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アイアシリーズ  作者: 南田萌菜(ナンディ・モイーナ)
あいちゃん

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32/34

 笑みの先

「それで…愛子ちゃんも施設からいなくなったらしくて…」


 畳の上に座布団も敷かず、丁寧な、神妙な胡坐をかいた斎藤が深江に話し出した。

「でもそれって私たちの仕事じゃ…、正直もう警察に…」

 少し崩した正座で、神妙な面持ちの深江が答える。


「捜索願はすでに出してるんだ。ただお母さん、律子さんは愛子が何かやったに違いない、誘拐として捜査できないかなんて言ってるらしいんだけど。そんなの律子さんの感情だけでなんの説得力もないし、警察としては成人が未成年を誘拐した扱いにする方が自然らしくてね。文昭さんも結局捜索願のみにしてるらしい」

 そりゃそうよね、と深江は斎藤の目を見ながら頷いた。


「それで、おじさんに連絡が来たのはその報告?それとも何かの依頼…」

「ああ…それがね、警察には家庭の事情やらなんやらほとんど正直に話したらしいんだが、どうもこういうのって、ない話じゃないらしくてね」

「それって…かけおち…」

「ああ、よくある家出。数年後に都会で見つかるも、本人たちが探し元への連絡を拒否することもあるそうなんだ」

 深江は何も言うことができず、斎藤の目を見たり、視線を落として畳の黒ずみを見たりした。


「二人でいなくなった以上そう考えるのが自然だし、警察も仕事多いからね。まあ、僕も文昭さんもいろいろと知ってる部分があって、他の県警なんかにも連絡はしてくれてるみたいだけど…」

「事件性はそんなに高くないし、優先度も低い…」

「これ系は初動が大事らしくってさ、しばらくは力を入れてくれるだろうけど。頭のいい二人だし見つかるかどうか。それで僕にも捜索をしてくれんか、と。これがまず一つ」


 斎藤は目を閉じ、言い終わると同時に膝を叩いた。

「一つ?他にも理由が?」

「文也君ね、ちょっと、病気…」

 歯切れ悪く、斎藤は言葉を探す。

「まあ何というか、失踪直前にはもう、ちょっと、何というか、廃人のようだったらしくて」


 斎藤の口から出たものがあまりにも想定外で、深江の目は泳ぎ、しばらくたってようやく目をまるくし斎藤を見つめ、次を促した。


「愛子ちゃんが施設に行った次の日くらいから、もうほとんど動かなくなったらしくてね。目が覚めても横になったままか、ベッドに座ったままか、よくて椅子に座ってるか。とにかく部屋から出ずにずっとそうしてたらしいんだ」


 文也のいかにも好青年な姿が思い出される。

 話の内容がそのイメージとあまりにかけ離れていて、深江は斎藤のように眉間に皺を寄せた。


「話しかけても何も言わないし、食事も口に運んでやってようやく。トイレなんかも連れて行ってやらないといけなくなって、だんだん歩くこともままならなくなったらしくて」


「それは、精神的ショック?それとも…、ひょっとしてお母さんまたそれも愛子ちゃんの何かこう」

「そう、呪いかなんかそういうのを文也君にかけて出て行ったって考えてるらしくて」


 斎藤も深江も浅くため息をついた。

「なんか振り出し戻ったって感じですね。でもそれを話せば警察も普通の家出じゃないって判断、もしかして愛子ちゃんが誘拐したって話も納得するかも」

 深江は顎に手をあて考え込む。

「振り出しじゃないよ、悪化だ、悪化。その話は警察に言ってないらしい。要はその、世間から将来を嘱望される一人息子なわけで、体面とかね」

 また、ため息が出る。


「でもでも、そんな状態で家出なんてできます?両親のいないタイミングを狙ったとしても中学生が一人でそんな…、あ」

「だから余計に、妖怪愛子の仕業だってなってるらしくてね。ちなみに朝、目が覚めたらいなくなってたらしいよ。まあ、普通に考えたら文也君の演技じゃない?油断させるための。連絡取り合って計画立てたとか?でも履歴が残るか、そういうのは警察が調べるか…。いや、こうなった時のために事前に打ち合わせ…、は無いか。どう?文也君ってそういう感じある?結局僕は顔見た程度でまともにしゃべってないからさ」

