22話 毒殺の行方
皿の上に現れた毒を見て、魔力が大きく揺らいだ人物が一人。
足早に立ち去ろうとするメイドの一人を念動魔術で拘束する。
間に合ってよかったと安堵すると同時に、泣きながら許しを請う女に聞く。
「さて、事情があるなら話を聞こう」
「……私はフィット様に命じられてこの料理を運んできただけなのです! どうか……どうか信じてください……」
魔力糸をマリーに繋げ、糸電話の要領で思念を飛ばす。
『この子の言っていることは本当なの?』
『わからないが、魔力の揺らぎから嘘はついていないと思う。セレス様みたいに魔術の達人でもないだろうし』
『そう、ならいいわ。それよりも、セレス様ってどういうことよ。あなたたち、いつの間にそんな仲良くなったわけ?』
ここでレルゲンが魔力糸をマリーから離し、会話を切り上げる。
これ以上はマリーの機嫌を損ねるだけだ。
不機嫌そうにマリーが釘を刺す。
「後でしっかり説明してもらうから」
「御意に。そういえば、毒が入ってた料理は下げるよな。すまないが新しいものを頼みたい」
「いいえ、そのまま食べるわ」
「は? いやいや……これ、本当に毒だぞ。どんな毒かはわからないが」
「あら? 私の騎士様は自信がないの?」
さきほどの仕返しと言わんばかりの口調で、自分の命を盾にしてくる。
よほど頭にきていたのだろう。
だが、レルゲンはそれを良しとしなかった。
「自信はある。だが、これは俺が食べる」
「あっ! ちょっと!!」
魚を焼いた切り身を念動魔術で宙に浮かせ、口の中に飛び込ませる。
口の中に広がる脂は甘く、鼻先にいい香りが抜けていった。
王族の料理はこんなに美味いのか……と一瞬レルゲンは固まったが、すぐに飲み込む。
その様子をマリーが心配そうに覗き込んだ。
「大丈夫なの?」
「ああ、問題ない。この魚はしっかり毒抜きされている」
そんなに心配するなら食べるなんて言うなとレルゲンは思ったが、口にするとまた怒らせてしまうだろう。
「影部隊、今いるか?」
「はい、こちらに」
カーテンの影から音もなく、一人の人物が現れ、歩いて近づいてくる。
もしもの事態を想定して、あらかじめ女王からマリーの身辺警護について情報を開示してもらっていたのだ。
「まずは女王に報告を。それが済んだらこの毒を薬学研究所に持って行き、鑑定依頼を頼んできてほしい」
「かしこまりました」
再び闇に溶けるように消えたのを見てから、レルゲンが小さく息を吐き出した。
ここからは時間との勝負だ。
「マリー、フィットに話を聞く必要がある。奴の居場所はわかるか?」
「王宮の近くに屋敷があるけど、今どこにいるかまではわからないわ」
すぐに朝食を準備したメイドの方へ振り返り、同じ質問を投げかける。
「ご案内いたします。どうぞこちらへ」
「それだと遅い。情報がフィットに渡ると厄介だ。ちょっと失礼」
「えっ? ……きゃああああ!!!」
メイドの身体にも念動魔術をかけ、窓ガラスの外へ。
空中から探索すれば、最速でフィットの屋敷まで到着できる。
「急に空へ放り出されるのは怖いわよね」
と、マリーは苦笑する。空へ飛び出した二人は、すでに遥か彼方だった。
王国上空。
レルゲンとメイドの女は空を飛んでいた。
「どの方角だ?」
メイドが震えながらも辺りを見回し、現在の位置を把握する。しばらく下を見つめていると「あっ」と気づいたように声を漏らした。
「あの辺りか?」
「はい、方角的にはあちらになります」
「少し急ぐ。舌を噛まないように口を閉じてくれ」
「承知しました」
言葉にならない絶叫が、王国の朝にこだました。さらに速度を上げると、王宮ほどではないが大きな宮殿が見えてきた。
「あれか?」
「はい。あちらが、フィット様のお住まいになります」
「わかった、道案内ご苦労様。危険だから一度君を降ろす。位置が分かるように魔力糸を一本つけるが、構わないな?」
「はい。私がやったことを考えれば当然でございます」
レルゲンがメイドを地上に降ろし、魔力糸をつける。意図的に切られなければ、どこまでも伸び続け、追跡も容易だ。
「見つからないように隠れていてくれ。すぐに戻る」
フィットが住んでいる宮殿は思っていたより広い。これほどまでの広さは、魔力感知だけでは情報が足りない。
すぐに魔力感知を諦め、宮殿全体へ魔力糸を張り巡らせる。
魔力糸には実体がない。
やったことはない。だが、物体を透過することもまたできるはずだ。
無意識にメイドに魔力糸をつけて追跡できると思い込んでからは、この発想にも自然と辿り着く。
宮殿の入り口に立ち、魔力糸を蜘蛛の巣状に展開させ、外壁やガラスを透過していく。
先ほどの念話と同じように魔力と音を感知すると、一斉に声が聞こえて激しい痛みに襲われた。
レルゲンが顔をしかめながらも、探知に集中すると、集まっている場所だけに意識を向ける。
宮殿の内部では、やはり焦った声色で報告を待っている人物がいた。
「一体何をしている! 報告はまだか!」
「……申し訳ございません」
その他のメイドもいたが、間違いなくこの声がフィットだろう。
レルゲンが一息吐き、会った瞬間に斬りかからないよう、一度思考を落ち着ける。
突入しようとしたが、興味深い話をフィットが漏らしていた。
「これだけ失敗しているのだ! 今度また失敗したら“あのお方”からどんな制裁を課されるのか!
お前ら! 想像したことがあるか!?」
使用人が黙ってフィットの叱責を受ける。
ここでレルゲンが高速で移動し、宮殿の内部に侵入した。
フィットのいる部屋まで最短で向かい、扉をノックする。
待ちわびたように、明るいフィットの声が返ってきた。
「やったのか!」
「あぁ、やったよ――お前が手配した料理の毒抜きをな」
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