16話 レルゲンの過去
王朝がまだ栄えていた頃。
革命により没落する前。
レルゲンは庭で遊び、学んで、少し昼寝をして、また学んでの繰り返し。
そんな平和と呼べる日常を過ごしていた。
二年の月日が流れた頃、ある魔術師が小綺麗な鞄を片手にやって来る。
「皆さん、本日はお招き頂き感謝申し上げます。私はナイト。ナイト・ブルームスタットと申します」
「ようこそナイト殿、我が王宮へ。さぁ、長旅でお疲れでしょう。どうぞお寛ぎを」
レルゲンの父が挨拶を返す。
いつもはここの主人だと言わんばかりの態度で、王宮に踏ん反り返っていた。
だが、その父が畏まった態度に出るほどの高貴な人物だと、その時のレルゲンは子供ながらに理解していた。
それは青年になった今でも鮮明に覚えていた。
「おや? そちらがお話にあった?」
「ええ。レルゲンになります」
初めは父の後ろに隠れたが、勇気を振り絞ってナイトに挨拶を返す。
「レルゲン・シュトーゲンです。初めまして」
「とっても礼儀正しい子ですね。初めましてレルゲン君。今日からあなたの魔術の先生になりました。これからよろしくお願いしますね」
ナイト先生の授業はとても難しく、魔術理論に関してはさっぱり理解できなかった。
それでも、何日か一度ある課外訓練は楽しかった。
「ねぇナイト先生、今日は何を教えてくれるの?」
「そうですねぇ、シュット君は座学がまだまだですが、実技が素晴らしいですからね。今日は念動魔術について教えようと思います」
「それ知っているよ! お屋敷の人がよく使っている! 魔力の糸を使うんでしょ?」
「そうです。でもこの魔術は、お屋敷で使える人はいないと思いますよ」
「そうなの? どうして?」
「魔力で糸を作らず、ただ自分の意思のみで有りとあらゆる“事象の上書き”ができる魔術です」
「じしょうのうわがき?」
ナイト先生が優しく微笑む。
「例えばそうですね。シュット君、今欲しい物はありますか?」
「うーん……新しい剣が欲しい!」
「ふむ、それはなぜでしょうか?」
「お父さんが言っていたの。真の戦士は剣と魔術、どっちも一流? なんだって!」
「それは素晴らしい考えですね。私は魔術以外がまったく覚えがないので、もしできるようになったら、シュット君は私以上になれますよ」
「ホント!?」
「えぇ、本当です。話が少し逸れましたが、剣が欲しいと言っていましたね。あちらを見てください」
指差された方向にある河原を見る。
するとそこには不恰好ながらも、剣と呼べる代物があった。
「剣だ! でも元々あそこに用意していたんじゃないの?」
「おや、疑っている様子。ではお見せしましょう。――真の念動魔術を」
手はかざさず、身体に力も入れない。
入れたのは魔力のみ。
目に集中された魔力が、ナイトの眼光を煌びやかに写した。
川から黒い砂のような物が浮上し、棒状に整列させられた後に、ギュッと固められる。
すると、その砂のような塊が赤く、そして白く光り出したかと思えば、川に浸けられる。
水蒸気が激しく立ち昇る。
引き上げられた物は、剣と呼ばれる形をしていた。
「今は丁寧に見せたので川に浸けましたが、慣れればこの工程を省くこともできるようになりますよ」
「どうして?」
「それは“ここ”に答えがあります」
トンっと握った拳で胸を優しく叩く。
「良いですかシュット君。魔術の元、つまり発動させるためのきっかけは、いつだって胸の中にあるのです。私が今言ったことを理解できるようになれば、レルゲン君――君は立派な魔術師になっていることでしょう」
それが、ナイト先生との間に交わされた最後の会話となった。
ほどなく、現王国の開祖であるダクストベリク王によって革命がもたらされた。
シュトーゲン家の長男だったレルゲンは、当然その身を追われることになる。
だが、ナイトによって後の中央王国である街の路地へと、転移魔術によって飛ばされた。
最初はどこかわからない場所に戸惑ったが、誰も助けてくれる人はいない。
まだ五歳の温室育ちの子供が、己の身一つで生きなければならない。
レルゲンがここまで生き残ったのは奇跡と言って良いだろう。
