27話 緩み切った空気を待つ魔物たち
時は服屋へと戻り、今度はマリーの服選びをすることになった。
一着分はレルゲンが選べと無茶振りされたので考え込んでいると、店員さんがこっそりとマリーの好みを教えてくれる。
一通り選んで持っていくと、ちゃんと気に入ってくれたようで、レルゲンは胸を撫で下ろした。
「あら? あなた結構いい服選ぶじゃない。
店員さん、これもお願いできる?」
「かしこまりました」
一通り満足したのか、マリーが店員を手招きする。
「彼の服と一緒に、いつものところまで届けてもらっていい?」
「承知いたしました。いつもご贔屓のほど、ありがとうございます」
店員が深々と頭を下げる。
中央王国に帰ってきてからというもの、やっぱりマリーは王族なのだと実感する場面が増えた。昼下がり、レルゲンは最初に買った服を着て、マリーの隣を歩く。
腹が減ってきたが、マリーはどうだろうかと思いレルゲンが声をかける。
「マリー、腹は減ってないか?」
するとパァっとマリーの表情が明るくなる。
「空いたわ。どこかで軽く食べましょう。そうね、お勧めは……」
マリーが周りを見回しながら確認する。
白いワンピースが風に揺られて少し舞い上がり、レルゲンはまるで何かの物語の一ページを見ている気分になった。
「あそこにしましょう!」
マリーが指差した先には、馬車で移動が出来るようなタイプの移動式店舗のようだ。
付近には座席と机が何脚かあり、日焼け避けの傘もある。
椅子に座ると店員が歩み寄ってきて、売っている品の一覧が書かれている紙をくれた。
「何がいいかしら、結構食べる?」
「そうだな、そんなに沢山はって感じだけど、ある程度は食べたいかな」
「それなら、これにしたら? 私もこれ食べたいし」
頷き、店員を呼んで注文を済ませる。
待つこと少し、店員がトレイに注文した品を乗せてやってきた。
「お待たせいたしました。ごゆっくりどうぞ」
深めのコップに氷の粒が入り、紅茶をベースにした冷たい飲み物に、サンドイッチがバスケットに詰められて出された。
一口試しに飲んでみると、氷の冷たさが最初に飛び込んでくる。
そこから紅茶の香りが口いっぱいに広がり、
何とも言えない満たされた気分になった。
紅茶といえばミルクと砂糖だが、ここもバッチリ抑えていた。
ミルクのクリーミーさと、何やら砂糖のような甘い塊が中に入っている。
その塊は柔らかく、舌の上で少し転がしながら優しく噛むと、溶けるように噛み切る事ができた。
これは、うまいぞ! と思い、普段あまり感情が表に出ないレルゲンも口元が緩んだ。
思わずマリーを見るが、この美味しい飲み物に夢中になっている。恐らくマリーも初めて飲んだのだろう。
お次はサンドイッチだが、これもまた美味しかった。仄かに焼かれたパンに、新鮮な野菜とチーズが挟み込まれている。
他にも何種類か野菜が分けて挟まれており、最後まで飽きさせない味付けとなっていた。
二人とも満足した気持ちで店を出る。
お腹も満たされたところで、最初に待ち合わせた噴水前の椅子に腰掛ける。
しばらく穏やかな時間が流れていたが、マリーが空へと言葉を投げかけた。
「こんな気分で中央王国に帰ってくるなんて思わなかったわ」
言葉は返さずマリーを見る。
「昔は拘束されるのがとにかく嫌で、王族って色々とやる事が多いのはあなたもわかるでしょ? だから逃げ出したかったんだと思う。武勲を立てるなんて言ってはいたけどね」
レルゲンは言われたことをやるのが王族の勤めだと教えられて育ったために、疑問を持つことはなかったが、マリーのように反発する人もきっといる。
逆に何の疑問も持たない方が少ないのだろう。
風がマリーの髪の毛を優しく撫でる。
ここまで穏やかな気持ちになったのは、いつ以来だろうか。
マリーが立ち上がり、噴水前の石段に手をついてレルゲンを見る。
「だから、ありがとうレルゲン。私のことを助けてくれて」
「こちらこそ、君を護れる立場にしてくれて感謝しているよ」
「どうして?」
マリーが素朴な疑問を投げかける。
「俺は自分の素性をずっと隠してきた。これからもずっとそうして生きていくんだと思っていた。でも眩しい君が、また人と関われる機会をくれたんだ。だから、ありがとう」
「そう――これからもずっと私の騎士でいてくれる?」
「仰せのままに、姫様」
緩み切った空気になることを待っていたのだろう。草陰から音もなく暗器が投げ込まれ、レルゲンも一瞬だけ反応が遅れた。
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