第71章 ―― ビー玉勝負と、姿を現す危険 (下)
ヒュエン・ゴックは一瞬、驚いた表情を見せる。
だが、すぐに平静を取り戻す。
彼女はゆっくりと頭だけを彼へ向ける。
「本当は……あの時……」
その瞬間――
風が、突然止まった。
空間が、異様なほど静かになる。
ヴァン・ティエンとヒュエン・ゴックも、何かがおかしいことを感じ取った。
少女は何かを感じる。
その視線が、真っ直ぐ空へ向けられる。
「上に……」
ドォン!!!
空が弾け飛んだ。
雷ではない。
飛行機でもない。
空間そのものが――
引き裂かれた。
赤い光が一筋……
雲の上に現れる。
そして――
一隻の戦艦が、空から突っ込んでくる。
速い。
正確。
一切の乱れがない。
ヴァン・ティエンは目を見開く。
半歩後ろへ下がる。
瞳孔が縮む。
「……」
心臓が激しく鼓動する。
恐怖ではない。
戦いの記憶が――
蘇り始めていた。
少女はその光景を見る。
その瞳が、静かに沈む。
「……まさか、こんなに早く来るなんて。」
ドォン!!!
ドォン!!!
ドォン!!!
次々と爆発が起こる。
一面の草原が揺れる。
土と石が宙へ舞う。
煙と砂埃が巻き上がる。
大地が、再び大きく裂ける。
戦艦が徐々に高度を下げる。
そして――
艦の扉がゆっくりと開く。
その中から、統帥が歩み出る。
その後ろには、黒い服を身に纏った兵士たちが続く。
統帥の視線が、下にいるヴァン・ティエンへ向けられる。
その口元には、異様な笑み。
「ついに……見つけたぞ。」
ヴァン・ティエンは下で拳を握りしめる。
心拍数が上がる。
彼は静かに手を伸ばし、ヒュエン・ゴックを庇う。
少女はその後ろに立ち、少し首を傾けてヴァン・ティエンを見る。
「……お兄ちゃんって、いつもそうやって前に立つの?」
ヴァン・ティエンは振り返らない。
「……もう慣れてる。」
静寂。
「……馬鹿だね。」
風が吹き抜ける。
その中に、小さな笑い声が混じった。
ヴァン・ティエンは顔を上げる。
その視線が、統帥を真っ直ぐ射抜く。
「お前は誰だ?」
統帥は大声で笑う。
「ヴァン・ティエン……お前の死の日は、もうすぐだ。」
ヴァン・ティエンは呆然とする。
「どうして俺の名前を知っている?」
統帥は軽く目を細める。
「……断鉄……赤眼黒龍?」
「お前が殺したんだろう?」
ヴァン・ティエンは拳を強く握る。
その瞳は、揺るがない。
「俺が殺した。……それがどうした?」
「ハ……」
「ハハハハハ!」
統帥は顔に手を当てる。
そして、ヴァン・ティエンを見る。
「私の部下を殺しておいて……まだそんな大口を叩くか。」
「お前もなかなかやるようだな。」
「まさか、あの二人はお前の部下だったのか?」
「お前は私の部下を殺した……」
「ならば私は……お前の命を奪う。」
「二人の仇を取るためにな。」
統帥が手を上げる。
すると――
十人の兵士が一斉にヴァン・ティエンへ飛びかかる。
ヴァン・ティエンはヒュエン・ゴックを見る。
「ここで待ってろ。」
「どこにも行くな。」
「すぐ戻る。」
そう言うと――
ヴァン・ティエンは前へ飛び出した。
ヒュエン・ゴックは後ろから、彼の背中を見つめる。
その手が、わずかに強く握りしめられる。
両者が、激突する。
シュッ
空中で激しい衝突音が響く。
一体の生物が横へ吹き飛ばされる。
地面に着くよりも早く――
ブッ
二発目の拳。
ドォン!!!