 苦笑いを浮かべる斎藤に

「わかんないですよそんなの、でもそんな感じじゃ…」

と深江は口を尖らせた。


「ともかく、留年させてもいいから息子の看病に専念しようと夫婦で話がまとまった矢先のことだったらしい」

「で、その、愛子ちゃんが呪い的なあれをあれしてるわけで、だからまたおじさんが呼ばれたってこと?」

「まあ、前回のことで信用があるとは思ってないよ。ぼろ藁にでもすがるしかないんだろう。20万ももらってるし、できるだけ、やれるだけ」


 深江は腕組みをして斎藤を睨んだ。

「え、何?」

 ちょっと怖かった。

「でも、おじさんってそういうのできます?人探しの術とかあります?」

「一応ね、あるにはある」


 ある。

 しかしそう答えた斎藤は自信なさげで、とぼとぼと居間へ行き、ブックスタンドから大学ノートを持ってくる。

 ぱらぱらと手遊びしながら胡坐をかく。

 THE☆陰陽メモ!!!

 とマジックで書いてある。


「そういうのって巻き物だともっと絵になると思いません?」

「いや使いにくいでしょ。こういうのはノートと付箋が一番なんだって」

 互いに不満気な表情を向けあう。

 確かにたくさんの付箋が張ってある。

「いずれデジタル化して、スマートフォンに入れるんだー、そしたら最強だー」

 子供じみた口調の中年にちょっとイラっとする。

「ノートと付箋が一番って言ったばっかじゃないですか」

 斎藤は無視してお目当てのページをめくる。


「ほらこれだ。動物を使うやつだね。まずは鳥を使ってだいたいの場所を。建物内はネズミを使って…」

 ノートには小さく丁寧な、いかにも几帳面そうな字がびっしりと書かれていた。ところどころ漢字を最大限模様化したような、呪符だろうか、イラストが描いてあったり、意外にも西洋風な魔方陣も描いてあった。


「これ、おじさんできるんですか?ようは御使いの術ですよね」

「いや、できないよ。3号ちゃんを放して、3号ちゃんが偶然ターゲットに出会って、3号ちゃんがターゲットと認識できたら、ひょっとしたら僕に虫の知らせが来るかもってぐらいだね」

「ですよね、できないですよね」


 深江のため息に斎藤は顔を赤くした。

「いやね、僕はあるって言っただけだよ、できるなんて一言も。そもそもこれは八重さんだってなかなか…。鳥に探らせるのもある程度、頑張っても数キロ半径に場所を絞らないといけないし、探らせてる間はじっと陣の上を動けない。八重さんも疲れるからあまりやりたくないって言うほどの術なんだ!」

 斉藤は師匠、先代えみ伯楽の倉本八重ですら難儀する術を披露(口頭)した。

 早口で、なぜか得意げだった。

「なんで得意げなんですか」

 だからこう言われた。


「他にはねー」

 ぱらぱらとノートを楽しげにめくる。

 術は応用が利く。

 いくつか目星をつけ、ノートを指さし楽しそうにうんうん頷いている。どれから披露(口頭)しようか考えている。


「使えるやつにしてください」

「じゃあない」

 斎藤はノートをぽいと畳に投げた。


「地道に僕個人で捜索する?あとは警察にはちょっと顔が利くから、でも県外だしな。県警と知事にお願いして向こうの捜査体制を強くしてもらうとか…、いや、あんまり効果的じゃないな…」

「は?知事にお願いなんてどうやるんです?そんな簡単に…」

「いや、下村知事、小、中、同級生なんよ。電話番号知ってるし。アンダーソン君ってあだ名でなあ、でもまあ現実的じゃないか」

 深江は畳を叩いて大声をあげた。

「いや一番現実的かつ効果的でしょ!ノートらへんの下りいらなかったでしょ!」

 大声に斎藤はびっくりする。

「え!?そう!?いや、でもこんなコネで警察の方の仕事をさあ、交通事故とか窃盗とか傷害とか、ニュースにならない殺人なんてのもけっこうたくさんあるんだよ。仮に何人か捜索のために増員したとしてもだいたいの場所の目星がついてなきゃあんまり意味なくない?」


 ついさっきまですっとぼけた様子だった中年のもっともな意見に

「それはまあ、そうですけど」

深江は口をとがらせてうつむいた。

 急に正論を言うな。


「どうしよう、かけてみよっかなー、今大丈夫かなー、知事って暇かなー」

 そう言いながらいじっていたスマートフォンが突然振るえ、間抜けな歌謡曲が流れだした。斎藤は思わず「キャッ」と声をあげる。

 見つめたディスプレイには「くろふせくん」と書いてある。


「おお!黒伏君だ!さっき相談のメール送ったんだ!」

 はしゃぐ斎藤。

 急いで電話に出る。


「もしもし!黒伏君?久しぶりー!」

「ふかえでーす。いえーい」

 スピーカーモードにして畳に置く。

 ビデオ通話ではないが深江が両手にピースをつくる。

 いかつい中年と女子高生が腰を曲げて前かがみに無機質な板切れに話しかける光景。

 引きで見ると良い。


「え、そういうテンションなの?飲んでる?おじさんのメール見たけどさあ、そんな感じじゃなくない?お堅いビジネスメールだからってだけじゃないよね?内容もなかなかだよね?あとおまえのメールあれだな、すっごいわかりやすいな」

