86話 騎士団長ハクロウの熱い激励
この情報を伝えられた騎士団の面々は弱気な反応を見せる。
「俺たちだけでどうやって戦えばいいんだ……」
「勝てるわけが……」
口々に絶望を零す騎士たちに、ハクロウが喝を入れた。
「お前らが負けたら国は誰が護る? 民は誰が護る? 大切な家族は一体誰が助けてくれるんだ? 誰もいないぞ。俺たちしかいねぇのよ! 前向いて、ちゃんと自分の手で未来を勝ち取ろうじゃねぇか!」
「だけど……この数じゃ……」
「……わかった――今この瞬間、家族が魔物に蹂躙されても構わねぇって奴だけ、ここから去ることを許す。どんな処罰も俺の権限で揉み消してやる」
「……っ!!」
騎士団員が涙目になりながらもハクロウを見つめる。
「そうだ。今顔を上げて俺を睨みつけたお前たちの心は、もう最初から決まってんのよ。踏ん切りがつかねぇだけさ。自分の命が、ここで散ることに納得ができねぇだけだ! 俺だってこんな腕になってから、いつも戦えねぇことに怯えてる。真の恐怖ってやつは、何もできずに泣くことしかできねぇ、自分の無力を誰かのせいにするしかなくなるってことだ! いいかお前ら! ――俺はこの腕になっても剣を握るぞ。こんなところで、まだ心を殺すことには早すぎる! 剣を取れ! 民を護れ! 家族を護れ!! 俺から言えるのはそれだけだ」
「「おぉぉぉおおおお!!!」」
ハクロウが盛り上がっている騎士団員を後にして、対策本部の天幕から出てくる。それを外で聞いていたレルゲンが正直に伝えた。
「あんた、あんな激励の言葉なんて掛けられるんだな」
「らしくないだろ?」
「ああ、そんなご立派なことを言うやつではないな」
二人が軽く笑う。
表情が戻ったハクロウは、レルゲンに勝算があるのかと問う。
「勝算は高くない。むしろ数%もあればいい方だろうな。中央王国領に敵が進軍してからだと遅い。まずは魔物の出発点を見つける必要があるな」
「こちらから仕掛けるつもりか」
「ああ、だがカイニルの介入もある。ハクロウ、あんたも知っているんだろ?」
「ああ、俺が剣術を習っていた頃、同じ師範の下にいた門下生の一人だ。ただ、今頃は俺と同じくらいの歳のはずだが、ボウズから聞いている姿と一致しないな」
「そうか……ときにハクロウ。新しい左腕の調子はどうだ?」
「まだ慣れている途中だが、悪くねぇよ」
「まさかナイトの置き土産が役に立つとはな」
「それもそうだが、まさか俺にも魔術を使って戦う日が来るとはね。長生きはしてみるもんだぜ」
新しいハクロウの左腕は、真っ白な人形を想わせる。腕の内部は肩口から伸ばされた魔力糸の白い光が覗き、手を握り、開く動作をレルゲンに見せると
「結構いい感じじゃないか」
と答えた。動作性は悪くないように見えるが、戦闘になったときは一瞬の迷いが命取りになる。
完璧に扱えるようにならなければ、ハクロウは後衛で指揮を取ることになるだろう。
「ここから一番近い高難易度ダンジョンはどこになるんだ?」
「隣国のヨルダルクと女王陛下からは聞いているぜ」
「ヨルダルクか……」
ヨルダルク国は有名な研究者を多く輩出している研究国家としての側面が強く、便宜上は国として認められているが、黒い噂も多い。
ナイト・ブルームスタットが最後に見せた人間の魔物化の実験記録も、元はヨルダルクの研究が発端だからだ。
研究所にいるカノンにこの話をすれば、間違いなく私も行くと言うだろう。
しかし、研究機関が集まっているヨルダルクの首都と、高難易度ダンジョンがある場所では地理的には大きく離れている。
レルゲンたちが向かったフィルメルクのダンジョン街と、王国との距離以上に離れている。
仮に、今すぐ高難易度ダンジョンから魔物たちの進軍が開始されていたとしても、三十日以上はかかる計算になる。
この準備期間はある種絶妙で、新しい手段を用意できるかもしれない最後の期間だ。
国に攻め込まれるときに、警戒するべき第一の手段は、国の機能を落とすこと。
ナイトが王国に魔方陣を展開する際にも行った、兵糧攻めが最も有効。
最優先で警戒するべきなのは、国内の機能不全だ。考えることが山積みの対策本部の夜は、まだまだ長くなるだろう。
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