70話 遺跡を囲む、状態異常
「行ってきます」
転移が完了すると、そこには壊れた遺跡が散らばる紫色の世界が広がっていた。
「何だか薄気味悪いですね」
ミリィが少し怖がりながら遠慮がちにセレスティアの裾を引っ張り、後ろに隠れる。
マリーは新しいものを見るのが好きなのか、色々と歩き回って確認している。
紫色の水を触ろうとしたとき、レルゲンがマリーの腕を掴んで止めた。
「何?」
「もしかしたらこの水は……」
レルゲンが紫色の水に手をかざして、物質分離の念動魔術をかける。
すると水の色が透明に変わり、紫色の粉末が分離された。
「水と何に分けたの?」
「人体に害のある物質」
レルゲン以外の全員が「えっ」と驚く。
そこら中に紫色の水たまりや沼があり、歩いていくには少し難儀するだろうことが予想できた。
全員を念動魔術で飛ばして連れていくことを考えたが、戦闘になったときは自由に空を飛ばしてやることはできないので断念する。
それこそナイト・ブルームスタットが使用していた念動魔術の真髄。
自動人形のアイとユゥのような自然な操作が必要になる。
まだレルゲンの念動魔術は、そこまでの領域には到達していない。矢避けの念動魔術や、物質固定の単一命令に関してはナイトを上回る強度で発動することはできる。
だが、思考を並列化した複数の精密動作に関しては、まだまだナイトには追いついていないとレルゲンは自覚していた。
となると、回避策は一つしかない。
「セレス、頼めるか?」
セレスティアが頷き、状態異常無効化の支援魔術を発動する。
「ノーマリィ・コンディション」
全員に金色のオーラが付与され、試しに紫色の水に触れて確認する。
指先に多少の痺れはあるが、毒そのものはしっかり無効化されている。
「この層は状態異常を伴う攻撃にも気をつけないといけないかもな」
「私が効果切れのタイミングで重ねがけするのであまり気にする必要はないと思いますが、他にも何か気になることが?」
セレスティアが首を傾げながらレルゲンに尋ねると「あくまでも予想だが」と前置きして
「状態異常を伴う攻撃があるってことは、考えを少し飛躍させるとトラップとか、人の心理に作用する仕掛けがあるかも知れないってことさ。俺たちは真正面からの攻撃に慣れている。でも、予期しない絡め手には経験が少ないから対処が難しい……これは今言ったところで、すぐに対策できる訳じゃない。だが、頭の片隅には置いておいてくれ」
「確かに……私もいつも以上に警戒しようと思います」
セレスティアは納得するが、マリーはそこまで深くは考えていないようで
「トラップとかの看破系の魔術を使える人が居れば良いのにね」
「そんな便利な魔術があるのか……?」
レルゲンは初めて聞いた魔術の種類だった。不思議そうな顔をしていると、セレスティアが説明してくれた。
「看破系の魔術は私やナイト・ブルームスタットがよく使うディスペルに考え方が近い魔術です。レルゲンでイメージするなら、先程やった毒分離の念動魔術になりますね」
「なるほど……?」
「予期しないトラップを感知するには二つの方法があります。一つ、トラップの知識を予め蓄えておいて、その知っているトラップの種類に該当するものを検出する方法。二つ目は、どんなトラップか分からなくても、自身に害を及ぼすものとして大まかに判別し、解除する方法です。特定の足場を踏むことで起動する落とし穴などが代表的ですね。ただ、私もダンジョン攻略は初めてなので、これくらいしか情報を持っていません」
申し訳なさそうにセレスティアが謝るが、これだけ知っていれば対策も立てやすくなる。
「いや、それだけ知っていれば十分凄いよ。さすがは魔術の先生だ。後はどうやって事前にトラップを検知するかだが、セレスは使えるのか?」
「いえ、私は使えません」
「私も使えないわ」
「……あ、あの」
ミリィが小さな声を上げながら、遠慮がちに手を上げる。
「どうした?」
「私、簡単なトラップ解除なら出来ます」
「「有能な人材いた!」」
思わずレルゲンとマリーが声を揃えてミリィを褒める。勉強熱心なセレスティアに至っては「ミリィ様、後で教えて下さい」とミリィにお願いしている。新しい魔術に触れるのが楽しいようだ。
「でもでも、本当に簡単なトラップ解除しかできませんよ?」
「俺たちはその簡単なトラップですら解除できないんだ。もっと自信を持ってくれ」
「そうですか……? えへへ」
ミリィはやはり自身の技術を過小評価している節がある。レルゲンはもっと褒めて、気楽にやって欲しいと思った。
