39話 一番愛してほしい
上昇による強烈な負荷に耐えながらも、セレスティアを抱える。
この転移魔法陣が奴の言葉通りだろうと、そうでなかろうと、この手を決して離さず強く抱きしめる。
魔法陣に吸い込まれる。
視界が明滅し、あまりの眩しさに目を閉じると、そこは空の色こそ違うが王都の噴水近くに転移していた。
「ここは、本当に王都……なのか?」
意識を失っているセレスティアを抱きかかえて、王宮まで念動魔術で飛んでいく。
かつての師がマリーやセレスティアを狙った真の黒幕だったことが、レルゲンの胸に重くのしかかる。
そして縫合したセレスティアの傷跡と、弱々しい表情を見て、レルゲンは力なく飛びながら、胸を締めつけられていた。
出発地点だった屋上庭園に降り立つ。
すると、セレスティアが意識を取り戻した。
レルゲンの頬を優しく撫でてから、唇を震わせるように告げた。
「……結局、助けて下さったのですね……あなたに最上の……感謝を……」
「大切な人を護ることが、騎士の役目ですから」
「ふふふ、お上手ですね……」
掠れかけた声で、セレスティアが感謝の言葉をかける。
屋上庭園から辺りを見回すと、そこには地平線の彼方まで山や木々が鬱蒼と生い茂り、完全に外界から切り離された世界となっていた。
屋上庭園から階段を降りて、女王の私室まで歩いていく。セレスティアも満身創痍だが、レルゲンも消耗が激しい。もう念動魔術の発動すら危ういだろう。
気力のみで廊下を歩いていく。
普段から歩いているはずの王宮の廊下が、やけに長く感じていた。それでも、歩みは止めなかった。
やがて女王の私室の前に到着するが、警備が全くと言っていいほどいない。ここには誰もいないのだろうか……?
「影部隊、いるか……?」
「はい、こちらに」
女王直属の影部隊は機能しているようだ。
少しだけ胸を撫で下ろす。
「女王陛下はこの中にいらっしゃるか?」
「現在、公務のためご不在です。女王陛下へのご報告がございましたら、私めに」
「わかった。これからいうことを一言一句、伝えてくれ」
伝えられた影の目が、驚きのあまり丸くなったが、すぐに表情を引き締めて普段の冷静な顔つきへと戻る。
「承知致しました」
影へと消えようとする前に、セレスティアが引き留める。
「お母様に……お伝え下さい。私、セレスは無事だと……」
頷いてから影へと消える。
他の部屋までは警備の都合上遠い。
この際仕方ないと思い、女王の私室の扉を開ける。
上品な装飾が施された、天蓋付きのベッドにセレスティアを寝かせる。
念のため回復薬を飲んでもらう。すると、セレスティアの肩から白煙が上がる――傷が修復される証だ。縫合の精度が悪かったのだろうかと、レルゲンの指先が冷える。
不安そうなレルゲンの顔を見たセレスティアが「大丈夫です」と薄く笑った。
「自信を持って下さい……一国の王女の命を……救ったのですから」
「セレスが無事でよかった」
「それとレルゲン、最後に私が話したことですが」
「はい」
「あなたとマリーの関係は何となく理解しています。ですが、それでも私は……」
ふぅ、と一つ大きな深呼吸をしてから、セレスティアが続ける。
「私、セレスティア・ウノリティアの、正式な夫になっていただけますか?」
レルゲンはあまり驚かなかった。
この任務でそういった感情を向けられているのは、何となくわかっていた。
「お言葉ですがセレス様。私はこの任務の前にマリーとある約束を致しました。一緒になるのはマリーが先だと」
勢いで了承しかけたものの、先って何だ? と思い、セレスティアに確認する。
「我が王国が信仰しているディオス教は、一夫多妻と一妻多夫は認められています。現にお母様は一妻多夫ですから」
「そう……ですか」
レルゲンが天井を見つめる。
度重なる戦闘で思考がまとまっていなかった。
そんな中でも、何とか言葉を絞り出した。
「第一王女が二番目に結婚するのはどうなのですか……? そもそも、セレス様はそれでいいのですか?」
「できれば私を最初の妻にして欲しいですし、一番愛して欲しい」
正直過ぎるセレスティアの言葉が、レルゲンの反論を許さなかった。
「ですが、近いうちに王位継承権争いが始まるでしょう。私はマリーとは戦いたくありません。もちろんあなたとも――それができるなら、順番など些末な問題ですよ」
「俺もセレスとは戦いたくないし、戦えない。マリーとの約束を守れるなら、俺も二人と一緒になりたい」