「俺が覚えているのはここまでだ。それからは最後に教えられた魔術で、必死に日銭を稼いで生活していた」
「なんであなたこそ、こんな遠い街まで来たの?」
「それは……」
返答に迷う。
このまま正直に話してしまえば、きっと楽になれる。しかし、レルゲンはもう中央王国が王朝を滅ぼしたとは考えていなかった。
できあがりつつあった信頼関係を失うのを、レルゲンは恐れていると自覚した。
レルゲンは取り繕うように言葉を探した。
「人が多いところは落ち着かなかったんだろうな。自然が豊かな場所を転々としながら暮らして、日銭が必要になったら今回みたいに適当な大会に出て稼いでいた。身分がバレないように隠れるのは苦労したよ」
「……なんだかあなたの話を聞けてよかった。話してくれてありがとう。でもどうしてハクロウには始めからあの魔術を使っていたのよ?」
「あぁ……俺がもう一体のユニコーンを倒した時に見ていたんだよ。ほら、あの後別れる時に口を動かして煽っていただろ?」
「あの時ね。……って待って、二体目のユニコーンがいたの!?」
「魔法陣のところにね。誰にも見つからずに倒したはずが、気配の消し方が甘かったらしい。……ほら」
二階からユニコーンの角を二本、念動魔術で持ってくる。
並べられた二本の角は、マリーの手の上にそっと乗せられる。
「本当だ。でもこの角、見比べてみると色が少し違くない?」
「ん? あぁ、確かに言われてみれば違うな」
「違うな……じゃないわよ! このオレンジの方! 本で見たことあるけど、五段階目の亜種じゃない!」
「そうなのか? 遠目から不意打ちした方だと思うが、五段階目だったとは…」
「これはまだまだ話しがいがありそうね」
「勘弁してくれ」
マリーとの語らいは、静かな夜の、深い夜まで続いた。
次の日、ローラが飲むタイプの回復薬を取りに行っている間、レルゲンとマリー、フランと三人で店番をしていた。
「……どうして俺まで」
「あなたのために店主さんが取りに行ってくれているんだから、文句言わない! はいこれ、三番卓ね!」
「はいはい」
念動魔術で三番卓に料理とお水を配膳する。
「ここの店は、料理が飛んでくるのか! すげー!」
冒険者たちが興奮した様子で眺めている。
机の横に置かれている武器を見ると、何となくの力量が見て取れた。
俺も市販品じゃなく、オーダーメイドの剣が欲しくなってきたな――と、レルゲンは思った。
料理をフランと作っているマリーに声をかける。
「なぁ、マリー」
顔は向けず、視線は料理に向いているが、返事だけが返ってくる。
「なあに?」
「中央王国で有名な鍛冶師っているか?」
「それって……」
思わずマリーの持っていた包丁が足元に落下する。フランが思わず叫ぶ。
「お姉さん危ない!!」
落下した包丁はマリーの腰の辺りまで加速したが、空中で緩やかに止まる。
思わずこちらに駆け寄ってくる。
マリーが両手を少し広げたところで止まり、恥ずかしそうにさっと下ろす。
「本当に? 来てくれるの?」
「お邪魔でなければ」
「やった! 鍛冶師でもおいしいお店でもなんでも紹介するわ! 任せてちょうだい!」
小さくガッツポーズをするマリー。
よほど嬉しかったのだろう。
この笑顔を見ていると、なんだか昨日の思いつめたマリーの顔が嘘のようだ。
別れの日、当日。
「今までお世話になりました」
「回復薬ありがとう。――また来るよ」
「いいんだよ、水臭い。あんたたちが店番してくれた時は久しぶりの繁盛だったんだ。礼を言いたいのはこっちの方さ」
「レルゲンさん、マリーお姉ちゃん……本当に! 本当にまた来てね!」
「ああ、約束だ」
「そうね、また彼と一緒にここに来るわ。約束!」
街の入り口で渋めの着物を羽織った剣豪が、二人を待っていた。
「別れは済ませたかい? お二人さん」
「ええ……ねっ?」
マリーがレルゲンを見る。
「――ああ」
「そうかい」
レルゲンにとっても、マリーにとっても二度目となる中央への道。
この街では珍しい、穏やかで温かな風が、二人の新たな門出を優しく送り出しているようだった。
あとがき
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