196話 ミミクリー・プレッション
ヴァネッサの痺れが取れるまで、もう猶予はない――だが、この隙を活かさない手はない。
周辺にまだまだ満ち満ちている魔力を少しずつ、しかし着実に黒龍の剣に込めていく。
刀身の色が赤から青へグラデーションを描くように変化し、光も加速度的に伸びていく。
完全に青色になった段階でレルゲンがウルカを短く呼び、第二段階の全魔力解放の魔力を黒龍の剣へ込める。
全ての魔力を剣に込めると、悲鳴を上げるように甲高い音が鳴り始め、刀身が青から純粋な白に近い色へと変化した。
準備は整った。ヴァネッサは麻痺状態から脱出しようと身体を捻るように動かし、必死にレルゲンの放とうとしている光線攻撃から逃れようとする。
「もう遅い――存分に味わえ」
言葉と同時に純粋な光が激しく輝き始め、ゆらゆらと刀身の周りを静かに揺らめいた。
レルゲンが一度に放てる最大の一撃が解放された。大気を――そして床などの室内装飾を焦がしながら大出力の光線がヴァネッサを呑み込んだ。
光線は収まることなく魔王城の壁面を貫き、白い光が遥か彼方の水平線まで突き進んでいった。ようやく光が収まった黒龍の剣は、魔力を臨界点まで込めたことによる疲労は一切なく、寧ろその逆――黒龍の剣には魔力を自らの糧に変え、半永久的に新品同様の切れ味を維持する力が備わっていた。
だが、違和感は何度かあった。レルゲンは今回も刃こぼれが一切ない刀身へ一瞬だけ視線を落としたが、戦闘中にする思考ではないとヴァネッサに意識を戻す。
縦に振り下ろされた一撃をまともに受けたヴァネッサは、身体が真っ二つに切断されても残った喉と口で器用に声を上げた。
「よくも……やってくれたわね――本当に」
消滅させられた部分がボコボコと沸き立ち始め、徐々に体積を増やしていく。
「今のが全力ね? だけど、私を殺すまでいかない。残念だけど、何度やっても無駄よ」
「――本当にそうか?」
腹にまだ大きな風穴が空いていると指差すと、ヴァネッサはすぐに修復を追加で済ませて涼しい表情を作り、頬を伝う汗を静かに拭った。
「いいえ、効かないわ」
「そうか――それだけわかれば十分だ」
ヴァネッサは一度両手剣を構えたが、再び脱力状態に戻り、魔力のみが収束していく。
「セレス、奴は何かする気だ」
レルゲンがセレスの前に立ち、ヴァネッサを見つめる。グネグネと蠢きながら成長を始め、ヴァネッサは落ち着いた口調で宣言する。
「これから見せるのは私が持っている奥の手――あなたがどうにかできるレベルじゃないわよ」
大きくなった身体は圧縮され、ヴァネッサだった時よりも少女のような見た目へと変化を終えた。
「これが私の奥の手――ミミクリー・プレッション」
「ただ小さくなっただけ、じゃあなさそうだな」
「レルゲン、注意して下さい。さっきよりも 急激に増大していますが、それよりも力自体を押し潰すように圧縮しているような、そんな感覚です」
少女の姿になったヴァネッサが、ニヤッと笑いながらセレスティアを見つめる。
「そっちの青髪の娘。いい線いってるわ? 私は普段から体内に溜め込んでいる魔力を解放して、それを更に圧縮して密度を上げてるの。だから今の私は鉄よりも硬い身体になっているのよ!」
「物理攻撃には強いというわけか。厄介だな」
「さぁ、第二ラウンドを始めましょうか。すぐに終わらせて上げるわ」
「それは願ったりだ」
レルゲンが動き、ヴァネッサに迫る。
ヴァネッサは自らの身体からスライムの剣を出さず、迎え入れるように両手を広げる。
――鉄よりも硬いなら……!
レルゲンが黒龍の剣に魔力を通すと光線攻撃前の状態になり、放つタイミングを今か今かと待ち構えていた。
刀身を念動魔術で圧縮し、身体を圧縮したヴァネッサの硬さと、黒龍の剣を持つレルゲンとの圧縮された力同士が激突する。
「オォォオオオ!!!」
両手を広げるヴァネッサの身体を、一撃一撃に覚悟を乗せて斬り込んでいく。
初撃から剣と剣が衝突したような音が鳴り響くが、ヴァネッサの身体はそこから攻撃が当たった瞬間――皮膚部分が衝撃を吸収するように沈み込んでいき、物を斬る感覚とは大きくズレが生じる。
気色の悪い感覚がレルゲンの剣から腕に伝わるが、それでも連続で繰り出して攻撃の糸口を探る。
――硬いのか柔らかいのか掴みどころのない奴だ。
「そろそろ無駄って理解したかしら?」
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スピンオフ短編もあります!
「悲恋の掌握者、ディシアは自分の足で歩いていく」
第二部から登場するディシア・オルテンシアの幼少期のお話になります。