「そこはお前も愛しているとは言ってくださらないのですね。いいえ……今はいいのです。いつかあなたの口から、愛を囁いてもらえれば」
「恥ずかしいこと言わないでください」
「もう止められませんよ」
セレスティアが満足したように意識を失い、規則正しい寝息を立てている。
レルゲンが部屋を後にして自室に戻ると、そこにはマリーがいた。
「それで? セレス姉様とも結婚の約束しちゃったわけ?」
「すまない」
「はぁ……まあ二人で任務に行くって決まってからそんなことになるとは思っていたけど、私との誓いの後に、すぐ他の女と婚約するなんて、ちょっと信じられないわ」
「返す言葉もない」
「ただ、私との誓いを守ってくれようとしたことに免じて許してあげる。今はこんな状態だし、あなたの師についての対応を考えないと」
大きなため息を零しながら、頭が痛いとマリーが額を抑える。
女王が戻ってから、セレスティアとの極秘任務について報告し、原因が魔石龍の血液だったことと、やはり魔族が絡んでいたこと。
そして、真の黒幕は魔族ではなくレルゲンのかつての師匠であるナイト・ブルームスタットであることを包み隠さず報告した。
女王は一言「ご苦労様でした」と労いの言葉をかけたが、貴族たちはそうはいかなかった。
騎士レルゲンを今すぐ拘束し、嫌疑をかけよ。反乱分子として断罪せよなど、レルゲンを陥れようとする貴族たちが、一斉に騒ぎ立てた。
貴族も一枚岩ではない。度重なるレルゲンの功績を煙たがり、隙があればいつでも寝首をかこうとする連中も少なからずいる。
しかし、ここで待ったをかけたのがマリーと、意識が戻ったセレスティアだった。
結果的に命を救われたことについては、貴族も一定の理解は示している。だが、騎士レルゲンに肩入れが過ぎるという意見も散見される。
そこで女王が一言、新しい命令をレルゲンに課した。
「――騎士レルゲンに王命を下します。事態は一刻を争います。あなたの魔術で周囲を探索し、水源の確保。及び周辺の魔物の強さの測定を単独で行うことを命じます」
「……! お母様! それは!!」
セレスティアがあんまりだと言いたげな口調で食ってかかるが、一瞥だけして女王は続けた。
「王都周辺と同じ強さであれば騎士団を派遣し、調査範囲を拡大。任務開始は明日の朝から開始します。受けて下さいますか?」
膝をつき、頭を垂れる。
「謹んで拝命致します」
だが、ここでまたセレスティアが女王陛下に意見する。
「お待ち下さい女王陛下……! 騎士レルゲンの疲労は凄まじく、今の私よりも状態は酷いと言えるでしょう! 私やマリー、騎士団の一小隊を預けるなら分かります。しかし……しかしこれでは……! これではあまりにも騎士レルゲンが浮かばれません!!」
娘の懇願に女王陛下は折れず、セレスティアの意見を却下する。首を横に振り、セレスティアに諭すように優しく説明した。
「いいですかセレスティア。この王命は絶対です。そこに控える貴族の方々の気持ちも私には理解できます。……しかし、この王命を果たす事で彼の地位は確固たるものになる」
「それは……そうかもしれませんが!」
「それに、騎士レルゲンは優しく、編成する全ての人を護る為に動くでしょう。彼を助けるはずが、彼に負担を強いることに繋がるのです。
今は彼を自由に動ける状態にすることこそが、王国の最善手なのです」
確認するようにセレスティアがレルゲンの顔を見て尋ねる。
「そうなのですか……?」
「共に任務をこなす仲間を足手まといと思ったことはございませんが、今の私の状態では、自分の身を護ることで精一杯なのも事実です。ここは女王陛下のご命令を遂行することこそが、この王国を護る事に繋がると私は考えます」
セレスティアが女王陛下に頭を下げ、謝罪をする。
「出過ぎた進言……処罰はいかほどでも」
「良いのですセレスティア。あなたが思う気持ちは、母である私も痛いほど理解できます。どうか気に病まれませんように」
その後しばらく会議は続いたが、レルゲンとセレスティアには休息が必要ということで、途中退席が認められた。
セレスティアに別れを告げ、半日の休養を取るべく自室に戻る。二日間のみの任務だったが、久しぶりに感じた。
魔力行使によるマインドダウンには陥らなかったが、肉体・魔力的な疲労ではなく、ナイトの目論みという精神的な疲労が大きかった。
ベッドに横たわると、レルゲンはすぐに意識がぷっつりと途絶えた。
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