 

 可愛い声だった。雰囲気はアイアの声に似ているがアイアのように甲高くはない。落ち着いた声で、喉を鳴らすようにしゃべっている。いくつかの声が混ざっているような、深みのある声だった。


「で、どうかな?今のところ僕の力じゃどうにもならなくてさ。情けない話だけど知り合いの力を借りて捜索体制を強化するのが一番効果的って話になってるんだけど」

 斎藤は少し申し訳なさそうに黒伏の顔色をうかがうような口調で話した。

「警察の捜査は始まってるんだろ?その強化か。そうだな、おまえは顔が広いもんな。それのどこが情けないんだ?おまえが今まで培ってきた人脈だ。それもおまえの力だ」

 横で深江がうんうん頷き、斎藤は頭を掻いた。


「術を使うなら御使いが一番だけどな。でもそんなに大掛かりで緻密な御使いはおまえにはできんだろ。あとは当人の気配をきちんと記憶して、できればそれを身近なものに紐づけてそれを手繰る…、いや、おまえには無理か」

 優しくも厳しい語調で返ってくる。畳がスマートフォンの振動を吸って少しマイルドになっているかもしれない。板張りだったなら斎藤はもっと落ち込んでいたかもしれない。


 ちょっと話を変えてみる。

「ちなみにさ、そこにアイアはいない?最近いなくてさ、こっちに」

 ん-、と唸るような黒伏の声が聞こえる。

「いや、いない。あいつもなかなか忙しいからな、おまえが忙しいんならここに来ればすぐ向かわせるよ。そうか、そうだな、アイアがいれば御使いみたいなことができるが…」

「そう!アイアは分身がいるだろ?あれをつかってさあ!」

 斎藤は興奮気味に声を出した。いかにも妖怪らしい、変化とか分身とかそういう術を使うアイアが好きだ。

 いまいち陰陽師らしくない斎藤が、いかにも陰陽師になったのだと実感できる瞬間。多彩な術を使うアイアを従えているということに興奮を覚えるのだ。


「あれは別に分身じゃないぞ。それに10体くらいか?そのくらいしかいないはずだ。せめてどの町の何丁目くらいまで特定せんと。それに夜しか使えんぞ」

「え、そうなの?夜だけ?妖怪っぽい…。昼に見ることもあるけど」

「昼だと人目につきすぎちゃうでしょ。あんなルックス一大ニュースですよ」

 深江が顔をあげて斎藤に言う。

「それにあれだ、もし遊んでる子でもいたら容赦なく任務そっちのけでそこに混ざるぞ」

「ああ、まあ、そうか」

 確かに以前そんなことがあった。


「じゃあ、まあ、一応アンダーソン君に連絡してみるか…。ところで、ちなみに、ちなみになんだけどさ。黒伏君はそういう人探しみたいな術使えたりしないかな」

 斎藤はおずおずとスマートホンに口を近づけた。少し目が泳いでいる。

 深江はその様子を呆れたような目で見下ろすが、しかし確かに期待してしまう内容だった。


「僕はあんまり術とか得意じゃないからな。人探しの頭数、そうだな10人分くらいの働きはできるかもしれないが。しかしアイア以上に目立つからな」

「…まあ、そうだね」

「軽自動車くらいありますもんね」

「いや、そんなにはない。うん、そこまでじゃないぞ僕は、多分」

 黒伏はでかい。


「アイアは僕の子分だ。おまえのところでお世話になっている分、僕も可能な限り協力はしたいがな。でもできないものはどうしようもないからな、悪いが」

 黒伏の言葉に斎藤は慌てた。

「いやいや、とんでもない!相談に乗ってくれてうれしかったよ」


 時折、黒伏の声の後ろで何か唸るような音が聞こえていた。斎藤はその音の正体にようやく気づいた。

「ん?海?黒伏君海の近くにいる?」

「ああ、今日は釣りをしてるんだ。人目につかない、いい磯を見つけて。今時分はサバが旬かな。なかなか釣れないんだけどさ。あ、でもさっきいい物見つけてさ、松露っていう珍しいキノコなんだ。海沿いでも林の中はキノコってたくさんあってさ、マツタケなんかは山奥を探すよりよっぽど…」