そして――
三発目。
ヴァン・ティエンの動きは、肉眼では追えないほど速い。
だが、十人の兵士たちは一切乱れない。
即座に――
残った七人が、同時に異なる方向から接近する。
上空。
左。
背後。
下。
「……!」
ヴァン・ティエンは一瞬だけ動きを止める。
ほんの一拍、動きを遅らせ――
周囲の状況を観察する。
「……こいつら……」
「……まるで一つの網のように攻撃している……」
無作為な攻撃ではない。
包囲戦術だ。
カチッ
一撃が彼の肩を捉える。
身体が数メートル吹き飛ぶ。
足が地面を削り、長い溝を作る。
「……ゴホッ……」
彼は荒く息を吐く。
だが、その瞳が輝く。
「……そういうことか……」
彼は小さく呟く。
「……一体一体が独立しているんじゃない……」
「……一つの統一された戦闘システムなんだ。」
遠くで――
一人の黒鎧兵が立ち止まる。
赤い目が、かすかに瞬く。
「対象の行動を分析……」
「適応を開始……」
ヴァン・ティエンはそれを見る。
完了させるわけにはいかない――
彼は突進する。
正面から拳を叩き込み、その兵士の鎧を粉砕する。
だが、すぐに――
ブッ
上空から別の一撃が降りてくる。
ヴァン・ティエンは身体を傾けて避ける。
しかし――
左からの蹴りが、すでに待ち構えていた。
ドガン!!
身体が空中へ弾き飛ばされる。
そこへ、別の三人の兵士が同時に跳び上がる。
腕を高く掲げる。
赤いエネルギーが集まり始める。
「……クソッ……」
ドォン!!! ドォン!!! ドォン!!!
三本のエネルギーが、一斉に叩き込まれる。
煙と砂埃が爆発する。
大地が砕け散る。
静寂。
「……あの人……まだ全力を出してない。」
少女は後ろに立ったまま、煙の中から目を離さない。
風が吹く。
煙が徐々に晴れていく。
そこには――
まだ一人の男が立っていた。
青い光が、先ほどよりもはっきりしている。
「……痛いな。」
ヴァン・ティエンはゆっくりと首を回す。
「ゴキッ」
骨が鳴る。
彼は顔を上げる。
その瞳から、完全に冷たさが消えない。
「……だが――」
身体を低く落とす。
筋肉が張り詰める。
青い光が、身体の周囲へ広がり始める。
「……もう慣れてる。」
ドォン!!!
凄まじい気流が爆発する。
周囲の地面が一気にひび割れる。
その瞬間――
ヴァン・ティエンの姿が、再び消えた。
今度は――
より速く。
より正確に。
シャッ
一撃が掠める。
その瞬間、ヒュエン・ゴックの瞳がわずかに輝いた。
「……左。」
彼女の声は小さい。
だが――
正確だった。
ヴァン・ティエンは、ほとんど反射的にその声へ従う。
身体を回し、攻撃を避ける。
そして一瞬、動きを止める。
下を見る。
ヒュエン・ゴックを見る。
「……どうして分かった?」
彼女は答えない。
ただ、小さく言う。
「……私は、いつもそこにいたから。」
彼は笑う。
そしてすぐに、戦いへ戻る。
一人の兵士が地面へ叩きつけられる。
ドォン!!!
別の一人は、腕をへし折られる。
バキッ
回し蹴りが炸裂し、さらに三人が同時に吹き飛ぶ。
「アアアッ!」
だが――
まだ五人残っている。
彼らは絶えず陣形を調整し、適応しながら包囲してくる。
上空。
引き裂かれた雲の中。
統帥は依然として戦況を見つめている。
介入することはない。
「……」
地上。
ヴァン・ティエンは、ほんの一瞬だけ立ち止まる。
息が重くなる。
心拍数が上がる。
「……まだ足りない……」
彼は拳を強く握る。
身体を包む青い光が、明滅する。
遠くでは――
墜落した船から漏れていた光が、突然震え始める。
ドォォォン
エネルギーの波が広がる。
そして――
壊れた船から、再び機械音声が響く。
明瞭で、冷たい声。
「戦闘データを復元中……」
「接続……13%」
「戦場制御権限……復帰中」
ヴァン・ティエンが動きを止める。
頭を鋭い痛みが貫く。
戦艦。
命令。
そして――
戦場の配置図。
「……左……2ユニット……」
彼は呟く。
次の瞬間――
身体を回す。
一瞬。
その瞳が強く輝く。
青いエネルギーが腕から手へ流れ込み、集まり――
凝縮する。
彼は拳を握りしめる。
ブッ
拳が放たれる。
向かってきた二人の兵士が、触れることさえできないまま吹き飛ばされる。
その後ろで――
ヒュエン・ゴックは、依然として彼を見つめている。
その視線は、一度も離れない。
空気が、再び重くなる。
残るのは――
二人。
だが、彼らは止まらない。
むしろ――
二手に分かれる。
両側から攻撃を仕掛ける。
その中心に――
ヴァン・ティエンが立っている。
一人。
だが、今度の瞳には迷いがない。
そこにあるのは――
戦う覚悟だけ。
戦いは……まだ始まったばかりだった。




