83話 マインドダウン
レルゲンが黒龍の剣を構え、意識を集中する。
――第二段階、全魔力解放。
全身から群青色の魔力が溢れ出し、全てを身体強化に充てる。
「正面から打ち合おうってことね! なんて魅力的なお誘いなの!」
「言ってろ、戦闘狂が」
噴き出した群青色の魔力が全身に満遍なく巡っていき、お互いが駆け出す。
剣戟の応酬が続き、レルゲンとカイニルの周囲の大気が荒れ狂い、誰の横槍も許さなかった。
「いいわね! 私の動きについてきてる!」
「その余裕そうな面、すぐに消してやる」
一段と速度を上げたレルゲンに、カイニルが対応する。周囲の地面が斬り裂かれたように抉れ、傷ついてゆく。
剣戟の余波がミリィの側を掠めると、ミリィの身を案じたのはレルゲンではなく、カイニルの方だった。
――そんな"遠く"にいるミリィをなぜ気にかける……?
わからないことだらけだが、この隙を逃すレルゲンではなかった。
身体強化へ回していた魔力を、黒龍の剣に全て込め、刀身の光が伸びようとしたところで、伸びた光が逆に短くなっていく。
伸びきった刀身の光は消え失せ、その代わりに莫大な魔力が黒龍の剣へ凝縮され、群青ではなく、淡く碧い光を放った。
振り下ろされた斬撃は、筆で描いた一本の線の如く、鋭く細い軌跡となってカイニルの腕を縦に斬り裂いた。
念動魔術で光の軌跡を無理矢理刀身へ押し込み、横薙ぎの一撃を放つ。
必殺の一撃はダンジョンの壁を容易に貫通した。
カイニルはレルゲンの横薙ぎを瞬時に受けきれないと判断し、垂直に跳んで回避するが、地面に降りてくることはなく、空中で静止している。
レルゲンは一瞬、念動魔術による飛翔かと思ったが、そうではなかった。
空中に"立って"いる。
間違いなく、空気の上を歩いており、まるで階段を降りるように一歩一歩降りてくる。
切断された腕からは既に出血が止まっており、新たな腕を生やそうと、傷口が蠢いている。
「化け物が……」
目の前の光景に意識が引っ張られるが、最初に見せたハクロウと同じ秘剣――あれは間違いなく人間が放ったものだと考えを改める。
魔族は人の真似事はするが、鍛錬はしない。
そもそも人間より自分の方が強いと思っている傲慢な種族に、自己研鑽という文字はない。
地面に降り立ったカイニルは、再びミリィを見たが、諦めるように視線を切り、レルゲンを見て言葉をかける。
「一旦引かせてもらうわ」
「逃すと思うか?」
「いいえ、あなたは逃すわ。だってあなた――既にマインドダウンじゃない」
言われてからようやく身体が悲鳴を上げていることを自覚し、レルゲンが片膝をついた。
「お嬢さんたちだけで片腕の私と戦ってみる?」
二人の魔力が一瞬高まるが、唇を噛んで睨みつける。
「いい子ね。今度会うときはもっと楽しみましょう?」
再び跳んで、空中を蹴るように駆けながら、カイニルがその場を後にする。
レルゲンとカイニルの戦いを遠隔で観察していたテクトは高揚の余り叫んでいた。
「素晴らしい! 素晴らしいよレルゲン・シュトーゲン! あのカイニルに撤退を選択させるなんて! ハハハハハ!!! これでまたボクの研究は前に進めることができる!!」
研究室とも取れる孤独な個室で、興奮を抑えられない探究者は、幸せの絶頂を迎えていた。
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