第33話 婚姻の条件
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「俺が下りてみます」
前国王が使用していた、今は自信の執務室になった部屋で、カールが見つけた抜け道を見下ろす。岩盤を削って作られたような階段は下に続いているけれど、先は真っ暗だった。どこまで続いているのか全く分からない階段を自身で下りると言えば、クリスティーン嬢が目を見開いて驚いていた。
「ダメです。この先がどうなっているのか分からないのに、陛下が真っ先に下りて何かあったらどうするおつもりですか? お父様も止めてください」
「何故だ? 何故止めなければならない? 有事の際の抜け道だ」
平然と冷静に答えるロッソ公爵にクリスティーン嬢は珍しく慌てる。
「お、お父様!? 何をおっしゃるのですか!?」
けれどロッソ公爵の言う通り、何かあった時のための抜け道だ。危険はないはず――危険があってはいけない通路だ。それなのにロッソ公爵は、なぜかもう一つ、余計な一言を当然の如くのように言った。
「……と言いたいところだが、陛下ご自身で降りられ確認されるのなら、護衛を付けて行ってください」
「それなら、私がっ!」
護衛を……と言われ、当然の如く、クリスティーン嬢が名乗り出る。
ロッソ公爵の口角が僅かに上がった。彼女が名乗り出ると分かっていて護衛を付けろと言ったのだ。
俺は胸中で溜息を吐く。
「いや、クリスティーン嬢はここにいてくれ」
いくら有事の際の抜け道だったとしても、何があるか分からない。先程の書棚の動いたときの埃の舞い方だと、前国王も使ったことはないのだろう。長年使われていなかったと予想もつく。真っ暗な先もどうなっているのか全く分からないのだ。もしかしたら、危険なものが潜んでいる可能性だってあるかもしれない。そんな場所に彼女を連れて行くわけにはいかないと思っていた。それなのに――。
「陛下、娘を護衛に。カールも一緒に連れて行ってください。どちらにせよ、この二人がこの道を把握しておいた方が、後々良い事もある。この先、一体どこにつながっているのか、はっきりさせておいた方が良いでしょう」
俺は思わず顔を顰めた。公爵から冷めた瞳を向けられ、有無を言わさない圧力をかけられる。
何故、この俺の護衛にクリスティーン嬢とカールを付けるのか。彼らの剣術は相当なものだと俺は思っているけれど、それでも他の者でも良いんじゃないかと。
確かに今、この先が何処に繋がっているのか、前国王以外、誰にも分からない。ロッソ公爵は、これからの未来にアールムとの間で有事が起こることも考えているのなら、公爵たちを始め、ロッソ公爵の後継者と情報を共有していた方が良いと思っているのかもしれない。
俺は、しばし考え頷く。
「……わかった」
カールも一緒に行くというのは遠慮してほしかったが、もし何かあった場合、彼も一緒ならクリスティーン嬢を守ることが出来るだろう。
「では、早々に準備をしてきます」
クリスティーン嬢がカールと一緒に一度部屋を退出した。
二人が退出すれば、残るは当然、俺とロッソ公爵だけになる。公爵の視線は二人が出て行った扉を暫くじっと見つめていた。そして、その視線をゆっくりと俺に向けた。しん、と部屋の中は静まり返る。重苦し空気の中、先に口を開いたのはロッソ公爵だった。彼は真っすぐ俺を見る。
「殿下は……陛下は、本当に娘の盾となり剣となる覚悟があるのでしょうか?」
ロッソ公爵は殿下呼びをしたあと、陛下と言い直し、先程クリスティーン嬢に言った言葉を言い出した。
――珍しく、緊張しているのか。
公爵は真剣な面持ちでこちらを見ていた。俺の志は変わらない、真剣に答える。
「もちろんです」
それは彼女がクラウスの婚約者だったころから心に誓っていたことだ。以前から俺は王太子として、次期国王としての兄、クラウスを守る気なんて全くなかった。クラウスを守れるようにと剣を用意してくれた祖父には悪いけれど。
「……では……しっかり護ってください」
俺は自分の目を疑り、目を見開いた。ロッソ公爵が俺に向かって頭を下げていたのだ。
「こ、公爵っ!?」
滅多に頭の下げない公爵に、俺は慌てて頭を上げるように言った。
「あれは……娘のクリスティーンは……妻の忘れ形見です。妻を失い、あれまで失うと考えたら……それでも公爵家の人間として生まれたのなら政略結婚は致し方ないと考えておりました。私もそうでしたから……それでも、私は妻を己の唯一と想っており幸せにするつもりでした。志半ばで妻は他界してしまいましたが。それゆえ政略結婚でも相手が娘を大事に想ってくれるのならと。ですが、クラウス殿下ではそれが叶わない願いでした」
ロッソ公爵は今までとはまるで違う言葉遣いで話を始めた。
俺はじっと耳を傾ける。
「この国では女性が爵位を継ぐことが出来ません。ロッソ公爵家では遠縁から養子をとるしか道がありませんでした。そのための従兄のロゼオ侯爵家からカールを養子にすることにしました。カールに男爵位を与え、様子を見ておりましたが、彼なら公爵家を任せても問題ないと思っております。カールが望むなら娘の伴侶にとも考えておりました」
胸に小さな痛みが走る。瞬時に沸き上がった悔しい感情で反論したかったが、俺は黙って聞く。ロッソ公爵は続けた。
「しかし、カールはクリスティーンのことは大切な妹のように思っており、娘と婚姻を結ぶことは考えられないと言われてしまいました」
――は? まさか……。
それなら、俺を挑発するような態度は一体なんなんだ、と考えた。公爵は俺が何を考えているのか、分かったようで少し表情を緩め、ニヤリと微笑む。
「カールは大事な妹を預けられる人間でなければ、婚姻を認めないと……だから、私が陛下との婚姻をクルスティーン嬢に勧めても、カールが納得しない限り、娘との婚約も出来ないかと」
ああ、それでと納得した。カールとクリスティーン嬢を俺に護衛にしたのはそれが理由だ。一緒にいて、次期公爵のカールに認められるようになれ、ということなのだろう。俺が皆に認められる国王になること。そしてカールに認められること。これが、ロッソ公爵の中でのクリスティーン嬢と婚姻を結ぶ条件なのだ。
「公爵に気持ちは理解した。けれどクリスティーン嬢が俺との婚姻を望まなければ、それはそれで……」
彼女の気持ちも大事だと思っている。望まない可能性もある。今だって、護衛騎士として俺の傍にいるのだ。
「言ったはずです。公爵家の人間として生まれたのなら政略結婚も致し方ないと。娘との婚姻を陛下が望まないのであれば、他国に嫁がせることになる可能性も出てくるのです。出来ればそれは避けたい――それが私の正直な気持ちでございます」
無表情の仮面を張り付けていても結局は、娘のクリスティーン嬢を一番大切に思っているということだろう。以前、アールムに嫁がせるつもりもあると言っていたのは、俺に発破をかけるつもりだったのか。
俺は軽く息を吐いた。
もう少し表情に出してくれると有難い。顔に出さないからどう思っているのか分からないじゃないか。けれど――。
「公爵は俺を最初から認めてくれたということか」
「……」
沈黙するロッソ公爵から周りにひんやりとした冷気を感じた。俺は違ったことを言ったのかとタラリと冷や汗が流れる。
「……図に乗るな。消去法だ」
軽く睨みつけられ、ビクリと身体が跳ね上がった。消去法ね……。
まさか、消去法と言われると思わなかった。
「……ハハハ、冗談です」
俺は愛想笑いをするしかなく、肩をがっくり落とした。
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