「ちょちょちょ、ちょっと待って」

 斎藤は得意げに話す黒伏の言葉をさえぎった。

「釣り…、サバ釣りにキノコ狩り…。黒伏君、本当にアイアそこにいない?」

 妙に鬼気迫る物言いに深江もキョトンとした。

「いや…いないけど?確かにあいつも、というかあいつの方が釣りは達者だな。でもあいつは川専門だぞ」


「おじさんどうしました?」

 妙に神妙な顔つきの斎藤を怪訝に見つめる深江に気づき。そしておそらく電話のむこうでは黒伏も同じような表情をしているであろうことが感じ取られ

「いや、ごめん。なんでもないんだ」

と、へらりと笑った。


 スマートフォンを手に取り「じゃあまた」と通話を切る。体を起こすと、それまで曲げていた腰が痛むのがわかった。

 深江を見ると、軽く伸びをして後ろ手をついてケロッとしている。

 若さを思い知る。


 深江の顔と腰を交互にじろじろ見つめる恐ろしい表情の中年に、深江はいささかの不審を抱くこともなく、可愛く首を傾げた。


「えっと、じゃあ、アンダーソ、下村知事に電話して、電話して、そして…」

「そして?」

 深江が首を傾げたまま見つめる。

「そして…、うん、よし、電話するぞ」


 普段は何も思わない。美人だとは思っているが、それでも高1の小娘だ。

 それがなぜか今深江の表情に、斎藤のいまいち締まらない様子に笑みを浮かべる姿に魅かれている気がした。

 西日が後光のように深江の背中を照らしているからかもしれない。


 スマートフォンをいじり、ビジネスマンらしく細かく整理された電話帳から知事の番号を探す。


 探しながら、コールしながら、

「意外と、余裕あるんだね」

声だけを深江に向ける。

「ん?」

 まだ微笑んでいる。後光もあって、あどけなく首を傾げる姿が女神のように、宗教画のように見える。


「いや、僕よりも愛子ちゃんや文也君と時間を過ごしてるしさ。年も近いし。何かもっと、今回のことが堪えるかと思って。実際、何もできなかったわけですし」

 深江の雰囲気に気圧されたか、妙に恐縮してしまう。


「あー、そうですね。確かにおじさんの方が堪えてるみたい」

 深江は笑った。

「堪えてないわけではないですよ」

 目を細めた。

「我々、もうできることはありません。元からそういう案件だったんです」

 細めた目とその笑みは何かを見透かすような、というより見下すような、思ったよりもずっと世俗的な笑みだった。

「家に潜入だの、一筆したためるだの。面白おかしくB級探偵物っぽく振る舞ってた時は楽しかったですね」


 斎藤ははっとした。 

 確かにあの時はこんな大事とは思わずに、正直少し馬鹿にしたようにこの仕事に臨んでいた。

 深江の笑みは自分に、自分たちに向けたものだった。

 愛子と文也の現在を心配してないわけではないだろう。ただ、それよりも己へ向けた侮蔑の念の方が勝ったのだ。


 こんな若い子が、こんな顔をするのか、こんな顔をさせてしまったのか。そう思いながらも、斎藤は深江の顔をじっと見つめた。

 そして深江の言う、この仕事を小ばかにして楽しんでいたころ、すぐ横の玄関で魔性の話をしたのを思い出した。


 これもひょっとして。そう思い、

「深江ちゃ」

何を話しかけるつもりでもなく、その名前を呼び掛けた時、

「おお、ごめんごめん。遅くなった。久しぶり」

スマートフォンから声がした。

「うあ、あ、ごめん知事。今大丈夫?ちょっと相談…」

「やめろよその呼び方、アンダーソンって呼べよ」

 力強い声だった。

 その声は斎藤を一気に現実に引き戻した。

 

 立ち上がり口元を押さえ、背中を丸くして居間へ向かう。

 相手も仕事の合間だろう、手短に話すのがマナーなんだろうが、少し思い出話をしたりなんかもした。

 無意識にそうすることが自分の精神を守るに良いことだと感じていたのだと思う。


 深江の微笑みは崩れなかった。

 微笑んだまま居間のほう、見えなくなった斎藤の声のする方を見つめていた。


 目を瞑って斎藤の声を聴いた。

 内容は聞こえない。ただ、いい声だなと思った。


 少しうつむいて、それから思い切り天井を見上げ、そしてそのまま仰向けに畳に倒れ込んだ。


 閉じていた目を、微笑んでいた口元を大きく開け、そして、

「あ゛ーーーーーー!」

と濁った声を吐き出した。

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