第70章 ―― 夕暮れの静寂 (下)
しばらく走ると――
昨日の木が見えてきた。
そして――
そこには、昨日の少女が立っていた。
何かを見つめている。
ヴァン・ティエンは、彼女のもとへ走っていく。
「おーい!」
少女が、わずかに振り返る。
だが――
すぐに、先ほど見ていた方向へ顔を戻した。
ヴァン・ティエンには、彼女が何を見ているのか分からない。
「何を見てるんだ?」
少女は答えない。
ただ――
片手を上げて、ある方向を指差す。
ヴァン・ティエンは、その指の先を見る。
そこには――
村の子供たちが、楽しそうに遊んでいた。
どうやら――
少女は、子供たちを見ていたらしい。
少女が、小さな声で呟く。
「楽しそう……」
「私も、一緒に遊びたいな……」
「君も、あの子たちと遊びたいのか?」
ヴァン・ティエンが、少し顔を下げて彼女を見る。
少女は、恥ずかしそうに身体を背ける。
そして、腕を組む。
「そんなこと言ってない。」
「私、もう大きいんだから……」
「どうして、あんな子供たちと遊ばなきゃいけないの。」
だが――
少女の瞳は、まだ遠くで楽しそうに遊んでいる子供たちを、ちらりと見ていた。
その目は――
明らかに期待している。
一緒に遊びたい。
そんな目だった。
ヴァン・ティエンは、それを見て気づく。
「どうやら……」
「本当は、あの子たちと遊びたいんだろ?」
「だから、違うって……」
少女が言い終わる前に――
ヴァン・ティエンは、彼女の手を握った。
少女が驚く。
彼は、彼女を見る。
「行こう。」
「俺が、あいつらのところへ連れて行ってやる。」
「だから、一緒に遊ぼう。」
「だから、私は遊びたくないって――お兄……」
だが――
最後まで言い終わる前に。
ヴァン・ティエンに引っ張られていた。
「ちょっと、待って……!」
二人は、そのまま子供たちのところへ走っていく。
子供たちは、ヴァン・ティエンを見ると声を上げた。
「あ、ティエン兄ちゃんだ!」
ヴァン・ティエンは、少女の手を握ったまま近づいていく。
「みんな、何して遊んでるんだ?」
一人の子供が答える。
「ビー玉遊びです!」
「じゃあ、俺たちも一緒に遊んでいいか?」
少女が目を大きくして、ヴァン・ティエンを見る。
「お兄……」
だが――
その前に、一人の少年が答えた。
「もちろんいいよ!」
その子供も少女を見る。
「このお姉ちゃんは誰?」
ヴァン・ティエンが少女を見る。
「ああ……」
「この子は、俺の友達。」
「名前は……」
その時――
ヴァン・ティエンは初めて気づいた。
まだ――
この少女の名前を知らない。
彼は少女を見る。
そして言った。
「そうだ……」
「俺、まだ君の名前を知らないんだ。」
「君、名前は?」
少女は、わずかに頭を下げる。
小さな声で答える。
「私……」
「私の名前は……」
「ゴック。」
「ヒュエン・ゴック。」
「へぇ……ヒュエン・ゴックか。」
その名前を聞いた瞬間――
ヴァン・ティエンは、不思議な感覚を覚えた。
どこかで――
聞いたことがあるような。
かなり懐かしい名前。
彼が考え込んでいると――
子供たちの中にいた一人の少女が声を上げた。
「ヒュエン・ゴックお姉ちゃんなんだね!」
ヒュエン・ゴックは、その言葉に答える。
「うん……」
「私は、ヒュエン・ゴック。」
「じゃあ、ヒュエン・ゴックお姉ちゃん。」
「私たちと一緒に遊ばない?」
他の子供たちも声を上げる。
「そうだよ!」
「お姉ちゃんも一緒に遊ぼう!」
「ね、お姉ちゃん!」
子供たちに、こんなにも嬉しそうに呼ばれて――
ヒュエン・ゴックも、少しずつ緊張が解けていく。
「分かった……」
「じゃあ、お姉ちゃんも一緒に遊ぶね。」
子供たちは、大喜びで飛び跳ねる。
ヴァン・ティエンも、横でほっと息を吐いた。
すると、子供の一人が言う。
「じゃあ、ヒュエン・ゴックお姉ちゃん。」
「一緒にビー玉で遊ぼう!」
ヒュエン・ゴックが固まる。
「ビー玉……って、何?」
子供たちは驚く。
「えっ……」
「お姉ちゃん、ビー玉知らないの?」
「うん……知らない。」
ヒュエン・ゴックは、少し俯く。
どこか遠慮しているようだった。
それを見て――
ヴァン・ティエンがすぐに口を挟む。
「この子、最近外国から帰ってきたばかりなんだ。」
「だから、こういうビー玉遊びとか、あまり知らないんだよ。」
子供たちは――
「おー……」
と声を上げる。
ヒュエン・ゴックは、少し恥ずかしそうにする。
「……ごめんなさい。」
一人の子供が言う。
「なんで謝るの?」
「そんなの、普通のことだよ。」
ヒュエン・ゴックが顔を上げる。
不思議そうな目。
「普通……?」
ヴァン・ティエンは、ヒュエン・ゴックの肩に手を置く。
「分からないなら――」
「あの子たちに教えてもらえばいい。」
一人の少女が言う。
「そうだよ!」
「お姉ちゃんが知らないなら、私たちが教えてあげる!」
ヒュエン・ゴックが、小さな声で聞く。
「……私に、教えてくれるの?」
「もちろん!」
ヴァン・ティエンは、子供たちを見る。
「じゃあ、みんな。」
「ヒュエン・ゴックお姉ちゃんに、ビー玉の遊び方を教えてやってくれ。」
子供たちは声を揃える。
「はーい!」
