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亡国の天才魔術師レルゲンの成り上がり~孤独だった俺を救ったのは、命がけで護った敵国の王女でした~【19万pv作リライト版】  作者: 雪白ましろ
第三部 魔界突入編

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187話 クラリス・クラノイド

 神剣に絶対切断の加護を加えた一撃が、鋼鉄よりも硬い筋肉で覆われたジャックの身体を、横一線に斬り裂いた。


 マリーの剣をまともに受けたジャックからは鮮血が飛び散り、口からも血が地面にポタポタと垂れている。

 しかし、この千載一遇の好機をしくじったと口元をキツく噛んだ。

 完全に真っ二つにする踏み込みだったというのに、刃が入る瞬間に空中を蹴って致命傷を避けられたのだ。


 もうジャックはプライドを取る戦いはしてこない。目にはまだ、殺意の塊に満ちている。

 それでも、周囲に放っている圧が大きく減っていた。


「――勝負あったわね、ジャック」


「ふざけるな……! 俺はまだ生きているぞ」


「いいえ、もう終わりよ。あなたはもう私には勝てない。それにあそこの旦那だってもう傷が治る。複数人であなたと戦いでもしたら、それこそ弱い者虐めになるもの」


「誰が……誰に向かって……! 俺が、この俺が弱いだと……? ふざけるな……ふざけるな……! ふざけるなぁァアアアアアアア!!!!!」


 完全に理性を失い、獣の咆哮を上げて全身から魔力が噴き上がる。


「アアアァァァアアア!!!!」


「待って下さい! まだ治療は!」


 まだ回復が八割にも満たないレルゲンが、セレスティアの静止を振り切ってマリーの隣に立つ。


「もう平気なの?」


「大丈夫だ。これくらいなら戦える」


「……そう、なら信じる」


 マリーもまた、レルゲンが戦える状態ではないことに気づいている。しかし、隣に立ってくれるだけで勇気が湧いてくる。


 ――私が、私が彼を、みんなを護ってみせる。


 マリーの全身から白い魔力がゆらゆらと陽炎のように立ち昇る。

 魔力の絶対量が人よりも少なかった頃が懐かしいとレルゲンは思いながらも、黒龍の剣に魔力を込めるためにウルカのサポートを貰いながら全魔力を解放した。


 それでも刀身は青くならず、赤いままの魔力放出がレルゲンの身体を包み、二人はお互いに薄く笑う。


 ジャックは口元に魔力を集中して、核撃を遥かに凌ぐ魔力圧の発射まであと数秒――互いの魔力がぶつかり合う。


「行くわよ、レルゲン!」


「いつでもいける!」


 二人と狼の王がぶつかり合う――ことはなかった。


 音もなく現れた、メイド服を纏う銀髪の女性。

 暴力とは無縁そうな出立ちをしたその女性は、ゆっくりと歩くように近づいてきた。

 長い髪をなびかせながら、ジャックの首元に優しく手刀を入れる。


 触れるようにジャックへ入れられた一撃とは言えないほどの手刀は、一瞬でジャックの意識を刈り取った。


 その場に力無く倒れ込むジャックを見て、先ほどまでの穏やかな表情とは違い、眉間には薄く皺が寄っている。

 青色の瞳には侮蔑の感情が宿っていた。


「ここまでやられるとは無様ですね。魔王軍幹部、戦力筆頭の名が泣きますよ。ジャック・ボロス」


 脅威が去ったと思いきや、また新たな魔王軍関係者と思われる人物が立ちはだかる。

 あの状態のジャックの意識を容易に刈り取ったのだ。間違いなく相当な実力者。


 しかし、突き刺すような殺意がジャックから溢れ出ていたのに対し、このメイドからは殺意はおろか、気配すら読み取れない。


 レルゲンとマリーは即座に魔力解放を止めると、メイドはレルゲンたちを見て優しく微笑み、深々と頭を下げた。


「申し訳ありませんでした。ここであなた方と『戦う予定』は全くなかったのですが、この犬が先走ってしまい大きな損害を与えてしまいました。お詫びにこちらをお飲み下さい。毒は入っておりませんのでご安心を」


 手からは人数分の赤いポーションが渡され、以前カイニルにもらった体力と魔力がフルに回復するフルポーションだと直感的に理解した。


「ありがたく頂くが、あなたは何者なんだ?」


 メイドはふふっと笑い、短いスカートの丈を摘んで再度頭を下げる。


「ご挨拶が遅れました。私はクラリス。クラリス・クラノイドと申します。そちらのフルポーションは私たち魔王軍からのお詫びと思って受け取って下さい」


「そうか、だが毒分離の魔術はかけさせてもらう。これはあなたを侮辱するつもりはないのでご容赦頂きたい」


「ご自由に」


 毒の反応はない。嘘偽りの感情が込められていないことは今の短いやり取りでわかってはいたはずだが、やはりどこか掴みどころがない。

 レルゲンたちがフルポーションを飲み終えたのを確認してから、クラリスはジャックを担いでその場を後にする。


「それでは皆様、私はこれにて失礼致します。

 魔王城でお会いしましょう。生きてお会いできるといいですね」


 去ろうとするクラリスをレルゲンが呼び止める。


「待ってくれ――クラリスさん」


「何か?」


「そいつを、ジャックを連れ帰ってどうするんだ?」


 疑問の表情を浮かべながらも、クラリスは言葉を返した。


「魔王様から直々に処断をして頂きます。皆様にはもうお会いすることはないでしょう」


「――そうか」


 再度軽く頭を下げ、クラリスは森の中へ溶けるように消えていった。

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