163話 データに執着する者
レルゲンは一旦距離を取るため、ディシアにも念動魔術をかけてマリーの後ろに下がる。
マリーとの位置変えを完了してから、レルゲンはディシアを戦闘の範囲外まで連れていき、再び間合いに戻る。
「レルゲン、どうかご無事で」
マリーが単独でイビル・ラプトルの突進を受け止め、勢いが止まった後も神剣ごと噛みついて捕食しようとする。だが、神剣の切れ味に口元が耐えきれないのか、噛みつく度に無数の切り傷が刻まれ、赤黒い血液が滴り落ちた。
しかし、イビル・ラプトルはそれでも止まることなく、噛みつき攻撃をやめない。
何かがおかしいと感じたマリーは眉をひそめて一旦距離を取る。
すると周囲の濃密な魔力を吸収していき、神剣によって傷ついた部位が修復された。
抜け落ちたところから、更に強靭な牙が生えてきている。
「レルゲン――この魔物、周囲の魔力を自分の力に変えてるわ。下手な攻撃すると余計厄介なことになりそう」
「わかった。やるなら一度に全員でやったほうが良さそうだ。俺が奴の隙を作る。その後に皆で全力の一撃を叩き込んでくれ」
全員が頷いてレルゲンとイビル・ラプトルが向かい合う。
――奴は魔力に引き寄せられる性質を持つ。これを利用しない手はないな。
「ウルカ、小さいままでいい。大きく上に飛んで奴の射程から外れたら、俺には渡さずに魔力の解放だけしてくれ」
「私を囮にしようってわけね! 精霊使いが荒いご主人様だこと!!」
ウルカが上空に飛んでいき、イビル・ラプトルの射程から完全に離れた位置で魔力を解放すると、頭を上げて遠吠えを上げ、届かない魔力源を求めて未発達の前肢を動かす。
それは、地上のレルゲンにとっては隙だらけだった。
黒龍の剣に魔力を集中させて遠距離から一撃を放つと、首筋に深い傷が刻まれて血が大きく噴き上げる。
傷をすぐに魔力を取り込むことで回復するが、間違いなく回復に専念するために無防備な時間ができていた。
「行くぞ、みんな!」
マリーと召子が各々の剣で回復中のイビル・ラプトルを斬りつけ、フェンは自慢の前足の鉤爪で目元を引っ掻く。
片目を潰されたイビル・ラプトルは大きく怯んで数歩後ずさる。
後衛のアビィとセレスティアが大量のマルチ・フロストジャベリンを射出して追撃を入れ、回復を許さなかった。
セレスティアの放つ氷の槍は、風のような空気を纏っている。
水の性質変化と風の魔術による殺傷力を上げた複合魔術となり、アビィのものより更に奥深くまで氷の槍がイビル・ラプトルの横腹に突き刺さった。
突き刺さった氷の槍はそのまま腹に残り、イビル・ラプトルの回復を阻害する。
この時、レルゲンの思考が走った。
「お前、面白いことをやっていたな? 周囲の魔力を利用して自分の武器にする、実にいいヒントを貰ったことに感謝して、この一撃を贈る――覚悟はいいか」
レルゲンは黒龍の光線攻撃を放つ時は、ありったけの魔力を剣へ込める。
だが今回は、自分の魔力ではなく、周囲に溢れる魔力を念動魔術で黒龍の剣へと集めていくと、刀身が赤く変わったかと思えば徐々に青色へと変化し、魔力密度が上昇していく。
第二段階の全魔力解放に匹敵する碧い光線攻撃がイビル・ラプトルを飲み込んだ。
後方の建物を巻き込まないように、光線を上空に念動魔術で逃すことで街を保護しながらの一撃を放った。
打ち上げられた光線は遥か上空まで伸びていったが次第に消えてゆき、完全に消滅する。
レルゲンの攻撃を受けたイビル・ラプトルは唸り声を上げながらまた突進しようと重心を低くしたが、低くしたまま向かって来る事はなく、力なく地面に倒れ込んで魔石へと還る。
ベヒモス討伐時よりも巨大な魔石は、間違いなく捕食した悪魔の影響があったためだろう。
――周囲の魔力を自身の攻撃へ変換する全力の一撃は時間はかかるが、牽制技としてならもう自分の魔力を使わなくてもよくなったな。魔界の環境依存の技になるが、隙ができれば今の一撃に自分の魔力を更に上乗せした攻撃もできるようになるはず……
レルゲンが冷静に分析をしていると、遠くで見ていたディシアと老悪魔がこちらに向かってやって来て、老悪魔がレルゲンたちにお礼の言葉をかけた。
「この街をお護り下さりありがとうございます」
「いや、これ以上被害が大きくなると俺たちが困るから手を貸しただけだ。気にしないでくれ」
「ご謙遜を。その魔石もそうですが、僅かばかりとはなりますが今後の旅に役立つ金銭をお渡ししたい」
「いや、お礼はこの魔石だけで十分だ」
「いえいえ、私の今持っている物だけでもお持ち下さい」
「本当に礼は……」
本当に断ろうとした時に、セレスティアとディシアが勝手に金銭を受け取ってしまう。
マリーがレルゲンの側に寄ってきて肩を小突く。
「まぁいいじゃない。私たちはまだ一文無しなのよ? 貰えるものは貰っておいたほうが今後の動きやすさに変わってくるわ」
「それはそうだが……」
「お金のことはあの二人に任せておきましょ。
私たちはその大きい魔石で何ができるか考えるほうが、よっぽど現実的よ」
レルゲンは大きく息を吐き出して
「……それもそうか」
と半ば強引に押し切られる。
街の平和を、そして騒ぎを最小限に抑えたと思われたが、レルゲンの最後の一撃を計測していた機関があった。
「なんて純度の高い魔力攻撃なんだ。今までの計測データをどれも大幅に更新している! これは素晴らしい被験体を発見したぞ!」
コップに飲み物を注ぎにやって来た助手の悪魔が、計測データを確認して興奮気味の悪魔に向けて声をかける。
「勇者が来たのではないですか?」
「可能性はある。だけど、我々が持っている伝承にはあんな攻撃方法を聖剣は持っていない。未知の悪魔か、はたまた可能性は低いが人間によるものだと思われる」
むしろ人間であってくれたほうが面白い! と言わんばかりに稀有な計測結果を前に昂る相手に若干助手は引きながらも、ようやく目覚めた魔王に報告に行こうときびすを返す。
しかし、興奮が急に冷めた悪魔が引き止めた。
「どこへ行くつもりだ?」
「え? 魔王様にご報告ですが」
「それは許可できない。やっと僕を楽しませてくれそうな被験体が見つかったんだ。勝手なことはよしてくれないか」
「興奮しているようですので忠告しますが、敵対勢力なら間違いなく我々にとって脅威になりかねないデータです。魔王様にお伝えするのは至極当然だと思いますが」
「二度、同じことを言わせるなよ」
研究者の悪魔から笑みが消える。
研究者の悪魔の感情に引きづられるように魔力が高まってゆき、魔力計器が悲鳴を上げるように上昇していく。
これには助手も引き下がらざるを得なくなり、脂汗をかきながら言葉を返した。
「わかりました。もう少しだけ報告は後にします。殺されたくはありませんからね」
諦めた言葉を聞いて気分を良くしたのか、一瞬の内に魔力が拡散されて計器も下降していく。
「わかってくれたか! 僕はいい助手を持ったなぁ!」
レルゲンが放った攻撃の計測データが記された紙を抱きしめながら
「君は誰にも渡さないぞ……」
悪魔の研究者は、執着するような邪悪な笑みを浮かべていた。
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