154話 人間界からの旅立ち
悪魔が用意した召喚魔法陣に向けてレルゲンたちが飛んで向かうと、大きな魔力反応が一つ。ただじっと何かを待つように動かずにいた。
「来たか――勇者」
降りてくる一行を静かに眺めてアッシュが何も無い平原を選んで待っている。
「一人でくるとは随分と余裕じゃないか」
レルゲンが挑発するようにアッシュの狙いを探る。
「私、いや我は……ちっ、もう面倒くせぇ……おい、そこの勇者」
「何ですか?」
召子が一歩前に出てアッシュの問いかけに答える。
「俺の弟子を討ち取ったのはお前か?」
「そうです。クロノを倒したのは私です」
「そうか、あいつは最後に何か言っていたか?」
「いいえ、戦っている最中にそんな余裕はお互いにありませんでしたから」
アッシュが少しの間静かになる。
しかし徐々に感情の昂ぶりと共に、魔力が呼応するように高まってゆく。
「アイツは俺の、俺が可愛がっていた一番の弟子だった。お前はそれを知っていたか?」
「はい。クロノは戦う前にあなたの弟子だと名乗っていましたから」
「そうか、なら俺はお前を殺さなきゃならない。
だが、お目覚めになられた魔王様は短期間のうちに成長していくお前を見てお喜びだ。こうしてお前と話す許しは頂いたが、戦うことはお認めにならなかった。この意味が分かるか?」
召子は答えず、ただアッシュを見つめ返した。
「お前は魔王様に生かされているのだ。勇者よ、すぐにでもお前を殺してやりたいところだが、勝負は魔界へお前たちが足を運んだ時まで取っておいてやる。この転移魔法陣も好きに使え、転移してすぐに罠に嵌めるような情けないことはしないと約束しよう」
「あなたのその言葉が仮に真実だとしても、私たちが信じると思いますか?」
「信じないなら好きにするがいい。どうやって魔界まで足を運ぶのかは知らんがな――だが一つだけ約束しろ。必ず俺の前に再び現れると」
「約束します。必ず討ちに行くと」
アッシュは不敵な笑みを浮かべ、レルゲンたちに背を向けて転移魔法陣がある方向へ帰っていく。マリーが一瞬神剣に手を伸ばそうとしたが、レルゲンが手で制して止めた。
アッシュには聞こえないようにマリーに魔力糸を接続して、弟子を殺されてなお冷静でいる敵に、レルゲンは気味の悪さを感じていた。
『召子はともかく、俺たちだってアッシュを倒す時が来るかもしれない。今の奴に斬りかかれば、何をするかわからない。今は堪えてくれ』
『……そうね』
マリーが再び神剣から手を離すと、アッシュは一度だけ視線を寄越し、もう振り返ることはなかった。一触即発の緊張状態から解放されると召子は大きく息を吐き、いつの間にか構えていた聖剣をしまう。
「レルゲンさん、一つお話があります」
「どうした?」
「あの悪魔――アッシュは私が一人で相手をしたいです。もちろんフェン君とアビィちゃんとは一緒に戦いますけど、それでも自力で戦いたい。彼の弟子であるクロノを討ち取った時から、きっと決まっていたことだと思うんです」
レルゲンは力強く頷く。
「今の召子なら奴にも引けを取らないさ。全力でぶつかって、それで危なくなったらフォローするよ」
「はい、それでいいです。ありがとうございます。フェン君、アビィちゃん。頑張ろうね!」
一匹一羽が鳴き声で応え、気合を漲らせた。それからというもの、気合いの入った召子は一人で深域の修行に向かい、時間の空いたレルゲンは単身で朱雀がいる深域ダンジョンに再度潜り、朱雀と一対一の修行を行っていた。
アッシュの言葉を信じたわけではないが、宣言だけして帰った悪魔は、人間界にはもう侵攻してこないだろうという結論になり、騎士団のみの監視体制となった。
その結果、レルゲンたちも修行に専念できるようになり、マリーとセレスティアは毎日のように二人で深域に潜り、技を磨く。
充実した日々を送るうちに、あっという間に十五日が経過して、いざ魔界への出発の時がやってくる。
女王が出発前のレルゲンたちを見送りに、完成した転移魔法陣の前に立つ。
「これより、魔界へ魔王討伐の遠征を敢行致します。メンバーのまとめ役として副団長レルゲン。セレスティア、マリー、召子様、そして技術支援としてディシア様。以上の少数精鋭で魔王討伐を命じます」
女王は少し笑い、皆が緊張により顔が強張っているのを解そうとする。
「全員を救ってきてくださいとは申しません。せめてあなた方の手の届く範囲で、助けを求める人々を救って下さい。結果として魔王を打ち倒し、そして全員が再びここへ帰ってくることを祈ります」
「「はい!」」
マリーとセレスティアは女王と抱き合い、騎士団長のハクロウもまたレルゲンにふざけて抱きつこうとしたが、念動魔術で動きを止めて抵抗する。
「では女王陛下、行って参ります。ハクロウ、ここにいる皆を頼んだ」
「任せとけ」
カノンとディシアが作成した転移魔法陣にレルゲンが魔力を通すと、陣が起動し青く光り始める。全員が陣の上に乗ると一瞬にして青い光と共に消えた。
魔界への遠征がどれほど危険か理解しているからこそ、カノンは女王の肩を軽く叩いた。
そして、二人は抱き合いながら一筋の涙を流した。
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