37話 黒幕
首から上が地面に落ち、空気が震える。
暗闇からの一撃は、レルゲンの魔力感知をすり抜け、サクロクス・マギクスを斬り裂いた。その切断面は恐ろしく滑らか。
弱っているとはいえ、硬い外殻をこうも容易く断ち切る者とは、一体……。
カツカツと音を立てて、こちらへ足音が近づいてくる。
即座に敵と判断して、魔力糸をセレスティアに繋ぎ、支援魔法を要請する。
「おや、思考の切り替えが早いですね」
「お前は何者だ? ここにはもう魔族はいないぞ」
サクロクス・マギクスにぶつけるはずだった黒龍の剣の一撃を、声の主目掛けて放つ。斬撃は声の主に到達すると同時に二つに分たれ、後方の壁に衝突して洞窟の一部が崩れた。
サクロクス・マギクスの首を落とす斬撃そのものを、さらに斬ったのか――!?
レルゲンの背筋が冷えた。
「酷いですね、会話の途中で斬りかかるなんて」
「あいつの首を落としたのなら、お前はそれだけで敵なんだよ」
「……? それはあなたも同じことをするつもりだったのではないですか?」
「そうだ、だからこそお前は敵なんだよ」
「よくわかりませんが、私の親切心があなた方を怒らせてしまったことは理解しました。ではここで戦いますか? ええ、構いませんよ。この魔物達の相手ができるならですが」
空中に魔法陣が浮かび上がり、そこから巨大な魔物が三体出現する。
これ程までの大規模な魔術行使、魔力の消費は凄まじいものだろう。
しかし、遠目で薄暗い中、大規模な魔術を行使したはずなのに、魔力の揺らぎが全く見えなかった。
言うなれば中庭で初めてセレスティアと出会った時の感覚に近い。
――間違いなく高位の魔術師だと、嫌でもレルゲンは理解する。
だが、ここで一つ疑問が残る。先程撃った黒龍の剣の一撃をどうやって両断したのか。純粋な魔術師では決して防げるほど生易しい一撃ではない。
まだ召喚された魔物は動かない。召喚主の指示を待っており、完璧な調教が施されていた。
今はこの未知の敵をなるべくここに止まらせ、情報を引き出すこと。
「どうやら高位の魔術師のようだが、なぜマリーや王国を狙う?」
「ならばこちらからも問いましょう。なぜあなたは両親を滅ぼした王国の味方をするのですか?」
セレスティアがレルゲンに魔力糸越しに話しかける。
『あの人物はあなたの素性を正確に把握しているようです』
『わかってる』
レルゲンがあえて声高に答える。
「そんなもん簡単さ。俺は俺の護りたいモノを護る。それが親の仇の末裔だろうと関係ない。まぁ、それが本当に仇とも限らないがな」
「ほう、そうですか――そこまで気づいていますか。なるほどなるほど。ではなぜ私が誰かわからないのでしょう? 少し悲しくなってきますね」
「……なんだと?」
俺はコイツと会ったことがあるのか?
今までセレスと同等以上の魔術師と会ったことなど……。
――いや、ある。あるはずだ……。
だがレルゲンは、その考えを必死に否定していた。
あのときも、俺を最後まで案じて逃してくれた人がそんなこと……。
――ポツリ、と溢す。
「ナイト……先生なのか……?」
暗闇のせいで、姿がまだよく見えない。だが、相手の魔力が大きく揺らいだ。
「いいですね。ようやく気づいてくれましたか。危うく私から名乗るところでしたよ。大きくなりましたね。シュット君」
レルゲンの全身が氷漬けにされたように冷たくなる。
「それで目的でしたね。そんなものは簡単です。私の……私だけの世界を作るつもりだったのに、今の王国が、そこの王女の母親が奪った! あれだけ用意していたのに! 横から入ってきた泥棒なんですよ!」
レルゲンが歯をギリギリと食い縛る。魔族への憎しみが、ナイト本人への怒りへと反転していく。
全て先生が……いや、ナイトが裏で糸を引いていた。
「全て、アンタが仕組んでいたのか?」
「そうですね。一人で――いえ、付き添い人も居ましたね。家を飛び出した第三王女が本当に狙いやすかった。簡単に復讐を始められると思いましたよ。ダクストベリクの悲しむ顔を想像したら興奮が収まりませんでした」
顔を手で覆いながら、ナイトが恨めしそうに続ける。
「しかしあなたが! まさかかつての弟子が邪魔するとは思いませんでしたよ。どうして王国に怨みがあるはずの弟子が、その王女を護るのですか。訳がわかりませんよ」
もうあの頃の先生の面影は全くなかった。
