104話 最上召子の旅立ち
紫の光を抜けると、なにやら紋様が描かれた石でできた床の上に立っていた。
ここに転移する前に、覆面の男が言っていたことを思い出す。
「まずあなたは、周囲の者から現在の<ステータス>を確認し、その情報を公開するよう求められるでしょう。しかし、本来それはあなたが『女神』に与えられた恩恵です。勇者であること以外は話してはいけませんよ」
紫の光が収まると、そこは白く明るい部屋だった。覆面の男が言っていた通りに、神官装束のような者たちに確認を取られる。
「お待ちしておりました、寵愛の信徒よ。早速ですがあなたが女神に何を賜ったのか、確認させて頂ければと思います。プロパティと唱えてください」
「<プロパティ>」
「何が書いてありますか?」
「レベル1と勇者、とだけ書いてあります」
「やはり勇者のスキルをお持ちでしたか! しかし、他にも何か書いてありませんか?」
「いいえ、他には何も」
尋問を受けているような気分になり、咄嗟に覆面の男が言っていた通りに答えてしまう。
話しかけてきた神官の男性は、少し疑念を含んだ視線を向けてきたが、すぐに笑顔を浮かべた。
「ようこそお越しくださいました。魔王を打ち倒す勇者様。さあ、いきなりでお疲れでしょう。今日はゆっくりとお休みになり、明日この国の現状と使命についてお話させて頂きます」
使命とは、勇者とは……? 何かやらなくてはいけないのだろうか。そんなことよりも、早く元の居場所に帰りたいと考える。
このよくわからない土地に来て日を跨いでしまった。家族は、友達は私を心配してくれているだろうか? などと考えていると、用意された部屋を軽く叩く音が聞こえ、世話役の女性が声をかけてくる。
「おはようございます。入ってもよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
「失礼します。突然この知らない世界に来て大変かと存じますが、昨日は眠れましたでしょうか?」
「いえ、あまり眠れませんでした……」
「そうですか、早く慣れるといいですね。シーツの交換に参りましたので、失礼いたします」
淡白なやり取りだが、会話は基本許可されていないのだろう。自身を危険に晒してまで気遣ってくれているこの世話係は、きっといい人だと考えた。
シーツの交換が終わり、世話係の女性が部屋を後にする。ほどなくして再度、昨日の神官装束を着ていた男性の声が聞こえる。
「勇者様。おはようございます。本日は現在の状況についてお話させて頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」
「わかりました。今向かいます」
寝巻から召喚時に来ていた学校の制服に身を包み、部屋を後にする。聞かされた状況としては
『この国を裏切ったディシア・オルテンシアという人物が、中央王国というところに寝返り、国の重要機密を漏らすかもしれないこと』
『ディシアが中央最強の騎士、レルゲンを洗脳して意のままに操ることで、今度はこのヨルダルク国を壊滅させようとしていること』
『魔王が復活して、私がこの世界に呼ばれたこと』
『魔王を討伐する前に、ディシアを正義の名のもとに暗殺し、来る魔王軍襲来の準備をする必要があること』
聞いたのはこの四つ。
特に裏切り者の暗殺と、魔王の討伐――それが女神に与えた試練だというのだ。
魔王という存在は、空想上の本で見たことがあるので知ってはいた。だが、暗殺は本当に使命なのか? と多少疑問に思う。
これから人殺しに加担する方がもっと嫌だった。
そんな私の表情を案じてか、神官と名乗る人物は手を握って
「勇者様にしかできない。勇者様だけの政なのです。勇気をもって困難に立ち向かって下さい」
と念押しされ、その日は暗殺依頼を断ることができずに部屋に戻ってきてしまった。
「私のばか! なんで断れなかったのよー!」
枕に顔を埋めて足をばたばたさせながら自己嫌悪する。
――暗殺か……どうして私がやらなきゃいけないんだろう。そうだ! 殺したことにして、暗殺なんかしなければいいんだ!
楽観的かもしれない。
その後のことはあまり考えずに、人殺しなんてやってられるか! と決意を固めた。
しかし、そうなるとこの国の神官とやらも信じられなくなってくる。唯一信じられるのは、最初に自分と言葉を交わした、見た目だけは怪しい男のみ。
「あの人、今はどこにいるんだろう……?」
虚空を見つめて考えていると、なんだか眠くなってくる。昨日あまり眠れなかった影響なのか、睡魔には勝てず、ベッドに横になり意識が簡単に薄れていった。
翌日、ディシア暗殺のために武器を渡される。
――重い。
何とか持ち上げると、周りから驚きの声が聞こえてくる。確かに重いけど、こんなか弱い自分に持てて、一体何を驚いているのだろうと疑問に思う。
「流石は勇者様。伝説の聖剣をお持ちになられた!」
「いや、結構重いですよこれ。ちょっと持ってみてくださいよ」
「いえいえ。この聖剣は勇者様と女神がお認めにならないと扱うことはおろか、『手で持つことすらできない』のですよ!」
「はぁ、そうですか……では、私はこの国の裏切り者のディシア……なんでしたっけ?」
「ディシア・オルテンシアになります」
「そうそれ、その子を殺してくればいいんだよね?」
「はい。勇者様にしかできない使命を、どうか果たしてきてください」
適当に頷き、私は――最上召子は、この国を旅立った。
第三部、スタートです!
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