28話 仇との遭遇
投擲物が来たとわかってから、レルゲンが自身とマリーに念動魔術をかける。
――矢避けの念動魔術。
自身に害があると認識した投擲物の軌道を、自動的に曲げる事ができる魔術。
レルゲンが旧王朝出身でありながら、今まで生きてこられたのは、この矢避けの念動魔術が支えていた。
マリーが持っている『連続剣の加護』も同様に、加護には弱点が存在する。連続剣の加護は自身の闘志が無くなると効果が消える。
『矢避けの加護』の弱点は攻撃されたと認識しなければ発動しない。
だが、矢避けの念動魔術は、発動させれば攻撃の方向がわからなくても攻撃を弾ける。
神からの恩恵として付与される加護の希少性では、矢避けの加護は下位に位置し、弱点もまた広く知られている。
つまり、レルゲンの緊張が緩み切った瞬間を狙い、矢避けの加護持ちを想定し、その弱点を突くつもりで奇襲をかけていたのだ。
矢避けの念動魔術によって暗器が逸れたと同時に集中を深くし、周囲の魔力反応を探る。
人型、強い魔力。人間とは魔力の流れと量が大きく異なっているものが複数。
――この感覚、忘れもしない。
王朝を襲い、家族を焼いて嬲り、そして崩壊にまで追い込んだ魔力と同じ。
「……ようやく、会えたな」
相手の正体は不明。だが、ここまで入念に準備して、かつマリーも帯剣していない状況。
今レルゲンが持っているのは、お守りで持ってきた鉄の剣と黒龍の剣。
黒龍の剣なら相手することはできるが、狙撃に近い遠方からの攻撃手段があるかもしれない。
ここまで後手に回ってしまうと、レルゲンでも分が悪い。瞬間的に戦うことを諦め、念動魔術で空を駆ける。
「逃げるぞマリー!」
「戦わないの……?」
「ドライドにもらった剣なら戦える! だが、いきなりの実戦でここまで周到に準備している相手だ。一度王宮に戻って体制を立て直す!」
全速力で王宮を目指す。
敵も翼を展開して追いかけて来ていたが、レルゲンの方が速かった。
すぐにでも復讐に身を任せたい気持ちを強靭な理性で抑え込み、レルゲンは強く唇を噛み締めながらマリーを連れて空を駆けた。
王宮まであと少しというところで、空中に待ち構える影が一つ。
レルゲンたちを迎え撃とうとしている。
レルゲンは即座に感じ取っていた。
こいつだけ他の敵よりも魔力が段違いだと。
魔力量だけ見れば、敵は五段階目のアシュラ・ハガマを超えている。
逃げられないなら、黒龍の剣で迎え撃つしかない……!
「マリー、一旦止まる。コイツは逃がしてくれなさそうだ」
「やっぱり……あの姿は、魔族!」
「あれが……」
黒い人型の姿をしているが、お伽話に出てくるような真っ黒で巨大な翼を持っている。
羽ばたくたびに魔力でできた黒い鱗粉が撒き散らされ、怪しく輝いている。
「えぇ、あなたも元王族なら聞いたことくらいはあるでしょう? 魔石が最初から体内にある、魔物とは全く別の種族」
「見たことがあるのか?」
「いいえ、ないわ。でも記録としては王立図書館の本に伝承として載ってるの」
レルゲンたちのやり取りをじっと観察するように眺めていた魔族の指揮官が、レルゲンに提案してくる。
「そこの女を置いていけば、お前の命は助けてやってもいいぞ」
「いいや。それはできない相談だ」
黒龍の剣を取り出し、魔力を込める。
紫色に変化した刀身は、いつでも遠距離からの攻撃が可能になった合図。距離は試し斬りしたときの倍以上はあるだろう。
だが、レルゲンにはどこか確信があった。
紫に発光している剣を上段に構え、振り下ろす。すると、魔族の指揮官が高笑いをしながらレルゲンを嘲笑する。
「急に素振りなんて始めて何がしたいんだお前は? 気でも狂ったか! レルゲン・シュトーゲン!」
俺の名前も知っている。つまり、俺を倒せると思ってここに来ているわけだ――と、すぐにレルゲンは察知する。
反論はしない。だが、レルゲンにとっては好都合だった。
――この一撃が入ったから。
黙ってレルゲンが魔族の左側を指差すと、敵が気づく。
――既に左腕が斬り飛ばされていることに。
「なっ……!?」
驚いてはいるが、思考の切り替えが早い。
すぐに意識を斬られた腕に集中し、再生する。
「腕が生えた!?」
マリーが驚きの声を上げる。
「腕を切ったくらいで様子を見ているようでは、
この俺には勝てんぞ! 小僧ぉ!」
