第75章 ―― 最後の約束 (後編)
ヴァン・ティエンは――
わざと左脇に小さな隙を作った。
リエン・トゥイを――
決着の一撃へ誘うために。
果たして――
奴は食いついた。
ナイフが――
一気に振り抜かれる。
その刃先が――
ヴァン・ティエンの皮膚まで数ミリに迫った瞬間。
ヴァン・ティエンは――
あり得ない角度へ身体を傾けた。
そして――
相手の攻撃が生み出した風を利用して身体を回転させる。
そのまま――
ナイフを握る手へ力を叩き込んだ。
ガキン!!
ナイフが――
リエン・トゥイの手から弾き飛ばされた。
リエン・トゥイはすぐに鎌を回転させ――
ヴァン・ティエンの脚へ振り抜く。
だが――
ヴァン・ティエンは素早く片足を上げ――
そのまま強く踏み下ろした。
ガッ!!
鎌の刃を――
地面へ深く踏み込んで固定する。
リエン・トゥイは――
鎌を引き抜こうとする。
しかし――
抜けない。
その隙に――
ヴァン・ティエンは折れた竹へ――
全身の力を集中させた。
青い気が――
竹の幹へ集まり。
その色は――
次第に濃くなっていく。
そして――
ヴァン・ティエンの瞳が――
リエン・トゥイをまっすぐ捉えた。
言葉は――
ない。
ただ――
ブンッ!!
折れた竹を――
思い切り振り下ろした。
リエン・トゥイが――
顔を上げる。
だが――
避けるには遅すぎた。
ドゴォォォン!!
折れた竹の幹が――
千トンもの威力をもって、
リエン・トゥイの胸の中央へ直撃した。
凄まじい圧力。
胸が――
深く陥没する。
そして――
その身体の内部。
赤い心臓に――
亀裂が走った。
しかし――
ヴァン・ティエンは奴に立て直す時間すら与えなかった。
すぐに竹を持ち上げる。
そして――
もう一度。
「――ッ!!」
ドゴォォォン!!
今度は――
リエン・トゥイの腹へ、
真正面から叩き込んだ。
その一撃の威力によって――
リエン・トゥイの身体が大きく折れ曲がる。
そして――
遠くへ吹き飛ばされた。
身体が地面を何度も転がり――
やがて――
ピタッ……
完全に止まった。
ヴァン・ティエンは――
二度の攻撃を終えた瞬間。
突然――
心臓が鋭く痛んだ。
「……ッ」
胸を押さえる。
そして――
頭にも鋭い痛みが走った。
呼吸が――
次第に荒くなる。
息苦しい。
しばらくすると――
胸の痛みは消えた。
だが――
頭の痛みは、まだ残っている。
ヴァン・ティエンは顔を上げた。
そして――
一歩、前へ進む。
その瞬間。
目の前の景色が――
突然、ぼやけた。
「……っ」
彼はすぐに立ち止まる。
すると――
目の前の景色が、ゆっくりと元へ戻っていった。
リエン・トゥイは――
そこに倒れていた。
誰もが――
勝負は終わったと思った。
だが――
リエン・トゥイは――
ゆっくりと立ち上がった。
先ほど二度も凄まじい攻撃を受けたにもかかわらず。
彼は――
まだ立っている。
その瞳は――
まっすぐヴァン・ティエンを見ていた。
そして――
一歩、踏み出そうとする。
その踵が地面へ触れた瞬間。
パキッ……
小さな音が――
響いた。
リエン・トゥイの足首から――
亀裂が走り始める。
その亀裂は――
銀色の光を放っていた。
まるで――
凍った湖面が砕けていくように。
亀裂は――
どんどん広がっていく。
足首から。
ふくらはぎへ。
太腿へ。
そして――
身体全体へ。
リエン・トゥイの身体は――
その力に耐えられなくなっていた。
身体の各所が――
ガラスのように細かな破片へ砕け始める。
リエン・トゥイは――
自分の身体を見下ろした。
そして――
徐々にひび割れていく自分の手を見る。
それでも――
彼は慌てなかった。
恐怖もない。
絶望の叫びもない。
ただ――
静かに息を吐いた。
そして――
顔を空へ向ける。
「終わり……なのか……」
彼は――
ゆっくりと目を閉じた。
その心の奥に――
一人の少女の姿が浮かぶ。
少女は――
笑っていた。
そして――
その声が響く。
「あなたは――」
「私以外の誰にも、負けちゃダメだからね」
リエン・トゥイは――
笑いながら答えた。
「じゃあ、もし俺が誰かに本当に負けたら――どうする?」
少女は少し考え込んだ。
そして――
顔を上げて尋ねる。
「その人……」
「私より強いの?」
「私より強いどころか――」
「もしかしたら、俺よりも強いお前より……もっと強いかもしれない」
それを聞いた少女は――
頬を膨らませ、不満そうな顔をした。
「嘘つき」
「私、こんなに強いんだよ?」
「あなたでさえ、私には勝てないのに――」
「私より強い人なんて、いるわけないじゃん」
リエン・トゥイは――
笑った。
「宇宙は広い……」
「きっと、どこかには……」
「お前より強い奴もいるさ」
少女は――
とても不満そうだった。
だが――
考えてみれば。
確かに宇宙は――
あまりにも広い。
自分より強い誰かがいることも――
決して不可能ではない。
「分かった」
「もし、その人が私より強いなら……」
少女はリエン・トゥイの方を振り向いた。
そして――
笑顔を浮かべる。
「その時は――」
「私も認める」
――そして。
場面が――
一つの戦場へ切り替わる。
その時――
リエン・トゥイは敵兵に取り囲まれていた。
一人の兵士が――
彼へ接近する。
そして――
槍の穂先を突き出した。
これで――
終わりだと思った。
だが――
リエン・トゥイが再び目を開いた時。
目の前には――
見慣れた姿があった。
あの少女。
少女は――
自らの身体で、
リエン・トゥイへの致命の一撃を受け止めていた。
槍は――
少女の心臓を真正面から貫いている。
「……!!」
その光景を見たリエン・トゥイは――
一気に駆け出した。
ガキン!!