ナイトが今までの怨み節を語っている最中に、セレスティアがレルゲンの後ろで思念詠唱を完了する。
『レルゲン、いつでもいけます』
『わかった』
「隠蔽魔術ですか。下らない――ディスペル」
パリンという音と共に、魔術が強制的に剥がされ、隠蔽魔術がキャンセルされる。
「なっ……!?」
思わずセレスティアが驚きの声を上げると、ナイトがニヤっとした、気がした。
「いいですねぇ、その動揺。とても愉快ですよ第一王女。隠蔽魔術とはこうやるのです」
瞬間――ナイトの姿、魔力、気配や音に至るまで完全に消える。全方向に警戒範囲を広げるレルゲンだが、セレスティアは落ち着いていた。
「上位魔術、ウォーターシャーク・トルネイヴ」
何もない空間に上位魔法を繰り出す。渦巻き状に大量の水が出現し、渦巻きの中には巨大な水生生物の影のような物が、中の標的を噛みちぎらんとする。
「……!」
渦巻きの中には、姿から気配まで完璧に隠蔽していたはずのナイトがいた。
力づくで水の上位魔術の反対である火の上位魔術を無詠唱で発動し、魔術の渦から逃れた。
ようやくナイトの表情が見て取れるが、あの頃の優しい表情だった師の顔とは全く異なっているように見える。
「あの龍、余計な知恵を吹き込んでくれましたね。まあいいでしょう、既に仕込みは終了しています」
レルゲンが眉をひそめて問う。
「何のことだ?」
「わざわざあの龍に液体の魔石を流させた理由について考えたことがありますか?」
「疫病を流行らせ、魔物化の適合者を集めて実験するためだろ。そのくらい調べはついている」
ナイトがやれやれといった様子で、答えを語り始める。
「半分正解ですが、それでは落第ですね。どうせ後でわかる事ですし、教えてあげましょう。あなたが住んでいる王国は“真円に近い形状”をしていますね。その下には地下用水路が流れているのはご存知かと。特にそこの第一王女はよく知っているはずです。その地下用水路が王都中を流れているということは……? おやおや? 気づいてきましたかね?」
セレスティアが汗を額に滲ませて、「まさか……」と零す。
「ふふふ。いい表情ですね。最後まで教えてあげますよ。地下用水路に微量ながらも魔力が絶え間なく流れるという事は、何かと同じではありませんか? そう! 魔法陣!! 水路だけでなく、地上にも魔族が多く潜んでいますので、細かい文字の作成はお手のもの。あなた方が疫病の原因を調べる最中、街に人が少なくなりましたから簡単に進められました」
街に魔物が大量に放たれているというのか……とレルゲンは額に汗を滲ませたが、ナイトはそれを見透かしたように首を振って否定する。
「いいえ、違いますよ? シュット君は街に魔物が大量に発生しているとお考えでしょうが、残念……そんな優しいものではございません。仕掛けた魔法陣は、転移の魔法陣!! 王都ごと飛んで頂きましたから、今から戻っても何もないでしょう」
悪戯の成功した子供のような無邪気さを感じさせる口調で、ナイトが言葉を捲し立てる。
「なぜあなたたちに、わざわざこんな話をしているのか――私にあなたの、シュット君の成長を見せて頂きたいからです」
「俺の成長だと? 何を今更」
「いえいえ、今更なんてとんでもない。私はあなたの成長もずっと見守っていましたよ。修羅場は人を強くする。だからこうして何度もギリギリまで追い詰めた。アシュラ・ハガマの核撃を防いだ念動魔術は素晴らしい成果でした。元々は第三王女の抹殺のために送り込んだ魔物でしたが、あの頃のシュット君には丁度いい敵でしたね。特に念動魔術の成長速度は私の予想を遥かに上回っていますよ」
上機嫌にナイトがこれまでのレルゲンの成長を語り始める。へばりつくような期待は、まだ収まる様子がない。
「新しい武器を手に入れ続けるシュット君を、もっと私に見せて欲しい。もっとも、ここから無事に帰れるかどうかですがね」
指をパチンと鳴らすと、控えていた三体の魔物が動きを始める。
三体の魔物が、じわじわと同時に距離を詰めてくる。レルゲンとセレスティアは後退りして、なんとか間合いを保とうとする。
「逃げても構いませんが、それでは面白くありません」
音もなく持ち上げられた剣が、セレスティアの左肩を背後から貫き、そのまま途中で静止した。
「くぅ……!」
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