82話 カイニル・マクマニル
――急に出てきてコイツは一体何を言っている……
レルゲンが返答せずにいると、カイニルと名乗った女は、おもむろに懐から四人分のポーションを取り出し、片目を閉じながらレルゲンに放り投げた。
無造作に放り投げられたポーションを念動魔術で空中に制止させて受け取ると、カイニルがレルゲン達に飲むように促す。
毒分離の念動魔術を掛けるが、反応はない。
一気に飲み干すと体力と魔力までもが全快状態になり、この効果にセレスティアは目を丸くしながら驚いた。
「これは……この効果は――間違いなくフルポーション……」
レルゲンが疑問の表情を浮かべると、セレスティアは大変貴重な代物だと話す。
ミリィにこそ飲んでほしい代物だが、残念ながら気を失っているため飲ませることができない。
「これから戦いたいと言っている相手に、こんなもの飲ませてどういうつもりだ?」
「どうしてわからないの? 全力のあなたたちと戦うためじゃない」
「ますます意味が分からないな。俺たちは早く帰らなければいけないんだ。失礼する」
「そんなことさせないわよ?」
瞬間的にカイニルが消え、動体視力に自信があるレルゲンですら全く動きを捕捉することができなかった。
カイニルの手には既にミリィがおり、反射的に取り返そうと身体が動きかけたが必死に留まる。
「これで戦う理由ができた?」
「貴様……」
レルゲンの魔力が感情に引きずられるように高まっていく。
だが、もうナイトのときとは違う。
怒りはあるが、無駄に魔力を消費することはない。
レルゲンの雰囲気が変わり、放たれる殺気だけで、大気が震えている。
「いいわ! あなたとてもいい! 眼力だけでそこまでできるのはそういないわ」
素直な敵の賞賛に、レルゲンは更に怒りが増し始める。保険として持ち込んでいた名剣級の鉄剣を捻る。
――螺旋剣。
ギリ、ギリと鉄剣が悲鳴を上げながら、螺旋を描くように成型されていき、徐々に回転数を上げていく。
レルゲンに戦闘スイッチが入ってから、カイニルはミリィを横に下ろし、二刀を抜いて構えを作る。
マリーがレルゲンの必殺の一撃を見守りながらも敵の特徴的な武器に気づいた。
「先生と似ている剣……!」
回転数が臨界点に達したとき、レルゲンが更に魔術を重ね掛けした。
右手からウィンドカット、左手からはファイアボールを展開し、両手を合わせる。
「ブルーフレイム・エンチャント」
すぐにセレスティアは火の上位魔術であるブルーフレイム・アローズを連想したが、明らかに下位魔法を組み合わせただけではない。
念動魔術を更に加えられた三重にもなる多重魔術が行使されていた。
「同種の魔術で、同種の魔力性質を持つ姉妹の私たちですら合体魔術は難しいというのに……あなたはどれほど上があるのですか……?」
仲間の力とはいえ、未だに底が見えないレルゲンに、セレスティアは流れる冷たい汗を拭った。
回転する螺旋剣に蒼い炎が纏わりつき、発射を待っている。
「この一撃、受けてみろ」
音速を超えた一撃が、カイニルの胸を正確に捉え、貫く。
誰もがその結果を予想していた。しかし、カイニルだけは違った。
不敵な笑みを浮かべながら呟いた
「秘剣、神仙――雪中花」
不可視の六連撃が、蒼い炎を纏った螺旋剣を粉々に打ち砕いた。
斬り裂いた二刀は未だ輝きを放ち続け、刃こぼれは一つとしてなかった。
――今の技、間違いなくハクロウと同じ……!
「今のはゾクゾクしたわ! でもあなたは余り驚いていないわね?」
「その"流派"は門下生が多いんじゃないか?」
「……! ふふっ、この技使えるのはほんの一握りだけよ。驚かせようと思ったのに、見たことがあるのね」
残念そうに両手をあげて首を傾げるカイニル。
レルゲンが螺旋剣を破壊されて間も無く、王女の二人も準備が完了していた。
「ユニゾン・テンペスト!」
マリーとセレスティアの合体魔術がカイニルを襲うが、抜群の速力で横に跳びながら回避し、マリーを狙ったカイニルが二刀を振りかざす。
咄嗟にマリーとカイニルの間に入ったレルゲンは、振り下ろされた二刀を黒龍の剣で受け流そうとする。
最初からカイニルの剣を正面から受けてはいけないという直感が働き、剣を滑らせていくように角度を変えていった。だが、あまりにも速い二連撃は、レルゲンの想定を遥かに超えており、受け流しに失敗する。
左肩から腹にかけて、二本の切り傷がはっきりと分かるほどレルゲンの身体を斬りつけた。
鮮血が迸り、セレスティアがすぐに回復魔術をかけようと動くが、手で制して魔力糸を大量に生成する。その数は悠に百を超えていた。
瞬時に縫合された傷口から血が止まり、止まった瞬間にセレスティアがエクストラヒールをかけて完治させる。
その回復の流れを興味深そうに見ていたのは、カイニルだけではなかった。
「実に素晴らしい! カイニルと対峙してまだ息があるとはね!」
ダンジョン内に男の声が反響する。
「誰だ」
「失礼、自己紹介がまだだったね。私はテクト。このダンジョンの"生みの親"さ」
「生みの親だと? 何を寝ぼけている。まるでこの建物自体が生きているような口振りだな」
「そうさ! よくわかったね!! ダンジョンとは全て生きている"人工の生命体"とでも言っていい! その答えにすぐ辿り着くとは、どこかで心当たりがあったのかな?」
レルゲンの眉間の皺が深くなるが、ここでカイニルがテクトに向かって悪態をつく。
「おいテクト! 私の邪魔をするってのはどういう了見だ?」
「おっと悪かった。つい興奮してしまってね、すまない。では殺し合いを続けてくれたまえ。私は君と話をしたかっただけなんだ」
「待て!」
レルゲンが叫ぶが、テクトはダンジョン内で二度とレルゲンに語りかけることはなかった。
「そんじゃそろそろ続きと行こうか、レルゲン君?」
「あんたを倒して、全部説明させる」
「威勢がいいね! 私に啖呵を切れる人間は初めて見たよ」
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