90話 テクトの過去
ディシアがダンジョン誕生のきっかけを話し始めた。
「始めは地脈からの魔力をコントロールできないかの研究からでした。ある程度研究が進み、付近の地脈から吸い上げた魔力を物質化することに成功したテクトは大いに喜び、ヨルダルクでも高い地位を得ていました」
「魔力を物質化!?」
セレスティアの言葉に頷き、さらに続ける。
「しかし、彼の探究心が収まることはなく、物質化できるなら人工の魔物を生み出し、魔石や魔物の素材を集めることが可能ではないだろうかと考えました。結果的にはこれも成功し、テクトはヨルダルクでさらに地位を高めました。
ですが、この研究は大きな問題を孕んでいました」
「深域に行かなくても、強力な武具を揃えることができるようになったわけか」
「はい。しかし、言った通りこの研究には危険が潜んでいました。一つは魔物の人工生産をすると国家間の戦力バランスが著しく変化し、対応が難しくなります。二つ目は、魔物をコントロールできず、人工的な深域に似た環境を人間界に作ってしまう可能性がある点。最後は、地脈の流れを変えてしまう研究結果がありました。ダンジョンが地脈の魔力を根こそぎ吸い上げてしまった場合、魔物の発生が極端に少なくなり、地脈のバランスが崩れたことで、逆に魔物が大量発生する地域も現れるなど、制御が極めて難しかったのです」
ダンジョンによる弊害がここまで出てくるのであれば、普通の倫理観を持っていればすぐに恐ろしくなって中止されるはずだ。
だが、テクトは違った。
「これを悪用すれば、何が起こるかは想像しやすいと思いますが、ともかくテクトはこれらの危険性を無視して研究を進めようとしたために、研究は凍結されました。ですが、既にダンジョンを何ヶ所も生成してしまっていた。ダンジョンをできるだけ休眠状態にすることで、追手を凌いだと記録には残っています」
ここまで古い記録を正確に覚えているディシアを、レルゲンは感心すると同時に、やはり少しの気味の悪さを感じていた。
「これは五十年程前の出来事で、何者かがテクトを脱獄させ、その後は行方不明になっていましたが、どういう手段を用いたのか不明ながらもテクトは未だ健在。ダンジョンの休眠状態も解除され、着実にヨルダルクへの復讐の準備をしているものだと考えられます。ざっくりテクトとダンジョンの関係性について話しましたが、ついてこられていますか?」
二人とも頷き、レルゲンが確認する。
「要するに、コントロール不可能と思われた手段を実用化するまでに研究を重ねて、実を結んだから動き出したってことだな」
「そう考えるのが自然だと思われます」
しばらくテクトについて話をしていると再び大きな揺れが街を襲う。
前回とは比較にならない震動に、棚が倒れ、皿が割れた。
揺れが収まってからレルゲンが念動魔術で掃除しているのを見て、ディシアは思わず「便利な魔術ですね」と零すのだった。
揺れの大きさから察するに、もう猶予はないだろう。
気づけばもう昼下がりの時刻だ。
攻略本部によれば、冒険者の避難はほぼ完了しているとのことで、防護柵の設置を行うことになり、残る冒険者が帰還してきた際は、レルゲンが冒険者を連れて避難させる手筈となった。
しかし、街の避難はまだ半分にも満たない程で、今すぐに魔物が溢れ出せば大混乱に陥ることは間違いない。
祈るようにただ避難が進むのを待つしかないが、テクトは待ってはくれなかった。
最初に異変へ気づいたのはセレスティアだった。徐々に歩みを進めてくる大量の魔物が、魔力感知に引っかかる。
「来ました! 魔物の群れです!!」
それを聞いた攻略本部の長は顔を青ざめさせて、頭を抱えた。
「まだバリケードも避難も全く出来ていないというのに……」
レルゲンが黒龍の剣をすぐに準備し、セレスティアとディシアに声をかける。
「俺の念動魔術で街の人達を魔物の進路とは反対方向に避難させる。それが終わるまではディシア様を護るのはセレス、君に頼みたい。集められるだけ冒険者を集めて、細い通路がある山岳地帯で一気に叩く。現場の指揮は任せていいんだな! ここの長よ!」
「ああ……! こうなってしまっては私が指揮を取るしかない。君はできることをやってくれ!」
レルゲンが頷き、中にいる全員を念動魔術で連れ出し、予想される進路とは逆方向に着地させる。
「セレス。俺は街の人達をこれから助けに行ってくる。万が一こっちに魔物が来たらこの場で一番頼れるのは君だ。ディシア様を頼んだぞ」
「お任せ下さい。レルゲンもお気をつけて!」
レルゲンが頷くと、緊急の音声が流れてくる。
――ウゥゥゥゥゥウウウウウ!!!
「これは訓練ではありません! これは訓練ではありません! 大量の魔物がダンジョンから現れます! 大至急! 外に避難して下さい!! 繰り返します……」
「放送室にはまだ誰かいるのか?」
「いや、これは録音だ。自動で流れているだけで、君が全てここまで連れてきている!」
「街に残っている人の数は?」
「五百人以上はいるはずだ」
「よし、それだけわかれば十分だ。後は頼んだ」
避難警報が繰り返し流れている。
レルゲンは一直線に街の上空を目指して飛んでいく。
すると避難警報を聞いた街の人達が一斉に表に出てきており、片っ端から魔力糸を伸ばし、人々を空中へ浮かせていく。
一度に大量の人を運ぶときには魔力糸を使った方が運べる人数が多い。これなら一度に百人は避難ができるはずだ。
急に空へ連れ出された人々は悲鳴を上げたが、今は気にしている場合ではない。
続々と魔力糸を使った救助をしていくと、魔物が目視できた。
まるで行進でもしているかのように綺麗に整列しながら歩みを進めている様は、人間の行軍のようにも思えるほど統率が取れている。
魔物が侵攻してくる場所から救助を行なっていたが、街の人々には目もくれず、歩みを進めている。
「こっちのほうが好都合だな」
避難民を全員セレスティアたちの元へ送り届け、再度街へ戻り救助に向かう。
繰り返すこと五回。避難は完了し、レルゲンは一息ついた。
「避難お疲れ様でした」
セレスティアがレルゲンにタオルと水を手渡す。汗を拭いながら、セレスティアに確認する。
「魔物の侵攻はどこまでいった?」
「行軍速度からまだ山岳部には到着していません。念動魔術で飛んで行けばすぐに追いつける距離かと」
「わかった。魔物はこっちに注意を向けてこない。すぐに処理しに行こう」
ディシアが心配そうにレルゲンへ声をかける。
「もう少し休んだ方がいいのではないですか?」
「いや、すぐに動けるように負担の少ない方法で運んだから問題ない。これからセレスとディシア様を念動魔術で空に連れ出して、魔物の数を減らしていこうと思う。セレス、準備はいいか?」
「はい。いつでも行けます」
「――いくぞ」
三人は空中に浮き、魔物の行軍場所までの距離を最速で駆けて行った。
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