遺跡の跡地にある道なき道を進んでいくと、セレスティアの魔力感知に魔物が引っかかる。
「皆さん、少し行った先に魔物がいます。数は十体。魔力的にはそこまでの強さは感じられませんが、レルゲンが言っていたように追加の状態異常がある可能性があります」
「「了解!」」
各々が武装を取り出しゆっくりと距離を詰める。セレスティアがノーマリィ・コンディションを再度掛け直し、遺跡の影から様子を伺う。
四段階目の魔物――ナウム・プラント。
花の頭部からは何やら鼻をつく匂いが分泌されており、酸っぱいような、辛いような刺激が強く放たれていた。
花からは無数のツルが伸びており、触手のように蠢きながら、地面を這って移動している。
「まずは私から参ります。ブルーフレイム・アローズ!」
セレスティアの火の上位魔術が、上空に無数に出現し、一斉にナウム・プラントへと突き刺さる。火がついたツルは灰になり、時間差はあったが魔石へと還っていった。
「俺たちもいくぞ、ミリィはセレスと同じ火を使った魔術で攻めてくれ!」
「わかりました!」
マリーは通常通り神剣に魔力を込めてナウム・プラントへ斬りつけようと肉薄すると、花のような頭部の口が開き、何やら射出しようとしている。
「そんな鈍い攻撃当たらないわよ」
横に飛びながら射出された液体は地面に当たると同時に遺跡の石を溶かしていた。
「強酸のブレスか!」
即座に自身とマリーに矢避けの念動魔術をかける。
マリーは花状の頭部を目掛けて斬りつけるが、ナウム・プラントも上手くツルを使って防御体制を取る。
何本にも重ねられたツルで斬撃の勢いは完全に殺され、マリーの腕や足に絡み付かんとする。
「うわっ! 気持ち悪い!」
マリーは即座に神剣に風の魔法、ウィンドカットを纏わせ切断力を上げ、身体を縛るツルを斬り距離を取る。
後方から火の上位魔術を使って着実に数を減らしていくセレスティアは問題ないが、近接主体のレルゲンとマリーは、若干の戦いづらさを感じていた。
レルゲンは数少ない使える火の中級魔術のファイア・ストームで、ツルが切断されたナウム・プラントを焼き払い討伐する。
それを見たマリーも一緒に魔術攻撃に切り替え、風の上位魔術のテンペストを発動するべく距離を取りながら詠唱を始める。
残り半分になったところでマリーがテンペストを発動させて討伐し、最後にレルゲンが黒龍の剣に魔力を込めて、赤い光線攻撃をナウム・プラントに浴びせて完全討伐した。
仮に強酸攻撃を避けようとして毒沼に足を踏み入れてしまえば意味がない。
状態異常を防ぐ術師や、居なければ解毒剤を大量に携行する必要があるのが、今回の層の特徴のようだ。
毒沼がある遺跡群を抜けて、次の層に進む迷宮の入り口まで攻略が進み、時刻はお昼頃に差し掛かってきていた。
幸いヒュージ・スワンのように空を飛ぶ魔物はおらず、遠距離攻撃を仕掛けてくる個体も少ない。
これならレルゲンの念動魔術で迷宮の入り口まで全員を運んで来られると考えていると、迷宮の入り口付近にある魔法陣が光っていた。
中央王国組の三人はこの魔法陣に見覚えがあり、マリーが近くで観察している。
「これって、転移の魔法陣?」
「確かによく似ているな」
一層から十一層までのショートカットに踏んできた転移の魔法陣と、ほぼ同じ作りをしている。
わざわざ迷宮の入り口に配置されているということは、どこかへ飛ばす類のトラップではなく――
「中間地点……か?」
レルゲンたちはかなりの速度で迷宮の入り口まで来ていたが、他のパーティは高位の魔術師が少ないことや、そもそも迷宮の入り口まで辿り着く道のりが長いからか、まだここまで到着していなかった。
「どうする? 乗ってみる?」
マリーがレルゲンに提案するが、正直レルゲンもこれが正規の転移魔法陣なのか、はたまたトラップなのか判別がつかないでいた。
「ミリィ、どう思う?」
「私ですか?! そ、そうですねぇ。私もレルゲンさんと同じ意見で、危険性はあまりないとは思いますが、確証は無いです」
再び考えていると、セレスティアが「乗りましょう」と提案する。
具体的には仮にトラップだったとしても全力バフと、レルゲンの矢避けの念動魔術が全員分にかかっていれば、即死はないと考えていた。
「わかった。一人一人行くより、全員で手を繋いだ状態で同時に飛び込んでみよう」
頷いて、掛け声とともに魔法陣の中へと踏み込む。
「せーの!」
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