172話 ヴァネッサ
「ありがとう。約束以上のものを作ってくれて感謝する」
「良いってことよ。それに俺の目に狂いはなかった。兄ちゃんはやっぱり良い筋してたぜ」
レルゲンは笑ってゴルガに別れを告げ、凍刃龍の棲家だった洞窟を抜けて南方へと歩みを進める。
これでレルゲンが所持している魔剣は四本になった。中でも氷華は他の魔剣よりも大きく、荷物の一番上に乗せて運んでいく。
「こうして見るとレルゲンさんって常に念動魔術を発動し続けてるから、身体への負担が大きそうですよね。剣も一本増えましたし」
そんなに念動魔術を連続発動させて大丈夫なのかと召子が疑問に思う。だが、消費魔力という点で言えば、魔界に漂う魔力が絶えず体内へ吸収されていくため、ほぼ無限に発動できるとレルゲンは返す。
「魔力的には問題ないな。ただ、寝ている間も魔力糸で網を張っているから、神経的には少し消耗してきていると思う。けど、これもじきに慣れるだろうから心配はいらない」
「そうなんですね……私は魔術に関してはさっぱりなので分からないことが多いですけど、長時間何かをし続けるってやっぱり大変だと思って」
「気遣ってくれてありがとう。イメージとしてはそうだな。頭の片隅で考え事をしている時があるだろ? それが今は念動魔術に割かれているって感じだな」
「うーん、やっぱり大変そうです……休憩したい時はいつでも言ってくださいね! 私もこの環境にはかなり慣れましたから」
レルゲンが頷くと、召子はようやく納得したのか引き下がる。
始めは自分が介抱される側だったというのに、今では人の心配ができるほど余裕が出てきていた。環境に適応したのは言動から察するに間違いないだろう。
洞窟を抜けてしばらく歩いていくと、小降りだった雪も止み、短い草木が生えている芝に近い道へ出た。
行商人と思われる荷馬車が通っている轍の上を歩いていく。
まるでここだけ人間界に戻ってきたと感じるような見慣れた光景だった。
ただ一つ違うのは空の色だった。
岩場地帯で見かけた岩石のような、赤紫色のような空が地平線まで広がる。
唯一の違和感は、ここは安全なところでは無いと警告されているようだった。
すると、やはり大きめの街があるのかセレスティアが大量の魔力を感知する。
「皆さん、そろそろ街が見えてきます」
セレスティアが擬態と隠蔽の複合魔術をかけ直し、全員がエルフの見た目へと変化する。前方から大きな檻のような物を運んでいる荷馬車とすれ違った。
レルゲンたちは中に何が入っているのかと歩きながら視線を送ったが、どうやら空の檻を走らせているだけ。
そのまま何度か同じような荷馬車とすれ違ったが、檻は全て空。
不審に思いつつも街へ入ると、富裕層のスラム街との境界線が割とはっきりしていることが特徴的な、嫌な活気に溢れる街が広がっていた。
イビル・ラプトルの討伐時にもらった魔界で使える通貨を確認するが、売られている品物の値札はかなり高く設定されているようにも感じられた。
ここで買い物をする他ないのが歯痒いところだが、魔界に来てから数日が経過し、ここらで物資を補充する必要がある。
手頃な店がないか辺りを見回しながら進んでいくと、この街に慣れていない者だと分かると、周囲の悪魔たちは白い目を向け、薄ら笑いを浮かべている。悪魔たちは金品をじゃらじゃらと品なく身につけていた。
すると背後から声をかける悪魔が現れた。
「お嬢さんたち綺麗だね! ねぇ、これからこっちで儲けられる話があるんだけど、一つ聞いていかないか?」
「いえ、先を急いでいますので」
「まぁまぁ、話だけでも聞いていっておくれよぉ??」
セレスティアにターゲットに絞った悪魔は、断られても引き下がらずに、終いには強引に連れて行こうと腕を掴んだ。
セレスティアの純粋な力は並の人と変わらない。悪魔からすれば攫うなど簡単な程に、純粋な力の差がある。
身体がよろけかけた瞬間、レルゲンが連れ去ろうとする悪魔の腕を掴んで待ったをかける。
「――何か用か?」
「……!!」
念動魔術と魔力によって強化された腕力は悪魔の腕を握り潰す寸前まで締め上げられた。
エルフと侮って力で無理矢理に連れて行こうとした悪魔は、すぐにセレスティアから腕を離してレルゲンに掴まれた腕をさすりながら逃げるように後にする。
「……助かりました」
「無事で良かった。しかし、こんな道のど真ん中で人攫いができるほどこの街の治安は悪いのか。買い物は早めに済ませてここを発とう」
すぐに買い物を済ませて街を出ようとした時、強大な魔力を垂れ流しながらこの街に侵入してくる悪魔が大きな声を張り上げながら進んでくる。
「どうだい? この街は繁盛しているかい?」
一斉にスラムの悪魔たちが背筋を伸ばして、その場で深々と頭を垂れた。
「へい! ヴァネッサ様のお力添えでどんどんと発展しております!」
「そうかいそうかい。それで? 例の選別は済んでいるのかい?」
「抜かりなく進んでおります。ヴァネッサ様の、魔王様のお眼鏡に適う奴がきっとおりますぜ!」
「期待させてもらうわ」
妖艶な声で配下の悪魔に確認するこの声の主は、上機嫌でスラム街を我が物顔で進んでいた。
レルゲンたちは冷や汗をかきながらも、その声の主とすれ違う。
「あらぁ? 随分と珍しい者がいるわね?」
ヴァネッサと呼ばれた悪魔は、エルフの姿のレルゲンを見て声を上げた。
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