179話 アッシュとの約束
レルゲンたちは、魔王城を目指して奴隷市が開催されていた街を出て南下していた。
「次の街を見かけたらまた寄るの?」
レルゲンは首を軽く振って否定する。
「魔王軍の幹部が出てきたってことは、魔王城へ近づいている証拠だろう。物資も調達できたことだし、できれば悪魔が多く集まる街は避けて進みたい」
街から十分な距離を取り、念動魔術で飛び上がってから一気に距離を稼いでいく。
上空を飛ぶと、進行方向の遥か遠い地平線から染み出るように白いモヤが一面に漂っていた。
「なんだ……あれは?」
レルゲンが空の異変を目にし、急制動をかけると、セレスティアも眉をひそめた。
「霧のようにも見えますが、何でしょうか?」
他の仲間にも同様に白いモヤが地平線の先に見えているため、幻覚とはまた違った何かなのかは確かだ。
しかし召子は違った景色が見えているようで、目を細めて遠くを見つめていた。
「白いモヤってどれのことですか?」
「見えないか? ここから真っ直ぐ空を見れば、一面覆うように見えていると思うが」
「うーん……? あ! 〈魔力眼〉で見てみたら確かに白いモヤが見えました」
瞬間――召子以外の全員の表情に緊張が走る。
生まれた時から魔力にずっと触れてきたレルゲンたちは、自然と視覚と魔力からなる情報を同時に見ている。
つまり、魔力を全く持たない召子が〈魔力眼〉を使わなければ見えないもの。それは即ち――
「あの白いモヤは魔力が視覚化したものか……!」
レルゲンはすぐに高度を下げ、地面に降り立つと同時に周辺に異常がないか見回して確認する。脅威がないと判断してから全員に魔力糸を接続し、思念で話しかける。
『これは予想だが、あの白いモヤは言わば強い魔力が集まってできた魔力溜まりみたいなものだと思う……』
『あの白いモヤを目指せば、魔王城が見えて来るの……?』
『恐らく……としか言えないが、これだけは言える――魔力が視覚化できる密度の魔力が集まっていて、それが俺たちの認識を狂わせている』
技術担当のディシアも目に魔力を集中させると、白いモヤが微かに下から上空へと伸びているのを視認していた。
『白く見えるほど濃密な魔力ということは、やはり魔王城が近くなっていると考えます』
頷き返し、徒歩での静かな移動に制限される中、レルゲンたちは赤い大地を進んでいく。
すると、岩石地帯が続いていく中で岩をくり抜いたような、人工物と言えるだけの加工が施されている入口が現れる。
「ここに来て人工的に用意された入口か……」
「入るの?」
マリーが警戒しながらも入口を見つめるが、レルゲンも消極的だった。
「いや、これは明らかに魔王軍が用意したものだろう。ヴァネッサを退けた時から、向こうに俺たちの存在は知られているはずだ。ここは入らずにそのまま進みたいな」
しかし、ここでセレスティアが待ったをかける。
「あの……レルゲン。私の魔力感知に知っている魔力反応があります」
「セレス、その魔力の主って……」
「はい。アッシュだと思われます。居場所はこの入口の奥です」
レルゲンは召子の顔を見て、あえて覚悟を確かめる。
「召子――アッシュと戦うかどうかは君が決めるんだ。言ってしまえばただの口約束だ。アッシュとの約束を真面目に守る必要はないと俺は思うけど、どうしたい?」
だが、考えることもなく、すぐに召子はレルゲンの顔を真っ直ぐに見つめて宣言する。
「私は……アッシュと戦いたいです。クロノを私が倒した時から――いいえ、初めて彼と戦った時から決まっていた気がするんです」
レルゲンは少し表情が柔らかくなり、召子を快く送り出すことに決める。
「わかった――危なくなったら助けるつもりで俺たちも見守っている。思いっきり全力を出してきてくれ」
「はい! 悔いのないように戦ってきます!」
岩石をくり抜いたような入口から下る階段を進んでいくと、見慣れた青い魔法陣の前に、目を閉じていた一人の悪魔がゆっくりと瞼を開けた。
「――ようやく来たか」
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