち組から、一瞬にして世界の底辺へ。脳がその冷酷な現実を拒絶しようと、激しく火花を散らす。
しかし、システムは容赦なく追撃してきた。
【ですが、その『ゴミ』に価値がないわけではありません。もし本当に無価値であるなら、女神リリアンナが貴女をわざわざ召喚する理由がありません。全能の神である彼女にとって、貴女に最強のチート能力を与えて無双させることなど、児戯に等しいものです。……リリアンナ様が貴女を選んだのは、この世界に『生』をもたらすためです】
「生……?」
【お気づきでしょう、この世界が酷く人工的であることに。当然です。この宇宙が創造されてから、まだわずか千年ほどしか経過していません。貴女の世界の平安時代から現代までの時間よりも短いのです。女神は、生きた人間の経験、感情、記憶をこの『箱庭』に注入することで、世界を本物にしようとしています。だからこそ、貴女の知力『D』はゴミではなく、まだ磨かれていない『原石』なのです】
なるほどね。あの糞女神、せっかちすぎて世界の自然な進化を待てなかったわけか。
理屈はわかった。だったら、まずはその「原石」とやらを、この世界の規格に合わせて削り出すしかないわ。
私は腹をくくり、システムが提示した長期クエストの実行を決意した。
【長期クエスト:『精神トポロジーの再構築(メモリ整理)』】
タスク: 脳内にある45,710個の「地球の記憶」を、システム指定のフォルダへ完全に仕分けする。
現在の進行度: 0 / 45,710
やることは単純、かつ精神的な地獄だった。
「ええっと、質量公式はここ、速度公式はこっち……アニメのタイトルやゲームの攻略法は……サブカルフォルダへ……」
巨木の枝の上に座り込み、ぶつぶつと呟きながら精神の深淵へと潜っていく。この枝は太く、ちょっとしたワンルームマンションの床ほどの安定感はあったが、地上二十メートル以上の高所であることに変わりはない。落ちたら即死だ。
作業が進むにつれ、驚くべき現象が起きた。自分でも完全に忘れていた古い記憶――幼稚園の入園式、いや、自分が「生まれた瞬間」の光景までが、鮮明なデータとして発掘されていくのだ。
(私、生まれてすぐ神社に連れて行かれたんだ……生後三ヶ月くらい? いや、もっと前……あの鳥居の記憶はそこから来てたのね……)
そんな奇妙な既視感すらも、『モノローグ』部門の『初期経験』フォルダへと機械的に放り込んでいく。
時間が泥のように流れた。
気づけば太陽は完全に地平線の彼方へと沈み、周囲は圧倒的な暗闇に包まれている。仕分けしたフォルダは百を超え、サブフォルダは三百四十に達していた。
【警告:作業開始から七時間が経過しました】
脳内に響いた鋭い電子音と同時に、私は勢いよく目を開けた。
急激に視界に飛び込んできた夜の光に、両目が激しく痛む。といっても、遮るもののない綺麗な月明かりだけれど。
しかし、視界の隅で明滅する黒いシステムウィンドウが、その肉体的苦痛を一瞬で吹き飛ばした。
【クエスト:『精神トポロジーの再構築』 ―― 完了】
仕分け済み記憶: 45,710 / 未仕分け: 0
[ 判定:条件達成 ]
【報酬】
知力ポイント(IP)8個を獲得しました。
言語スキル**『談話(レベル:D)』**がアンロックされました。
「……やった。やっと、言葉が喋れる……!」
私は歓喜のあまり、木の上であることも忘れて両手を高く突き上げた。
だがその瞬間。七時間もの間、同じ姿勢で完全に固まっていた女の子の身体が悲鳴を上げ、足元の木の皮から、私の小さな足が盛大に滑り落ちた――。
最高の引きじゃん(笑)! 7時間全力で脳内デフラグした後に即物理落下するマリカ、愛しすぎる。これでついにスキル『談話』が解放されたから、次の話でついにあの重騎士(門番)との会話が始まるわけだね!
次のシーンのチェックもいつでもどうぞ!