一人の少女が走ってきて、ヒュエン・ゴックの手を握る。
「私が教えてあげる!」
ヒュエン・ゴックが、静かに答える。
「うん。」
少女はヒュエン・ゴックを連れていく。
そして――
青いビー玉を一つ、彼女に渡した。
ヒュエン・ゴックは、それを手に取って眺める。
「じゃあ……私は、何をすればいいの?」
少女が答える。
「まず、あそこの線のところに立って。」
そう言いながら――
子供たちが地面に描いた一本の線を指差す。
ヒュエン・ゴックは、そこへ歩いていく。
「それで……次は?」
「ビー玉を人差し指に乗せて――」
「少し後ろへ引いて……」
「それから、撃つの。」
少女は、言いながら実演してみせる。
ヒュエン・ゴックも、その通りにする。
「じゃあ、まずあそこの穴の近くまで撃ってみて。」
ヒュエン・ゴックが頷く。
そして――
ビー玉を撃つ。
ビー玉が地面を転がり――
穴の近くで止まった。
少女が指差す。
「そうそう!」
「次は、あの穴に入れればいいの。」
「そうしたら、もう一回撃てるよ。」
「うん……分かった。」
ヒュエン・ゴックは座り込む。
少し狙って――
撃つ。
ビー玉が転がる。
そして――
穴の中へ落ちた。
「入った!」
少女が笑う。
「今度は、他のビー玉も撃ってみて!」
ヒュエン・ゴックが頷く。
白いビー玉を狙う。
そして――
撃つ。
ビー玉が転がっていく。
だが――
少し方向がずれた。
ヒュエン・ゴックが、ぴたりと止まる。
少し、残念そうな顔。
少女がすぐに言う。
「大丈夫だよ。」
「初めてなんだから。」
「もう一回やってみて!」
「うん……やってみる。」
二回目。
ビー玉が、標的のすぐ近くを転がる。
そして――
すり抜けた。
「惜しい……」
周りの子供たちも、
「おー……」
と声を上げる。
だが――
ヒュエン・ゴックは諦めない。
「今度こそ……」
「絶対に当てる。」
もう一度、座り込む。
その目は――
先ほどよりも集中している。
子供たちが応援する。
「頑張れ、お姉ちゃん!」
ヒュエン・ゴックは、白いビー玉を狙う。
その瞳は、真剣そのもの。
しっかりと狙いを定め――
撃つ。
ビー玉が、勢いよく転がっていく。
ヒュエン・ゴックは、そのビー玉を目で追う。
「今度こそ、絶対に当てる。」
ビー玉は、さらに転がっていく。
彼女の目は――
一瞬たりとも、それから離れない。
そして――
カチッ。
ヒュエン・ゴックの青いビー玉が――
白いビー玉に当たった。
ビー玉同士が触れた、その瞬間――
カチッ。
小さな音。
だが――
彼女の心が、一瞬だけ止まった。
「……私……」
「……できた……?」
勝ったからではない。
初めてだった。
自分の隣に誰かがいて――
自分ができるのを、待ってくれる人がいた。
ヒュエン・ゴックの顔が、喜びでいっぱいになる。
そして――
その場で飛び跳ねた。
「当たった!」
「私、当てた!」
子供たちは、それを見て笑いながら一緒に喜ぶ。
「お姉ちゃん、すごい!」
「ビー玉に当てたね!」
みんなに一緒に喜んでもらえて――
ヒュエン・ゴックは、とても嬉しかった。
その瞬間――
周囲の時間が、突然ゆっくりになったように感じられる。
「この感じ……」
「……なんだか、不思議……」
「初めて……」
「こんなに楽しく遊んだ……」
彼女は、ヴァン・ティエンを見る。
その瞳が、わずかに伏せられる。
「……もし、いつか……」
「……私が、ここにいなくなったら……」
その瞳から――
少しだけ、光が消える。
「……その時……」
「……お兄ちゃんは……」
「……私のこと、覚えていてくれるのかな……?」
少し離れた場所で――
ヴァン・ティエンは、ヒュエン・ゴックが楽しそうにしている姿を見ていた。
そして気づく。
どうやら――
もう、彼女は遠慮していない。
彼は、わずかに笑う。
そして――
青いビー玉を拾う。
ヒュエン・ゴックのもとへ歩いていき――
手渡す。
「はい、これ。」
ヒュエン・ゴックが受け取る。
「ありがとう……」
「……お兄ちゃん。」
ヴァン・ティエンが、ぴたりと止まる。
「……今、何て呼んだ?」
ヒュエン・ゴックは、すぐに顔を背ける。
「……何でもない。」
だが――
その瞬間。
彼の心臓が――
一度だけ強く鳴った。
まるで――
その呼び方を聞いたのは――
これが初めてではないかのように。
その時、一人の子供が声を上げる。
「お姉ちゃん、もっとビー玉で遊ぼう!」
ヒュエン・ゴックは笑いながら頷く。
そして――
彼女と子供たちは、再びビー玉遊びを始めた。
――遠く。
さらに高い空の彼方。
そこへ――
別の何かが近づいていた。
空を突き抜ける。
雲を越え――
さらに上へ。
そして――
地球の大気圏を抜けていく。
その近くでは――
巨大な黒い戦艦が、ゆっくりと地球の軌道へ接近していた。
艦内。
一人の兵士が報告する。
「閣下、戦艦が惑星の大気圏へ、かなり接近しています。」
統帥は、そこに立っている。
その目は――
徐々に大きくなっていく地球を見つめていた。
彼は拳を強く握る。
「……もうすぐだ。」
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