191話 感覚を狂わせる魔術
「欲を言えばジャックさんを倒したって噂になっている奴と戦いたかったが、まずは君たちから倒してやろう!!」
「そのジャックを倒したのは、後ろで待ってる旦那じゃないわよ?」
「ははは、じゃあ誰が? まさかお嬢さんがなんて冗談は言わないよな?」
返事はせず、マリーの口角だけ上がるのを見て、フィルネルは額に汗をかいた。
「おいおい……! まじかよ? なんて、なんて俺はついているんだ! 今ここでお嬢さんを倒せば俺はやっと幹部の座につけるって訳だ! ハハハハハ!! 俄然やる気出てきたぜ!」
フィルネルに魔力が収束していき、マリーに狙いを絞るべく意識を集中していく。
しかし、この集中状態を阻害したのは召子とフェンだった。
左右から回り込むように、召子は聖剣を振り下ろし、フェンは自慢の前足の爪を立てて切り裂こうとする。
「……おっと!」
挟み撃ちを後ろに跳んで躱し、召子の初撃は防がれるが、アビィがマルチ・フロストジャベリンをフィルネルの回避先を先読みして放つ。
しかし、氷の上位魔術は魔力を集中した手刀で容易くバラバラにされてしまう。
「そんなもんかよ? 今世の勇者様の力ってのは」
「戦闘中にお喋りなんて随分と余裕じゃない……!」
マリーはアビィの魔術の背後に隠れるように距離を詰め、フィルネルが粉砕した瞬間に背後に回り、神剣で背中を捉える。深く入ったはずの一撃は切先が薄く背中を裂いたのみで致命傷には至らなかった。
予想していた手応えがなくバランスを崩しかけたが、自慢の膂力でなんとか踏ん張る。
「いってぇ……!」
フィルネルが斬られた背中をさすりながら手を当てると、何事もなかったかのように傷がなくなる。
「なんてな!」
軽薄な態度から推測が難しいが、やはり幹部候補だけあって魔力量も回復までの速度も他の悪魔たちとはレベルが違う。
「さてと、今度はこっちから行こうか――覚悟はいいか?」
フィルネルの目つきが一瞬で引き締まったのを感じ取り、二人の表情に緊張が走る。
「良い目だ――ジャックさんを負かしただけのことはある」
短刀よりは長く、片手直剣よりは短いショートソードをフィルネルは懐から取り出し、片手でどちらに狙いを定めるか切先をコロコロと変える。
フィルネルの攻撃を正直に待つ必要はない。
二人がもう一度攻撃を仕掛けようとした時、それよりも早く敵が動く。
ショートソードを斜めに構えて、一気にマリーへ距離を詰める。連続で繰り出された攻撃は、まるで木の枝でも振っているのか錯覚しそうなくらいに一撃が速い。
辛うじて目で追えるレベルの速さの連撃を、マリーは神剣に魔力を流して力負けしないように受ける。しかし、完璧に受けきっているはずの攻撃はマリーの皮膚を薄く切っていく。
小さな血飛沫が上がるのを見た召子は真っ先にアビィにリジェネライト・ヒールの指示を出して、マリーの傷を塞いだ。
「助かるわ!!」
短くお礼を返しながら、なぜ完璧に受けたはずの攻撃が若干ではあるが有効になっているのか考える。
――彼の攻撃にはしっかりついていけている。なのにどうして何度も掠り傷とはいえ斬られているの? いいえ、そもそも最初の一撃があまり通らなかったこと自体も……一体どのタイミングで感覚がずらされていたのか見当もつかない。感覚を誤認させる魔術をかけられているなら、後ろで見ているレルゲンやセレス姉様から声をかけられているはず。
魔術をかけられているのではなく、フィルネル自身が魔術を発動している可能性を考える。
「幻惑魔術ね?」
「おっ、気づくのが早いな。正確には少し違うが、概ね合ってるぜ」
「あら、随分と素直じゃない」
「バラしたところでどうにもならないしな。試しにディスペルでもやってみたらどうだい? 使えるかはわからないがな」
レルゲンがセレスティアに無言で目配せしたが、首を横に振って意味がないことを知らせていた。
「となると無属性魔術で幻惑魔術に似た魔術を再現しているのか、複合魔術でディスペルを防止しているかの二択ね。どうすることもできないけど」
「喋りすぎた」とでも言いたげに頭へ手をやるフィルネルだが、その表情はどこか演技くさい。
「お嬢さん。随分と魔術に詳しいんだな? 人間ってのは魔術に関しては遅れている印象だったが、そうでもないと認識を改めようか!」
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スピンオフ短編もあります!
「悲恋の掌握者、ディシアは自分の足で歩いていく」
第二部から登場するディシア・オルテンシアの幼少期のお話になります。




