188話 狙撃手
ジャックを退けてから、白いモヤを目指して進むと、異様な緊張感に包まれながら平坦な道を抜ける。
すると、眼前には大理石のように白く切り出された階段が天高くそびえていた。
「登って来いってことか」
しかし、一段ごとの大きさが異様に高い。
まるでこの階段すら登って来れない軟弱者は、魔王軍には不要とでも言うかのような雰囲気を醸し出している。
間違いなく杖をついているディシアはレルゲンが念動魔術によって運んでいくしかない。
「――行こう」
ふわっと浮いてから階段の上を飛んでいく。
雲を突き抜けてからも伸びていく階段は、上方に控えている色の黒い雲をも突き抜けていく。
雨こそ降っていないながらも、雷鳴が轟き始め、空中で一度止まる。
「このまま登れば雷の中へ突っ込むな」
「以前レルゲンが神託の占星術をする前にやっていた、空割りの一撃では晴らせませんかね?」
ディシアの提案に頷いて、大気の濃密な魔力を黒龍の剣に込める。
刀身の色が少しずつ変わり、明るい青色になった所で少しの気合を乗せて一撃を放つ。
黒い雲に向かって一直線に放たれた青い光線は、吸い込まれるように真っ二つに割っていく。しかし、人間界で空を裂いた時とは感触が大きく異なっていた。
修復するように黒い雲が再び一つの塊を形成し、やがて元の姿へ戻る。
再び雷鳴が轟き始め、レルゲンたちの行く手を阻まんとするが、この先に進むためにはこの雷雲をどうにかしなければならない。
大気の魔力をかき集め、もう一度同じ一撃を放とうとすると、マリーが疑問をぶつけてくる。
「どうやって突破するつもりなの?」
「雲が戻るまでは多少の時間がある。全力に近い速さで一撃についていけば、そのまま通れるはずだ」
「ここを用意した悪魔に少し同情するわ。こんなゴリ押しみたいなやり方で突破できないように再設計するべきね」
「俺たちが魔王を倒した後はここも無くなりそうだけどな」
それもそうかと気にするのを止め、レルゲンが超速度で飛び始める。放たれた光線は勢いが収まることなく天を衝かんと伸び続ける。
狙い通り光線のピタリ後ろをついて飛ぶが、それでも雷雲は執拗にゴロゴロと音を鳴らし、閃光と共に音が下から迫って来る。
「レルゲン!」
セレスティアが下から迫ってくる雷を見ながら名を呼ぶ。
「大丈夫だ。このまま突っ込む!」
その時、レルゲンは確かに見た。
凍刃龍よりも、朱雀よりも大きな何か。
雲の切れ目から羽ばたき、雷を大量に纏った巨大な影を――
その影は声一つ上げない。
ただ存在するだけで、天を揺るがすような圧倒的なプレッシャーを放っていた。
その影の背後には羽ばたいたことにより竜巻が何個も発生し、雲の影を見間違えたという甘い考えを打ち砕いた。
一瞬しかその影を見ることはなかったが、レルゲンは青い光線によってできた一本の道が閉じ切る前に、再加速して黒い雲を抜けることに成功する。
雲海の上には魔界で見慣れた赤紫の空が広がっており、唯一違う点は雲より高い位置にそびえ立つ魔王城に相応しいと言える、巨大な建造物が建っているということ。
白いモヤのような魔力の発生源は間違いなくこの建物から出ていた。
これほどまでに大きな城だというのに、地上から姿が全く見えないのは、空中都市メテオラのように空に浮かんでいるからに違いない。
地上から見えていたあのモヤは、空から零れ落ちた魔力の残滓だったのだ。
「これが、魔王城……」
召子が想像していた物語によく出てくるような魔王城とは根底から違ったようで、空中に、ましてや雲の上にこれだけ巨大な建物が浮いている。
メテオラとは規模が違いすぎるがゆえに、召子は未だに信じられないようで脂汗が滲み出ていた。
魔王城までは一本の橋が架かっており、この橋もまた浮遊魔石ではない未知の手段で浮いているようだ。
「まるで本当にクラリスが言っていたように、招かれているようだな」
「そのまま本陣に真正面から向かうのですか?」
「ああ――ジャックのような奴も中にはいるだろうが、恐らくクラリスの言葉は嘘偽りのない真実だと俺は思う。むしろ、ここから隠蔽魔術を使って魔王城へ近付けばどうなるか考えれば、おのずと答えは出てくる。これから死地に向かうようなものだしな。何か思うところがあれば今のうちに解消しておこう」
しかし、他の誰もレルゲンに対して策を提案するのではなく、これから戦いに赴くべく準備運動を軽く始めていた。
このプレッシャーの中で頼もしさすら感じる仲間を見て、レルゲンも一度深呼吸をしてから魔王城を見つめる。
全員が魔王城へ向きを変えた瞬間、魔王城のある地点から赤い光のような閃光が短く一瞬だけ明滅した。超速度で飛来してくる何かがセレスティアの魔力感知に引っかかる。
素早くレルゲンに伝えようと口を開いたが、声が出るよりも早くそれは到達した。
正確に狙われた一撃はレルゲンではなく召子に絞られており、完全に召子を捉えた軌道で着弾まであとコンマ一秒。その狙撃手は口角を上げた。
だが、この魔王城が目に入った瞬間から、レルゲンは全員に矢避けの念動魔術を遠隔で常に発動していた。
飛来した小さな針のような物は、軌道を変更して明後日の方向に飛んでいく。
「敵からの攻撃だ! ただ立っていると危険すぎる!! すぐに城に向かおう……!」
全員が城に向かって駆け出す。
きっと召子やフェン、マリーなら飛んで逃げることも可能だろう。
しかし真っ直ぐに、ただレルゲンの魔術を信じて前に進んでいた。
圧倒的アドバンテージを持っていた一人の狙撃手は、城の一角から初撃を完璧に防いだレルゲンたちを見て、驚きと喜びに打ち震えていた。
「今のを防ぐか……やるね……!」
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