第30話 あの道
拙作ですが、よろしくお願いします(#^.^#)
「その一帯は、向こうの王太子が見回りをしている場所だ」
ロッソ公爵は地図を見ながら言う。
僅かに顔を歪ませた理由がこれだろう。
アールム国の現王太子は、確か名はアレックだった。そして現国王より残虐だと聞く。自分の得をもたらす相手ならまだしも、何ももたらさない他国の人間なら、直ぐに切り捨ててしまうような人間だとか。
そんなアレックに見つかれば、カーネット嬢の命はないのではないだろうか。
「大丈夫か?」
カールがクリスティーン嬢に声を掛ける。彼女の表情は未だに変わらない。血色が悪い。
「アレックに拾われたか――」
ロッソ公爵は地図を睨み、呟く。
「拾われる? 誰が?」
「おいおい、それは無いんじゃないのか? あの残虐といわれる王太子だぞ」
本当に残虐なのか?
令嬢一人を森に捨ててくる、我が国の公爵家より?
「陛下、その顔はなんだ? 俺は食料もブラウンケットも渡したぞ」
おっと、顔に出ていたか。
だが、自分の手で始末するか、そうじゃないかの違いじゃないのか。殆ど差はないと思うが、それを口にする勇気は、俺にはまだない。
しかし、本当にガーネット嬢がアールム国に拾われ、この国に戻って来れたという事は、もしかするとあの道を使ったのかもしれない。
あの道を使ったとすると、当然、不味い事になる。しかし、あの道を使ってガーネット嬢が入って来たかどうかだ。
彼女が誰かに導かれて入って来た、誰かと一緒に入って来たとなると、簡単に他国のものに侵入を許してしまう事になる。
「陛下の考えは、どうだ?」
ロッソ公爵は青色の瞳をこちらに向ける。何か、試されているような瞳だ。
俺の考えはまだ、全てが憶測にすぎない。
しかし、例え憶測であったとしても国を揺るがす事になる可能性には違いなかった。
「もし……あくまでも、憶測ですが、ガーネット嬢がアールム国の手を借り、クラウスの逃亡させるために王宮に忍び込めたとしたら、あの道を使ったと考えられます。そして、その道がアールム国に知られたとしたら、そこを使って王宮内に忍び込んでくる可能性もある」
「……あの道?」
クリスティーン嬢は首を傾げる。
この話は王家と三人の公爵しか知らされていない。まだ男爵位のカールとクリスティーン嬢は知らない話だ。
「抜け道だ。有事の時に使われる避難用の道だ。何処の国にも存在する」
ブル公爵も地図を眺める。
「そんな、道があるのですか? どこに? ガーネット嬢が知っていたというのですか?」
矢継に質問をするクリスティーン嬢に、三人の公爵は机を囲んで地図を眺める。
「クリスティーン嬢、抜け道はある。だが、我々が知っているのは、自分たちが使用する場所のみ。そこを通って侵入して来れば、馬鹿でも気付く。要は王族が使う場所は教えられていない」
ブル公爵は、俺の方を見た。
「陛下は知っているのか?」
ブル公爵の質問に、俺は一歩下がる。
知っている。知ってはいるが――。
本来、俺には知らされていない道である。だから、知っているとあまり言いたくなかった。けれど、緊急事態だという事は、十分に分かっている。言おうか言うまいか、迷っていると、
「当然、陛下は知らないだろう!」
ロッソ公爵は語気を強め、僅かに微笑む。
「知っているし!!」
あっ――。
ロッソ公爵の一言に不快を感じ、俺はとっさに正直に答えてしまう。ヴェルデ公爵はまんまとロッソ公爵の策略にハマった俺を見て、声を殺して笑っていた。
ロッソ公爵を見れば、青い瞳で冷たくこちらを見下ろすように見ていた。まるで、『知っているなら、さっさと言え』と言わんばかりの態度だ。
俺は体を小さくする。
だれか、国王を代わってくれ――。
「それで、陛下。その抜け道はどこだ?」
「こ、後宮の中庭にある……」
三人の公爵は顔を顰めた。
後宮の中庭といえば、王妃がお茶会などで使う場所である。勿論、俺が勝手に入れる場所ではなかった。だから、多分――何故そんな所にあることを知っているのか、といった感じなのだろう。
「陛下。何故ご存じなのですか?」
ヴェルデ公爵だけは、言葉遣いに気を付けてくれていた。先ほどから二人の公爵の言葉遣いが……。それを注意出来ない俺である。
「5年ほど前、後宮に迷い込んでしまった時に、中庭に行ったことがあって……。その時にたまたま見つけてしまった」
