21話 念動魔術の真髄
ここで念動魔術を教えてくれたナイト先生の言葉を思い出す。
念動魔術とは魔力で糸を作らず、ただ自分の意思のみでありとあらゆる“事象の上書き”ができる魔術なのです。
「答えは“ここ”か」
胸に手を添えて、懐かしむように遠くを見つめる。
ナイト先生の言っていたこと、そしてあのとき掴んだ念動魔術の核心。
――やってみるか。
念動魔術で自身を空中へ浮かび上がらせ、花が生い茂る中庭へと降り立つ。
降りる前に持参した水に、花壇から土をすくいグラスの中へ入れる。
細かい土の粒子が水の中へ溶け、茶色く濁る。
意識をグラスの中の水へ集中させ、綺麗になった水を想像する。
念動魔術を発動し、土と水の分離を行う。
水面が波立ち徐々に土が取り除かれ、水の濁りが薄くなる。
――ここからだ。
さらに深く集中するために、目を閉じる。
もうグラスを見る必要はない。
次に目を開けるときは完全に分離を成功させた後。
水が渦を巻き、渦の中心へ目に見えない細かい砂が集まっていく。
水面が静かに落ち着いていき、土の粒子がゆっくりと持ち上がり花壇へと戻っていく。
出した命令は、水と"不純物"と仮定した物質群の完全分離。
レルゲンが目を開ける。
見た限りでは真水へと戻っているように見えるが、実際にはどうだろうか。
意を決して水を口に含み、砂の感覚がないか確認する。
――よし、成功だ。
ゴクンと水を飲み込み、少し待つ。
仮に砂は分離できても、毒物が入っている時に分離できているか確認する。
自らを実験台にして待ったが、身体に変化はない。
こっちも大丈夫そうだな、と一つの確信を得る。
この時の成功体験が、後のレルゲンの成長速度を加速させるきっかけとなる。
その様子をじっと見ていた、月の光に照らされて上品に反射する青い髪の女性が一人。
レルゲンに声をかけた。
「素晴らしい技術です。これが魔術の真髄。そう思える光景でした」
「あなたは……いえ、あなた様は」
「おや、覚えていて下さいましたか。私はセレスティア。中央王族機構、第一王女。王位継承権一位、セレスティア・ウノリティア。どうかセレスとお呼び下さい」
「では、セレスティア様と。なぜ会場ではなくこちらへ?」
「つれませんね。精錬された魔術の気配を感じましたので、つい気になって来ただけですよ」
レルゲンは深く集中していたため気づかなかったと最初思ったが、すぐに間違いだと認識を改める。
この第一王女。
――間違いなく高位の魔術師だ。
体外へ漏れ出る魔力が、恐ろしいほど滑らかだった。
それなのに感じる魔力量は一般人の平均とほぼ同じ。
レルゲンも隠匿は得意な方だが、ここまで無害な一般人を装うと逆に怪しい。
「そうですか。しかし、セレスティア様にはまだまだ及びませんよ。一度魔術の手解きをお願いしたいくらいです」
「なぜ私が魔術師で、レルゲン様よりも魔術に長けているとお思いで?」
セレスティアは平静を保っているが、言葉に疑念が含まれていたことを魔術ではなく態度で判断する。
「それは簡単な問いです。今のやり取りで、あなたは二つのことを私に教えて下さいました。一つ目は、水の中に入っている砂を取り出したくらいで、それを『精錬された魔術』と仰ったことです。二つ目はもっと簡単です。セレスティア様から流れる魔力は綺麗過ぎます。流れる魔力は少しも揺らがず、普通の一般人と変わらない魔力量を演出なされている」
セレスティアは目を見開いて一度驚いたが、すぐに優しく微笑んだ。
「なるほど、レルゲン様は私に魔術の手解きをお願いしましたが、それは必要ないと思われます。魔力については指摘されると思いましたが、まさか最初の一言目で気づかれてしまうとは。口は災いの元ですね」
「ええ。私も集中していましたので、セレスティア様に気づくのが遅れました。申し訳ございません」
「……気にしないで下さい」
少しの沈黙。
再びセレスティアが、覚悟を問うように尋ねた。
「レルゲン様は、なぜマリーの専属騎士になろうと思われたのですか?」
「今更ですが、私のことはレルゲンと呼び捨てになさってください」
間をおいて、空に輝く星を見つめながらレルゲンが語り出す。
「最初は成り行きでした。どこか危なっかしくて、でも芯のある性格で――簡単に言えばほっとけないんです。彼女を、マリーを護るのは俺じゃなくてもいい。でもそれがマリーを護らない理由にはならないんです」
ふふふと笑うセレスティア。
その表情はどこか幸せそうに見えた。
「そうですか。マリーは幸せ者ですね。ところで、私の事はセレスと呼んで下さらないのに、私にはレルゲン様を様抜きで呼べと仰るのですか?それは少し不公平だと思います」
「分かりましたよ、セレス様」
お互いに少し笑うが、セレスティアが小さい声で言う。
「様も要りませんのに」
と言っていたことは、レルゲンは聞こえないフリをして流す。
「マリーの小さい頃の話を、聞きたくはありませんか?」
「ぜひ」
宴用に軽装だったセレスティアに、自分が着ていた服を羽織るよう勧める。
レルゲンは断られると思ったが、意外にもあっさり袖を通した。
思い切りの良さは、姉妹としてどこか似ている。
夜が更けていく。
お互いが知っているマリーを語り合う。
笑い、考えながらも策を話し合い、気がついた時には夜が明けようとしていた。
夜明けから少しして、朝食がマリーの部屋に運ばれてくるとき、レルゲンがバルコニー側の窓ガラスを叩いた。
「レルゲンだ。マリー、入ってもいいか?」
「こんな朝早くから何? どうぞ、入って」
昨日セレスティアと話し合ったことを説明する。
「それで……これから毎食、私の料理をあなたが先に毒味するって?」
「そうだ」
「あのねぇ、もしものことがあったらどうするのよ」
「それは大丈夫だ。出される料理全てに『毒分離』の念動魔術をかける」
「念動魔術ってそんなこともできるの?」
「できるようになった――が正しいけど、信じられないか?」
「あら、私に嘘ついているの?」
「まさか」
「そう、ならいいのよ。
その毒分離の念動魔術――やってちょうだい」
「わかった」
意識を集中し、昨晩の砂を分離した感覚を呼び起こす。
レルゲンがイメージしたのはマリーに害のある物の分離。
空いている皿を予め用意し、分離できてしまったときのために保存できるよう準備したが、果たしてどうだろうか。
すると、やはりというべきか――
空いていた皿に『白い粒』が少量とはいえ集められていた。
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