38話 神技の手術
慌ててレルゲンが剣を念動魔術で引き抜いたが、それが致命的だった。
あまりの激痛にセレスティアが膝をつき、左肩を抑える。全身からは汗が吹き出し、出血も酷い。急いで止血しなければ、出血多量で死に至る量が流れ出ている。
鞄から回復薬を取り出してすぐに飲ませる。だが、それでも出血量を抑えるのが精一杯で、他の止血方法が必要だった。
なぜ矢避けの念動魔術をすり抜けた! 魔術は機能させていたはずなのに! レルゲンが焦る思考を抑えつつも包帯を取り出し、激痛に顔を歪めるセレスティアの傷口を強く縛る。
あまりの苦痛にセレスティアの声が漏れるが、悲鳴は上げない。
目からは涙が溢れていたが、強靭な精神力で耐えている。
包帯で止血を試みるが、やはり出血量が多い。
縛ったそばから赤く滲んでいき、これでは転移後の王都に戻っても間に合わない。
レルゲンがどうにかするしかない。するとセレスティアが苦痛に歪む表情を我慢しながらも薄く笑って見せた。
「レルゲン――あなただけならここからでも逃げられます。どうか私は捨て置きなさい」
「駄目だ、それはできない」
「いいえ、ここから王都に戻れたとしても、私は間に合いません。いいのです、愛する人に最後を看取ってもらえるのですから。私はもう満足です」
「うるせぇ! 俺が……俺が絶対に助ける!」
強く縛っていた包帯を解き、出血で意識が朦朧とするセレスティアの左肩を――正確に見る。
目に魔力を集中し、破壊された筋組織と血管、神経、骨に至るまで脳裏に焼き付ける。
そして、地面に流れ出た血液を全て念動魔術で空中へ持ち上げ、不純物を物質分離で清潔にした血液の塊を生成する。
セレスティアを助けるために意識を完全に魔物から切り替えたため、今のレルゲンは完全に背後を晒していた。
しかし、ナイトが魔物の進行を止めてレルゲンを観察している。
ショック状態にならないように、セレスティアの体内へ少しずつ血液を戻していく。
大量の出血により白くなりかけていた身体が徐々に血色を取り戻し、セレスティアの意識が戻る。
「……まだ、いらしたんですか」
「セレスを助けるまではな」
セレスティアの髪を優しく撫でると、安心したのか再度意識を失う。
――ここからが問題だ。
血液は戻り、今も念動魔術で出血は抑えているが、傷口を塞がなければ念動魔術が切れた瞬間出血が再開し、セレスティアは助からない。
ならばどうするか。レルゲンが導き出した方法は、念動魔術による手術だった。
セレスティアの傷口は全て――記憶した。
手から極限まで細くした一本の魔力糸を出し、縫合する。
一つの糸を操るのに全神経を使ったのは今回が初めて。普段は自分の手と同様に自由に複数本を同時に動かせるが、今回は極限の精密さが要求される。
最初の一本は正確に縫合されたが、それでは間に合わない。ナイトは今でこそレルゲンを観察しているが、そう長くは待ってくれないだろう。
手から更に十本の魔力糸を出し、これもまた正確に縫合していく。二十本、四十本と魔力糸の数を増やし、破壊された組織を縫合していく。
ナイトはレルゲンの精密な操作に魅せられていた。
縫合が完全に終わるまでレルゲンを待ち、終わったところで再び魔物を動かそうと、指を鳴らす瞬間、レルゲンの身体から赤い魔力が吹き出してくる。
全魔力解放! ようやく本気になりましたか――と目を輝かせるナイトの表情を無視して、レルゲンが静かに怒りを表した。
「あなたは俺の恩師だ。だから今までのやられたことを考えても怒りが足りなかった。しかし、セレスを殺されかけて気づいたよ」
「何にですか?」
「俺はあんたを絶対に許さない」
宣言と共に深い赤色の魔力が全身から溢れ出す。それを見たナイトが再び興奮した。
「素晴らしい魔力量です」
まだナイトの余裕は崩れない。ナイトの前を守護するように第五・第六段階級の魔物が三体、進路を塞ぐ。
黒龍の剣に全魔力解放した分の魔力を込めると、刀身が凄まじい勢いで伸びる。
今までは紫色に光っていた剣がレルゲンの魔力に引き込まれるように赤く光る。
「……どけ」
繰り出された魔力斬撃は赤い光線となって三体の魔物を同時に屠り、残すはナイト一人だけ。
しかしナイトはレルゲンと近くに横たわるセレスティアの地面を隆起させ、持ち上げられた先には空中に魔法陣が配置されている。
最後のご挨拶と言わんばかりにナイトが言葉をかけた。
「最後の手術は見事でした。やはりあなたは見ていて飽きない。もっと成長した姿を私に見せて下さい。そして魔法陣ですが、転移先は王都の中心に座標が設定されていますのでご安心を。それではまた近いうちにお会いしましょう。シュット君。いえ――レルゲン・シュトーゲン」
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