199話 噛み合わない会話
「私だって手のかかる上司に振り回されているんですから、死ぬのなら勝手に死んで下さい」
魔王からの命令で、スティルのお目付け役として仕えているハーディは、勇者一行が向かってくるのを歓迎していなかった。
できることなら、この頭のネジが数本飛んでいる研究者を置いてどこか安全な場所へ――もとい魔王の近くで心を落ち着けたいと考えていたが、その魔王からの命令とあれば従うしかない。
「いつもの五割増しで辛辣だね? まぁいいさ、君は魔王様の下へ行きたいようだが、これから起こることを考えれば、君は魔王様よりここにいた方が安全だと思うよ」
「どういう意味ですか?」
「見ていれば分かる。君は勇者がここに来るまでの間に紅茶でも入れてきてくれないか? こっちまで緊張が移ってきそうだよ」
「そのまま帰って来ないかもしれませんよ」
「いいや? 君はまたここに戻ってくる。そうしなければ、後々どうなるかわからない君じゃないだろう?」
「……嫌な人」
「はっはっは、僕は君のような悪魔らしくない――むしろ人間臭い、臆病な所は美徳だと思っているよ。さぁ、そろそろ勇者……いや騎士君がやってくる。ここまで修羅場を何度も潜ってきた彼らは強敵だろう。だけど、僕らはここで余裕の笑みを浮かべながら待っていようじゃないか」
それ以上の口答えはせず、ハーディは言われた通り紅茶を入れにその場を離れ、楽しそうに椅子に座りながらゆらゆらとリズムを刻んでいる研究者から離れた。
「ご苦労様。やっぱり君は優秀だね」
「紅茶を淹れるだけで部下を優秀と褒めるのは、むしろ馬鹿にされているようで不愉快です」
「いやぁすまない。これは命令に忠実な君を思ってのことなんだ。どこぞのお馬鹿さんが独断で先行してクラリス様に粛清されたのとは正反対だからね」
「あの狂犬と比べられても困ります」
「それもそうだ、すまない」
全く感情の乗せられていない謝罪を返すと、また面倒な問答に付き合わなければならなくなるのは必然。ハーディは黙って階段から響いてくる足音に意識を向けた。
レルゲンたちがスティルの待つ階へたどり着くと、椅子と長机が用意され、優雅に紅茶を嗜んでいる悪魔を視界に捉える。
すぐさま戦闘体勢に入るレルゲンたちを見て、スティルは慌てて両手を上げ、戦闘の意思はないことを示した。
横で見ていたハーディは両手を上げるスティルを見て、何やら微妙な表情をしていたが、それを掻き消すようにスティルがレルゲンに椅子に掛けるように促した。
「どういうつもりだ? ここまで昇って来た侵入者とお前は茶でも啜る気か?」
「そうだとも! 僕の騎士君――僕は君にずっと会いたかったんだ。"僕自身に戦闘の気は一切ない"んだ。信用出来なければ呪いの契約を君と結んでもいい」
「ふざけるのも大概にしろよ。俺たちは魔王を討ちに来たんだ。ここで呑気に時間を潰している暇は無い。それに、最初から俺達を狙っている狙撃手が攻撃してくるとも限らないしな。お前に戦闘の意思が無くても、横槍はどうにもできないはずだ」
「いいね、君は頭がいい。だからこそ、ここでまずは話し合いをする必要があると僕は思う。そもそも君達は何故ここまで辿り着くまで頑張れているんだい? 家族? 友人? それとももっとスケールの大きい国の話かな?」
くどい話を聞くだけでは我慢できなかったマリーが、レルゲンを制してスティルに向けて釘を刺す。
「それはあなたたちが一番良くわかっているはずよ。秘密裏にヨルダルクを操ってとんでもない殺戮兵器を作って、それから色々な国に向けて先兵を派遣した。私たちはこれ以上被害を出さないために、あなたたちを止めに来たんだから!」
「使命感だけでここまで来れるとはまた素晴らしい意思力だ。その意思力の高さゆえに、ここまで誰も欠けずに来られたとも言える」
「違うわ。私は、私たちはただ皆を護りたいからここまで来た。そんな簡単に片付けられると思わないで欲しいわね」
「僕はただ君達の旅路を称賛しているだけさ。ハーディ。僕はまた何か、変なことを言っているのだろうか?」
急に話を振るな、とハーディはスティルを睨み、諭すように答えた。
「それがわからないから、周りからいつも煙たがられているのですよ」
「それは心外だな? で、いつになったら君たちは席に着いてくれるんだい? 折角ハーディが入れてくれた紅茶が冷めてしまうよ。それはハーディに対して失礼だとは思わないのかい?」
話が通じるのかそうでないのか――戦闘の意思がないというのは、今の言動からも真実らしい。
ディシアがレルゲンに短く耳打ちをして、情報を引き出せるかもしれない旨を伝え、渋々椅子に腰掛ける。
「少しでも害意のある仕草を見た瞬間に、後ろにある剣でお前たちの首を刎ねる。それでもいいなら話し合いとやらに応じよう」
レルゲンがスティルとの対話を承諾すると、頭のネジが何本か飛んでいる研究者は表情がたちまち明るくなり、全員分の椅子を自ら引いて丁寧に座らせた。
「さて、本題に入るとしよう」
椅子に座り直した研究者は、満面の笑みを浮かべて語り始めた。
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スピンオフ短編もあります!
「悲恋の掌握者、ディシアは自分の足で歩いていく」




