155話 魔界へ
マリーが眼前に広がる景色を見て疑問を零す。
「ここが、魔界……?」
転移が成功して周囲を皆が見回すが、どこか頭で思い描いていた風景と違う。
周囲には魔力が満ちており、木々が無数に生えている。
これは間違いなく中央に植えられていた木々と同じ種類だが、幹は中央のものと比べて段違いに太い。数人が両手で手を繋いで輪を作ってようやく一周できる太さを誇っていた。
これだけでも周囲の魔力濃度の高さを窺うことができたが、レルゲンたちが知っている魔石とはまた違った種類の魔力の結晶体が、そこら中に自然に精製されている。
中央王国の市場で出回ったら、間違いなく超貴重な代物として扱われるだろう。
異界と呼ぶべきに相応しい環境を成していたが、一つ気になる点があった。
それは、パーティで一番広い魔力感知範囲を誇るセレスティアでも、一体も魔物が引っかからないということだ。
これだけの魔力濃度の高い環境であれば、深域のように五、六段階目の魔物がそこら中を歩いていてもいいように思える。
しかし、全くと言っていいほどに静かな樹海は、レルゲンたちの心を逆に不安にさせた。
「静かすぎる……セレス、魔物が隠蔽魔術を使って接近してくる可能性はどれくらいあると思う?」
「はっきりとは言えませんが、可能性は低いと思います。この高過ぎる魔力濃度では、魔力が収束せずに核となる魔石になり辛いのではないでしょうか? あそこに精製されている結晶体も、元はこの環境起因によるものでしょうし、魔物がいないのも何か理由があるのかもしれません」
「とりあえず、隠蔽魔術をかけつつ周辺を探索してみよう」
全員が無言で頷き、すぐにカバーができる範囲を保ちつつ前進する。
レルゲンの魔力糸で全員を繋ぎ、思念伝達ができるようにして不測の事態に備える。
それでも、魔物以外の小動物に至るまでまるで生命の気配がない。
あるのは何本も自生している大木と、紫色の結晶体のみ。
景色に目が慣れるほど歩いた頃だった。
どこか遠くの、遥か遠くの奥で、
カン! カン! カン!
とゆっくりとした一定のリズムで音を発しているのに気づく。レルゲンたちは一度立ち止まり思念で警戒心を伝え合った。
――何かがいる。すぐに戦えるように準備していてくれ。ディシアは俺の側に。
全員が集まって少しずつ音の源へと近づいていくと、何者かが斧のようなものを振って大木に打ち付けている。木こりのようにも見えるが、容姿は人型の悪魔と思われる幼体だ。
木の影から斧を振るう悪魔をしばらく眺めているが、一向にその場を動かずに一生懸命に斧を振り続ける姿を見て、レルゲンたちは何もせずにその場を後にする。
幼体の悪魔がいるということは、付近に悪魔の集落があるはずだ。
この場でこの悪魔を討伐する気にはならなかった。
再び歩を進めていると、やはりというべきか煙が樹木の隙間から覗いていた。
間違いなく集落の営みがあることの証を見つけ、ここが本当に魔界のどこかであると自覚する。
――今日はここから少し離れた所で野営をしよう。火は起こせない。魔術も探知に引っかかる恐れがある。しばらくは我慢してくれ。
何はともあれ、レルゲンたちには情報が足りない。もっと悪魔の容姿に詳しくなれれば、セレスティアの擬態魔術で化けながら探索することも可能になる。
だが、それでも知らない土地、知らない環境での目立った行動はできるだけ避けたいと打ち合わせで決めていた。
黒いフードを目深に被り直し、全員が集落から遠ざかり、音もなくその場を後にした。
「……?」
この時、召子の足が少しだけ痙攣を見せていた。
――魔界に到着してから二日目。
レルゲンとセレスティアは念動魔術で上空へ飛び、辺りを見渡す。
もちろんセレスティアの隠蔽魔術で隠れながら飛んでいるが、上空から地平線の先を確認しても大きな建物は確認することができない。
それよりも手前に、集落と思われる雨風を凌ぐ布、または革のような見た目の物で出来た簡易集落がいくつか確認できるのみ。
これは闇雲に歩き回るよりも、危険を承知で現地の悪魔に接触した方がいいかもしれないと考える。
『セレス、ここから魔王の下までまだまだ距離がある。ある程度リスクを取って接触した方がいいと思うが、どう思う?』
『私はもう少し周辺を探索してから、悪魔に接触しても遅くは無いと思います。まだ焦る時ではないかと』
『わかった。降りてみて皆にも聞いてみよう』
セレスティアを抱きながら、ゆっくりと大きな木の枝部分に降り立つ。
近くに水辺がないか探すため、念動魔術で樹海地帯を後にする。
集落が近くにあったことから水辺が近くにあると思っていたが、しばらく飛び続けても水辺は見つけられなかった。
「どうするの?」
「ここにも特に何も無さそうだが、同じような場所が続くだろうし、一度降りて周辺を見てみようか」
赤い岩石地帯にレルゲン達は降りると、流れてくる風は生温かく、ここでも濃い魔力が辺り一面を覆い尽くしている。
赤い岩に触れてみると、岩からも魔力を感じる。土も特殊な材質でほのかに赤い。
「ただの岩じゃなさそうだな」
感覚を鋭くすると、地面の砂からも魔力が伝って念動魔術による飛行で消費した魔力がすぐに回復してゆく。すると、ディシアがここで一つの仮説を立てる。
「この溢れる魔力に常に触れ続けるのは私たちですらかなりきついものがあります。
そこで顔色が悪くなっている召子を見れば明らかですが……この環境に生まれながら適応している悪魔たちは、魔力への抵抗力も自然と鍛えられているのでしょう。だからこそ、強い個体が多いのではないでしょうか?」
飛んでいる際は気づかなかったが、確かに召子の顔色が若干悪い。
セレスティアが介抱するために回復魔術を掛けると召子がお礼を返す。
「すみませんセレスティアさん……ちょっと気分が悪くて……」
「魔力を全く持たない召子はこの環境にまず慣れる必要がありますね。前に召喚された勇者もきっとこうだったのでしょう」
軽くえづきながらも、召子がその場に座り込む。セレスティアに背中をさすられているが、もう我慢の限界が近いようで、召子が岩陰に駆け込む。
落ち着くまでしばらく待っていると、少しスッキリした表情になって帰ってくる。
「大丈夫か?」
「すみませんレルゲンさん……長時間の飛行はなるべく控えて下さると助かります……」
「わかった。召子が慣れるまでは、水は俺たちの魔力で生成して補おう」
召子にとって豊潤すぎる魔力は毒になる。
深域で多少慣れたとはいえ、それよりも遥かに濃い魔力濃度の魔界では、召子が慣れるまでは大規模な戦闘は控えることに決まった。
フェンに跨りながらうつ伏せになり、まず環境に慣れることが召子の役割になった。
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