第31話 最悪な夢
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彼らが出て行った後、僅かな沈黙で、執務室の中は重い空気が漂う。
「陛下、こちらに座れ――」
ロッソ公爵はクリスティーン嬢の向かい側の場所を視線で指定する。
先程の居心地の悪さに、執務机の椅子に座っていた俺だったが、只ならぬ雰囲気の中、仕方なくその言葉に従った。
そして『座れ』の命令形ではなく、もっと違う言い方があるだろうに、と心の中で思ってみるが、声に出して言えない。
しかしクリスティーン嬢の真向かいに座って気付く。未だに、彼女の顔色は優れていなかった。
ガーネット嬢がクラウスの逃亡に手助けしたことには予想外の事ではあったが、そのことについてはクリスティーン嬢は『夢』で予想はしてたはずだ。けれど、未だにそこまで顔色が優れないのは他に原因があるのではないだろうかと、考える。
「クリスティーン嬢。大丈夫か? もしかして、他に何か見ていたんじゃないのか?」
俺が言う、見ていたというのは、『夢』の事だ。
彼女にそう問えば、言った意味を理解したようで、ビクリと体を強張らせた。
以前の堂々としていたクリスティーン嬢からは想像も出来ない程、何かに怯えているようだった。
「お父様……。私は……アレック王太子の元に行かなければならないのでしょうか?」
「……えっ」
静まり返った部屋で肩を震えさせながら、父親のロッソ公爵を見てクリスティーン嬢は今にも消えそうなほどの声で呟いた。その言葉に不愉快な思いが込み上げる。
俺もロッソ公爵の方を見た。
まさか、未だにクリスティーン嬢をアールム国の王太子の所に嫁がせようと考えているのか。
いつの間にか、俺はロッソ公爵を睨みつけていた。腹の底から苛立つ。しかし、そんな俺に対し彼は、僅かに呆れるような表情を一瞬見せ、彼女の方に視線を向けた。
「クリスティーン。それは、『夢』で見たのか?」
青褪めているクリスティーン嬢に、ロッソ公爵は平然と訊く。いや、普段より僅かだけ声音が高く感じた。いつもの無表情が僅かに歪む。まるで困惑しているかのようである。
「…………はい」
「国益に繋がるのなら、お前をアールム国に行かすことも考えたこともあったが、お前が見た予知夢はそうではなかったのだろう?」
「…………」
口に出すのも躊躇い、返事をする余裕もなく、沈黙している彼女をロッソ公爵は青い瞳で見つめる。
「首でも刎ねられたか……」
俺は一瞬で全身の血の気が引いた。
公爵はまるで、決めつけるような苦い声で、それでいて顔を歪ませ、いつもの無表情とは違う、怒りに耐えているように見えた。
公爵の言葉に、クリスティーン嬢の体が少し跳ねる。
そんな言葉が出てくるのは、俺たちの国にとって、それだけアールム国のアレック王太子は脅威なのである。
向こうは、寒い国で生活に難のある国だ。食物が育ちやすい国を嫉視しているのだ。そんな国欲しさに、残虐を繰り返していることは確かだった。そして軍備増強し、いつ攻め込んできてもおかしくない奴らをロッソ公爵が目を光らせ、見張っているのである。
アールム国にとっては、我が国は喉から手が出る程欲しい国だ。領土が広がれば、寒い国でも活気が溢れると思っているのだろう。
しかしこの父親は、娘に対してもう少し言葉をオブラートに包めないのかと。けれど、彼女の怯えた様子から見ると、それが『夢』の事実だったようだった。
例え夢だったとしても、クリスティーン嬢が将来起こりうる予知夢として、それを見ていたのならと考えたら――ぞわりと首筋を撫でられるような感覚で、寒気がし鳥肌が立つ。
先程のしきりにカールがクリスティーン嬢に寄り添っていた理由はこれだったのか、と思い知らされる。
それでも、一瞬、その役目は自分であって欲しかったと思ってしまった。
クリスティーン嬢がどれだけ恐怖を感じていたのか、彼女の立場になってみれば、自分勝手な願望は毒にも薬にもならないものだ。