「許可なく入ったのか?」
ロッソ公爵の射貫くような冷たい瞳が、未だに俺に向けられている。
王妃から後宮に入る許可が、俺に出るわけもなく――。
「は、はい。あ、でも、あれは……たまたま……道に迷ってだよ?」
「不法侵入か?」
「不法侵入ですね」
口角を上げながらブル公爵とヴェルデ公爵がニヤニヤする。
不法侵入? いや、本当に道に迷って。
「今、どうでもいい。それは後宮の中庭の何処だ?」
「池の……水路だ」
「水路?」
「後宮から流れ出る方の水路は、少し低めのトンネルになっている。勿論、鉄格子もあって、簡単に出入り出来なくなっている。実際はそう見えるだけで、2本ほど捻じるように回すと外れる仕組みになっていたんだ。そして暫く、水が流れるトンネルの中を歩いて行くと、水路の両脇に人が一人歩けるくらいの幅の歩道があった。そこを歩いていくと……」
話を進めていると、えらく静かになっている事に気付いた。公爵たちを見れば、怪訝そうな顔をして、俺を見つめていた。
はあ、と額に手を当てて溜息を吐いたのは、ヴェルデ公爵だった。
呆れの混じった溜息は、俺の体をビクリと跳ねあがらせる。
俺だって、入りたくて入ったわけでもなかった。本当にあの時、道に迷ってしまったのだ。早く後宮から出たくて、彷徨っていたら水路まで来た。そこから出られないかと、必死で鉄格子をグラつかせていたら、回せば外れることが分かり、そこから水路を伝って外に出た。
「誰かに見つかれば、首を刎ねられていたかもしれないぞ」
「ああ、そうだな」
平坦な声のロッソ公爵は、ブル公爵の物騒な言葉に相槌を打つ。
王妃は極端に俺を毛嫌いしていた。そんな俺が王妃が管理する後宮の中庭をうろついている事がバレれば、そういう事もあり得た……のかもしれない。
排除する名目にはなるだろう。
「ご無事で何よりです。後宮の抜け道を知られたらと分かったら、本当に陛下の首が飛んでおりました」
それだけ王妃は俺を嫌っていたんだなと思った。しかしヴェルデ公爵が言う事には、王家の抜け道が部外者に知られると、その出口で待ち構えられる可能性がある。そのため、知られた場合は消されるというのだ。
出口もそう簡単に見つかるような場所ではなかった。
「それで、何処に出た?」
「それが……スケルツ川に繋がっていた。このあたりだったはず」
俺は、皆が眺める地図に人差し指でその場所を示した。
「こんな所にか?」
「間違いないんだな?」
「王都からかなり離れておりますが……陛下。本当にこんな場所に出たのですか?」
三人の公爵の言葉に俺は頷いた。この辺りだったはず。水路の歩道もかなり歩いた記憶がある。
あの時は、見知らぬ場所に出て辺りを迷っていたら、一本の道に出た。
まだ幼さが残る子供が山道を歩いていたのをたまたま馬車で通りかかった商人が見つけてくれて、王都まで連れて行ってくれたが、途中、揺れる馬車で眠ってしまい、目が覚めれば、俺は王城の離宮の寝室で眠っていた。
母は、時間になっても部屋に戻って来ていない俺を捜してくれていたらしい。泣くほど心配していた。
「今、後宮はどうなっている?」
ロッソ公爵はブル公爵を一瞥して訊く。
「後宮内は見張りを付けているが、管理する王妃が居ない分、少し手薄になってしまっている」
彼は申し訳なさそうに言う。騎士団員の数が間に合っていないのだろうか。
「あの強運の持ち主は、後宮の出入りを頻繁にしていた。後宮の中に詳しいはずだ。間違いなく後宮の抜け道を使ったのだろう。監視を増やした方が良いのかもしれない。カール。我が騎士団員を少し後宮の監視に回せ!」
「はい!」
カールは返事をすると、隣のクリスティーン嬢に二言三言、彼女の耳元で囁く。そして、部屋から出て行った。一々、カールが彼女に対する態度にイラつく。
「じゃあ、念の為、他所の警備も多めにしないとならないね。私の騎士団は、そちらの方に回しておきます」
ヴェルデ公爵は俺の頭にポンと手を乗せられ撫でる。そして、彼はウインクし部屋を出て行く。それを見届けてからブル公爵も部屋から出て行った。
部屋に残されたのはロッソ公爵とクリスティーン嬢と俺だけになった。
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