96話 七段階目の魔物――モンストルム・ファブリカ
レルゲンたちがダンジョンに到着した後に見た光景は、信じられないものだった。
ダンジョンの『位置』が変わっている。
否、動いていると表現した方が正しいだろう。
「ダンジョンが歩いているとでもいうのか……?」
「そんなの、あり得ません……!」
悲鳴にも似た声をセレスティアが上げる。
なおも一歩ずつ歩を進めるが、あまりにも一歩が大きいからか、ゆっくりに見える動きですらかなりの移動距離だ。
セレスティアは信じられない光景に、身体を震わせ、レルゲンの声が届いていなかった。
「……レス、セレス、セレスティア!」
ハッと我に帰り、レルゲンを見る。
「今はもう俺たちしかこの暴走したダンジョンを止められない! やるしかないぞ!」
「は、はい! すぐにバフをかけ直します!」
額からはまだ汗が滲んでいるが、セレスティアは何とか思考を切り替え、レルゲンにバフをかける。
バフが乗り切った後、レルゲンが腰を落として二段階目の全魔力解放をした。
全身から青い炎にも似た魔力が噴き上がり、すぐに黒龍の剣へ、刀身の光を伸ばさずに込める。
碧く光った黒龍の剣を横に薙ぎ払い、一閃の一撃を放つと、ダンジョンの外壁が貫通して動きを止めた。
「や、やった……!」
とセレスティアが安堵しかけるが、レルゲンの表情は変わらない。
――本当に今の一撃で、こいつは止まるのか……?
刹那、貫通した部分が根を張るように塞がっていき、完全に修復される。
「傷が……!」
「剣で駄目なら、動きを封じる……!」
無数に魔力糸を出し、ダンジョンへ接続する。
魔力糸なしでも強固に発動が可能になった念動魔術による固定を強化するように、魔力糸による直接接続で動きを縛る。
ギリ、ギリと鈍い音を響かせながら、完全に動きが止まる。
だが、レルゲンを見ると、鼻から血が絶え間なく流れ出ていることにセレスティアは気づいた。
すぐに止血の意味も込めて回復魔術をかけたが、鼻からの出血程度すら止めることができない。早まる鼓動が、セレスティアの心を押し潰してゆく。
「どうして血が止まらないのですか……!」
レルゲンが限界を迎えて魔力糸を解除すると、再び歩みを再開する巨大な建造物のような異形。
ここでテクトがレルゲンたちに向けて声をかけた。
「素晴らしい力だ! しかし早々に策が尽きたと見える。大人しくこの七段階目の魔物――モンストルム・ファブリカへの道を空けるがいい」
「モンストルム・ファブリカ……」
ディシアが魔物と呼んでもいいのかすらわからない、この異形の魔物を口にすると、テクトが懐かしむように言葉をかけた。
「やぁ、ディシア・オルテンシアじゃないか。ヨルダルクは今も健在そうで何よりだ」
「私はあなたを資料でしか知りませんが、私を知っているようですね」
「勿論知っているとも。これから『踏み潰す国』の要人なんだからね」
「やはり、ヨルダルクへの復讐ですか」
「復讐……? 復讐か、ある側面から見ればそう映るだろう。しかし、私はそんなことに興味はない。ただ、私の研究が正しいことを、私を追放した連中に証明してやることこそが、私の目的なのだよ」
「本当にあなたは資料で見た通りのつまらない男ですね」
「……何だと?」
歩みを進めていたモンストルム・ファブリカが停止し、四角い形状から一部が裂けるように分かれ、手のような物をディシアに向ける。
「核撃砲、今の彼に凌げるかな?」
瞬間的にレルゲンが王国の方へセレスティアとディシアを連れて飛翔する。
セレスティアは何も言わなかったが、表情は暗い。ディシアは表情を変えることなく、遠ざかるモンストルム・ファブリカを見つめ続けた。
核撃砲が発射され、レルゲンはこれを辛くも躱す。しかし、光線の放つ凄まじい熱量が三人の肌を焼き、直撃すれば即座に蒸発する威力だった。
死の光が連続して放たれ、上下左右、あらゆる角度へ飛び続けることで回避するが、いくらモンストルム・ファブリカから回避しても、自動的にレルゲンたちを追撃してくる。
レルゲンが逃げる先に選んだのは、上空の先にある雲の上。逃すまいと大量の光がレルゲンたちを追いかけたが、寸前で雲の上へ逃れ、光線の矢が止まる。
「一度王国に帰って報告しよう。ディシア様はどうする? と言っても王国に一緒に連れ帰らないと命の保証はできませんが」
「ええ、それで構いません」
雲の上を暫く飛んでテクトが操る魔物から完全に離れてから下降し、一直線に王国へ向かい、丸一日かけて帰還した。
帰還したレルゲンの報告を聞いた女王は、眉間に皺が寄りながらも、ディシアと表情が暗いセレスティア、そして目に小さくクマができているレルゲンを見て一言労いの言葉をかけた。
レルゲンたちの帰りを心待ちにしていたマリーは、レルゲンを見るや「お帰りなさい!」と強く抱きしめたが、様子のおかしいセレスティアと、立っているのがやっとのレルゲン。
見知らぬ女まで連れて戻ってきたことで、何かがおかしいと察する。
「家族がここまでやられたからにはきっちりお返ししてやるわ。でも、まずはゆっくり休んで――セレス姉様も」
「それで、あなたは誰なの?」と言いたげな視線のマリーに、ディシアが軽く挨拶をする。
杖を足の前に出し、黒のスカートをもう片方の手で摘み頭を下げる。
「私はヨルダルクの最高意思決定機関の一人、ディシア・オルテンシアと申します。第三王女のマリー・トレスティア様とお見受けします。以後、お見知り置きを」
――セレス姉様から前に聞いたことのあるヨルダルクの天才児……
「こちらこそよろしく――うちの旦那が世話になったわ」
「ええ、何度も助けていただきました。レルゲンには感謝しています」
ここでマリーが少し顔を歪ませる。
マリーの後ろにいるハクロウが肩に手を置き、振り返ったマリーに向けて首を振る。
マリーが「はぁ……」と大きく息を吐いて思考を切り替え、レルゲンの身体を支えながら後にする。
部屋に戻った三人はすぐに眠り、先に起きたマリーは慣れた手つきで魔力糸を操り、優しく二人に流し込んだ。
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