槍の穂先を――
叩き折る。
そして――
その兵士を一刀で真っ二つに斬り裂いた。
リエン・トゥイは――
少女の身体を抱き上げる。
その周囲では――
別の兵士たちが、彼の命を奪おうと一斉に襲いかかってくる。
その瞬間――
ヒュッ!!
一本の槍が飛んできた。
そして――
複数の兵士をまとめて貫いた。
リエン・トゥイの援軍が――
到着したのだ。
リエン・トゥイは――
腕の中にいる、愛する少女を見つめた。
そして――
彼女へ呼びかける。
「頑張れ……」
「死ぬな……」
少女は――
彼の手を強く握った。
呼吸は――
次第に苦しくなっている。
それでも――
彼女は声を絞り出した。
「どうやら……」
「私、本当に……ダメみたい……」
リエン・トゥイは――
少女をさらに強く抱きしめる。
「違う……」
「違う……死ぬな……」
「頼む……」
「俺を置いていかないでくれ……」
少女の呼吸は――
次第に途切れていく。
胸の痛みに耐えきれず、
激しく咳き込む。
「ゴホッ……ゴホッ……ゴホッ……!!」
それでも――
残された力を振り絞り。
少女は――
柔らかな手を彼の頬へ伸ばした。
「泣かないで……」
「私が……もういなくなっても……」
「あなたは……生き続けて……」
「ゴホッ……ゴホッ……!!」
「ねぇ……」
「一つだけ……」
「約束してくれる……?」
「分かった……」
「分かったから……言ってくれ」
「俺はここにいる……」
少女は――
苦しそうに息をしながら言った。
「私と……約束して……」
「私が……もういなくなっても……」
「ちゃんと生きて……」
「……あまり悲しまないで……」
「分かった」
「それから……」
「ゴホッ……ゴホッ……」
「私より弱い相手に――」
「絶対に……負けないで……」
「分かった……」
「分かった、約束する……」
「お前より弱い奴なんかに――」
「絶対に倒されない……」
少女は――
それを聞いて、安心したように微笑んだ。
「それなら……」
「もう安心だね……」
「ゴホッ……ゴホッ……ゴホッ……!!」
そして――
彼女はリエン・トゥイを見つめる。
その瞳には――
深い愛情があった。
「私……」
「あなたのこと……」
「大好きだよ……」
「さよなら……」
「ゴホッ……」
「……うっ……」
少女の手が――
ゆっくりと地面へ落ちていく。
その瞳が――
ゆっくりと閉じられる。
そして――
最後の呼吸が――
途絶えた。
リエン・トゥイは――
腕の中で愛する人が去っていくのを見つめていた。
涙が――
頬を伝う。
そして――
空を見上げ。
叫んだ。
「いやああああああああああああッ――!!」
――現在。
リエン・トゥイは――
ゆっくりと目を開いた。
そして――
高い空を見上げる。
その口元に――
小さな笑みが浮かんだ。
「どうやら……」
「俺は……お前との約束を守れたみたいだな」
「俺も……もうすぐ、お前に会いに行く」
「待っててくれ……」
そして――
リエン・トゥイは、目の前に立っているヴァン・ティエンを見る。
ヴァン・ティエンの身体も――
すでに深い傷を負っていた。
リエン・トゥイは――
彼を見つめる。
そこにはもう――
憎しみはなかった。
ただ――
認める眼差し。
そして――
小さく笑った。
「俺に……」
「全力で戦わせてくれて――ありがとう」
それを聞いたヴァン・ティエンは――
ゆっくりと折れた竹を下ろした。
リエン・トゥイは――
目を細めて笑う。
その笑顔は――
彼が長い間、ずっと待ち望んでいた――
安らぎの笑顔だった。
「この戦いは……」
「お前の勝ちだ」
「ありがとう……」
「お前のおかげで……」
「俺は……あの人に会いに行ける」
「……さらばだ」
その言葉が終わった瞬間――
リエン・トゥイの身体は――
完全にひび割れた。
パキパキパキ……
無数の破片となって砕け――
静寂の中へ消えていった。
ヴァン・ティエンは――
その光景を見つめていた。
その眼差しには――
深い思索が浮かんでいる。
だが――
何も言葉が出てこなかった。
パチ……パチ……
その時――
上空から拍手の音が響いた。
ヴァン・ティエンは――
顔を上げる。
戦艦の上にいた統帥が――
ゆっくりと階段を下りてくる。
歩きながら――
感嘆するように言った。
「見事な戦いだった……」
「まさに……素晴らしい演目だった」
「これでようやく分かった」
「なぜ――」
「ドアン・ティエットと赤眼黒龍が倒されたのか」
統帥は――
その場で立ち止まった。
そして――
不気味な瞳をヴァン・ティエンへ向ける。
「さて……」
「次は――俺の番だな」