再生するために一瞬視線を切った魔族の指揮官が、レルゲンを見失う。左右を見渡すが、そこにはいない。
「どうやら見捨てられたようだな! 女ぁ!」
「何言ってるの? そんなわけないじゃない」
「あ? 何言って……」
魔族の指揮官が言い切る前に、レルゲンが頭上から縦に両断した。切断面から魔石が見え、強引に魔石を引き剥がそうとする。
魔族の指揮官が苦しそうな声を上げるが、容赦なく黒龍の剣で核になっている魔石を切り刻み消滅させた。
全身が砂のように散っていき、やがて姿を消す。
追いかけて来た魔族達たちは、指揮官がやられたためか散り散りに逃げようとした。
その中の一人だけ、念動魔術をかけて動きを空中で固定させる。
他の魔族には逃げられたが、一人だけ拘束できれば、今はそれでいい。
拘束した魔族を地下牢に叩き込んでから、報告という名の事後処理が始まった。
「街の警備はどうなっている! なぜこんなにも簡単に強力な魔族が侵入できる!」
一人の男性貴族が声を荒げる。
落ち着くよう女王がたしなめ、レルゲンに説明を求める。
「恐らく魔族は、姿の擬態のみならず、魔力の隠匿ができると思われます」
「何だそれは! それはどういう原理だ!」
「こちらも憶測の域は出ませんが、攻撃をされてから私の魔力感知に反応が現れました。そして、魔族は魔石を体内に持っています。その魔石自体に何か魔術をかけて隠匿しているか、魔石の力を着脱していると考えられます」
「そんな……それでは警備の意味を成さないではないか!!」
ここでセレスティアが進言する。
「脱着については私にも分かりませんが、隠蔽魔術なら心得があります。上級影魔術のハイド・スペリア。上級魔術の中では詠唱時間も短く、効果対象の範囲や術式に充てる魔力量にもよりますが、魔石程度の大きさなら長い時間の隠蔽が可能でしょう」
有力な説がセレスティアから出てきたが、発動の阻害は難しいだろう。奴らは発動してから乗り込んでくる。
「では一体どうすれば……」
レルゲンが騎士礼を取り、発言の許可を求め、女王が許可する。
「騎士レルゲン。発言を許可します」
「恐れながら、仮に上級魔術を発動してから乗り込んでいると考えると、既に王国内部に侵入している個体が他にもいると考えた方がよろしいかと」
「そんなことはわかっている」
「はい。ですので、マリー殿下には強くなってもらわなくてはなりません。そこに控えておりますベンジー騎士団長よりも」
謁見の間での一件が済み、マリーがレルゲンに顔を近づけて詰め寄った。
「あんなこと言って、本当にベンジー騎士団長より強くなれると思っているの?」
「ああ、間違いなく君にはその素質がある。それも短期間で」
「……信じられないわ」
「すぐにわかるさ」
「……」
マリーの表情からは、自信のなさがありありと伝わってくる。
「マリーには俺が知っている魔術の考え方を叩き込む。幸い根底にある戦い方は俺とマリーは似ているしな。高位魔術はセレス様が先生になってくれるように頼んでみるよ」
「それはいいけど、私がセレス姉様に魔術を教わっている時にあなたはどうするのよ」
「捕らえた魔族に話を聞いたり、カノン王女に研究資料を見せてもらったりしようと思う」
「カノンとも仲がよろしいようで何よりだわ」
「仲が良いわけではないさ。それにしても、言い方になんか棘がないか?」
「別にないわよ」
これ以上追求しても仕方ない。
せっかくの外出を台無しにしたまま終わらせるのは我慢ならない。マリーに改めてお礼を言う。
「マリー」
「なによ」
「今日はありがとう」
「はぁ……また明日から忙しくなるけど、時間が出来たら遊びに行きましょう」
日を改め、マリーの訓練が始まろうとしていた。王国の宝剣の一つである魔剣を芝に置き、前に見た白い訓練服に身を包んだマリーが柔軟体操をしている。
「マリーは『連続剣の加護』を持っているよな」
「えぇ。この剣にも速度上昇と魔力量増加の効果があるわ」
「本当にマリー専用の魔剣だな。だが、その加護は俺と戦ったときに途中で効果が切れた。なぜだと思う?」
「それは……」
言葉に詰まりながらも、マリーは正直に話し始めた。
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