「クリスティーン。お前は『行かなければならない』のかと言ったな。どんな状況で向こうに行ったのか分らないのか?」
「分かりませ……意識がぼんやりとしていて、行ったというより、無理やり連れて行かれたような感じもありました。でも、次に見た夢は、アレック王太子とクラウス殿下、そしてガーネット様の前で……腕を縛られ……青白く鈍く光る剣が見え……」
クリスティーン嬢はそこまで言うと、目を見開き、自分の首に手を当てブルブルと体を震わせる。そして、頭を下げた。
「申し訳ございません、お父様。これでは騎士失格ですよね……。自分の死を怖がるなんて……私には、まだ覚悟が足りなかった……」
その言葉に俺も、公爵も目を瞠った。
クリスティーン嬢は一体何を言っているんだ。
自分の死を予知夢として見た――。
それを怖がっていることに対して罪悪感を感じているのか。
どれだけ剣術に優れていても、どれだけ死を覚悟していても、それを予知夢として見てしまえば、恐怖を感じてもおかしくないはずだ。
しかしアレック王太子と兄のクラウス、ガーネット嬢も一緒にいたとなると、逃亡先はアールム国で間違いないのかもしれない。そして、その夢は逃亡後の予知夢となるのだろう。
俺は立ち上がるとクリスティーン嬢の前に跪く。そして震えている彼女の手をそっと両手で優しく包み込んだ。
「大丈夫です、クリスティーン嬢。俺が……貴女の盾となり剣となり、貴女を守ります」
俺はいつでもクリスティーン嬢のためなら、命をかけられる。
彼女は目を見開き、紫の瞳が揺れた。
「陛下……。いいえ……守らなければならないのは……私の方です。私が陛下をお守りする立場なのです」
「いや、俺に貴女を守らせてほしい。守りたいんだ」
不安になっているクリスティーン嬢に寄り添えたら、そんな想いで率直な言葉を口にした。それを見ていたロッソ公爵が、「では――」と口を挟む。公爵から冷淡な視線を向けられると、何を言われるのかと俺は身構えた。
「我が娘を守ってもらいましょうか、陛下」
「……っ!」
どういう心境の変化か。
俺は守る気満々だったけれど、まさか公爵の口からそんな言葉が出るとは思いもしなかったのである。
お前に何が守れるのか――、と一蹴りされると思ったのだ。
「お父様! 一体何をおっしゃっているのですか? 私たちが陛下をお守りしなければならない立場です。何故、私が守られなければならないのですか!?」
「それは、お前が『予知夢』という能力を持っているからだ。奴らは、お前のその能力を欲しがるだろう」
「いえ、お父様。私は、アールム国で首を……」
クリスティーン嬢の言葉がそこで止まる。自ら『首を刎ねられる』とは言えずに、震えていた。
確かに、クリスティーン嬢の能力は『予知夢』だ。前もって起こりうることが分かっていれば、何をするにも容易い。それなのに向こうの国に行けば、何故殺されるのか。考えてみれば、おかしな話である。
いや、先に分かられるのが困るのだ。あちらの国のしようとしていることがバレるのが困るのだろう。こちらがしようとしていることが分かるより、向こうのやろうとしていることが分かってしまう方が困ってしまうのだ。
だから、クリスティーン嬢の命を――。
「予知夢は……将来、起こりうることは変化することがあるのか?」
俺は必死で彼女の未来を変えることが出来ないのかと、思考を巡らす。
「必ずしも予知夢通りになるとは限らないと思います……一つ、僅かな変化はありました」
クリスティーン嬢は暫く考えて、続けた。
「以前見た夢では、アールム国に嫁ぐ夢を見ていました。けれど、今回の夢は、そういったものではなく、どちらかと言うと先程も言った通り、無理やり連れて行かれるような感じだったのです」
「それは、どうしてなのか変わったのか」
「分かりません。けれど行動一つで、未来が変わることがあるのだと思います」
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